鬼ごっこ
「そういや……、
あたしは言った。
「ちょっと……いや、かなり気になることなんだ」
あたしの言ったことに、クリスが続けて言う。
「そうね、イマジナリーズの独立部隊……、とても気になりますわ。有理江さんが星間宇宙軍にいらした当時、軍にイマジナリーズがいたということですわね。どんな能力者が、どのくらいいたのか……」
有理江さんが答えて言う。
「その辺りは私も気になりはしていたけれど……。噂で聞いた以上のことはわからなかったし、見かけたことすらないの。私はイマジナリーズであることを軍に内緒にしてたから、声がかからなかったしね。ただ多くはなかったはずです、いいところ三~四人でしょう」
あたしの故郷では、あたし以外に故郷の谷を出た者の話を聞いたことはない。まあ、母さんが軍にいたことも聞いたことなかったから、確実なところはわからないが……。そしてクリスの故郷の生き残りは、クリスの叔父さんを除けばクリスだけだ。あたしは、有理江さんに聞いた。
「有理江さんとデイジーの親父さん以外に、この何年かで
有理江さんは応えて言った。
「いいえ? 私たちだけよ?」
「そうですか……、考えにくいんですが、そうすると……」
あたしがそう言うと、有理江さんはにっこり笑って言った。
「そう、この宇宙には、ここにいる私たち以外のイマジナリーズの故郷があるということね。
「お恥ずかしながら……、これっぽっちも」
あたしは言った。クリスも口を挟む。
「私もですわ。考えてみれば、いくら希少であったとしても、この宇宙にイマジナリーズが他にいないなんて決まっていないのに……」
有理江さんがクスリと笑って言う。
「ごめんなさい、いじわるな言い方だったわね。私も軍に入るまでは、そんなこと思ったことなかったもの。でも軍に入って、どうも村の人ではないらしい
星間宇宙軍か……。あたしはどうしても気になっていることについて有理江さんに聞いた。
「ところであの……、あたしはデイジーに軍人の仕事ができるとは思えないんです。本当にデイジーも軍に入るってことでいいんですか?」
有理江さんは少し考えるように言った。
「ジョアンさん……、あなたは菊朗と鬼ごっこをして彼を捕まえられると思いますか? 一対一って条件付きで」
「ええ、そりゃまあ……」
あたしは、さすがにそれをできないとは思わなかった。有理江さんが言う。
「これも説明しないとわからないことだと思うけれど、村の人たちは皆、小さい頃から体術の訓練をするんです。
デイジーは、軍の仕事に耐えうる身体能力を持っているってことなのか? しかし……。有理江さんが補足して言う。
「ただ菊朗はまだ子どもですから、複数人を相手に囲まれでもすると危険かもしれません。その辺りは、どうかクリスさんやジョアンさんでフォローしてあげてください」
以前、ファナの
有理江さんが、さらに付け加えて言う。
「それともう一つ、あなたたちは菊朗の
あたしはデイジーの前で言いにくかったが、答えて言った。
「デイジーの
有理江さんが苦笑して言う。
「やっぱり誤解していますね……。菊朗? あなたもよく聞いていてね。他の
あたしには、有理江さんの言っていることがよくわからなかった。
「どういうことでしょう?」
有理江さんが続けて言う。
「つまりね、私や菊朗の
あたしは、内心身震いしたことをデイジーに悟られないように気をつけて言った。
「デイジーが、
有理江さんは笑顔になって言った。
「そうね、私もそう思っています。でもとにかく知っておいてもらう必要がありました。菊朗にその辺りをきちんと説明する前に、あの人にさらわれちゃったから……」
そうだ、もう一つ聞いておきたいことがあった。
「
有理江さんは説明してくれた。
「菊朗から聞いたかもしれませんが、村の出身者は、基本的に人への能力発動を禁じられています。それはかつて銀河を統治していたイマジナリーズ達のように、人々の意思を捻じ曲げて自分の思い通りにするということへの嫌悪があるからです。だから誠志朗もそこまではしなかったのだと思いたいですね」
なるほど……、デイジーの親父さんなりの矜持なのだろうか。
有理江さんは続けて言った。
「それとね、『相手の意思への干渉』をするより、相手の意思を一時的に凍結して気絶させるやり方の
そして勿論、デイジーにだって矜持はある。でもデイジーはまだ子どもだ。有理江さんが言っていた鬼ごっこの話は気になるが、どうであれ、あたしとクリスがデイジーを守ってやらないといけないんだ。あたしは言った。
「デイジーがあたしらと一緒に来るのなら、この子はあたしとクリスが命に換えても守ります」
有理江さんは、またあたしとクリスに深々と頭を下げて言った。
「ありがとう……、この子をよろしくお願いします。どうか守ってやってください」
ベティが口を挟む。
「有理江さん、たくさんではありませんが、
有理江さんは、にっこり笑って言った。
「ありがとう、とても助かります。村では、特に医薬品の類は貴重品なの」
あたしらはその日、デイジーのお母さんの小屋に泊まった。デイジーのお母さんの手料理をご馳走になったんだ。野菜を煮たものに発酵した調味料で味を付けたような料理、それに焼いた淡水魚。デイジーは、とても嬉しそうにそれを食べた。
「母さんのご飯、久しぶり! すっごくおいしいよ!」
「よかった。沢山食べてね」
有理江さんも嬉しそうに言った。
そして翌日、あたしとクリス、デイジーは、デイジーの故郷の星を後にした。お別れをしたときの有理江さんの寂しそうな笑顔が、ずっと頭から離れない。
「菊朗をお願いします。私はずっとここで菊朗を待っていますから」
あたしは、デイジーのお母さんとあたしの母さんの顔を交互に思い浮かべながら言った。
「折を見て、またデイジーを有理江さんのところに連れてこないとな」
クリスが答えて言う。
「必ずそうしますわ、多少時間がかかったとしても」
デイジーは、足元で泣き声をあげる猫のキィを抱き上げてから言った。
「キィ? また一緒だね」
ベティがそれに答えるように言う。
「私もまたデイジーと一緒に旅ができてうれしいです!」
あたしもデイジーにウインクしてから言った。
「そりゃもちろんあたしもさ、クリスもな」
そう言った後、あたしはデイジーに聞いた。
「ただ一応聞くけど……、本当によかったのか? あたしらと一緒に来て」
デイジーは、少し考えるようにしてから言った。
「母さんから教わったことがあるんだ。迷って、どうすればいいかわからなくなった時は、考えられることを考えるだけ考えて、一番後悔しない方を選べばいいって……。もしあのまま残ってたら、きっと僕は後悔してたと思う」
あたしは言いにくくて黙っていたことを、思い切って聞いた。
「デイジー……、親父さんのことは?」
デイジーは、さっきより長い時間考えてから言った。
「僕……、ずっと父さんのことは、母さんから聞いていたことしか知らなかったんだ。ずっと前に村から出て、いつか帰ってくるかもしれないし、帰ってこないかもしれないって……。あの人が僕をさらって別の星へ連れていった時、もしかしてこの人が父さんなのかなって思ったけど、全然実感とかなかった。僕のことを大切に考えてくれてたみたいだったけど、今はどう考えていいかもよくわかんない……」
デイジーは少し混乱しているみたいだった。無理もない、まだ子どもなんだ。それが大人の勝手な意思であちこち振り回されて、やっと故郷に戻ってこれて、そして今度こそ自分の意思であたしらと一緒に来ようとしている。きっと成長しようとしてるんだ。あたしはデイジーに聞いた。
「怖くはないのか?」
デイジーが答える。
「正直言うと少し……、でも大丈夫、みんなと一緒にいるためだもの、頑張るよ!」
あたしは、デイジーを抱きしめて言った。
「偉いな、立派だ。でも無理はするなよ。頼れるところは、あたしらを頼るんだ」
デイジーはあたしに抱きしめられたまま、こくりと頷いた。あたしはデイジーを一度ぎゅうっと強く抱きしめてから離した後、ベティに聞いた。
「それで、これからあたしらはどこへ行くんだ?」
ベティが答えて言う。
「そうですね、星間宇宙軍に合流するのなら、一番近い軍の中継ステーションを訪ねるのがいいでしょう。そこで有理江さんからの紹介状を渡せば、その次にどうすればよいか、軍の方が教えてくれると思います。それでよさそうですか? クリス?」
クリスが答える。
「異論ありませんわ、それでお願い。補給については?」
「そうですね……、しばらく補給をしなくても大丈夫ではありますが、私の考えでは、中継ステーションに有理江さんの紹介状を提示した後くらいのタイミングで次の場所……、軍から指定された場所に行くまでに一度、補給を済ませた方がよいだろうと思っています」
あたしは、ちょっと気になってベティに聞いた。
「ベティ? もしかして星間宇宙軍から逃げ出すようなこと考えてる?」
ベティは苦笑して言った。
「はい。有理江さんの紹介状を渡しさえすれば、私たちが軍に追われることはないと思いたいですが、有理江さんが仰っていた『ミネルバ』なる人物のことを私は知りませんので、可能性の一つとして、どこかのタイミングで軍から逃走する選択肢が発生することは、考慮せざるを得ません」
あたしは一応聞いた。
「ええと、軍から逃げなくちゃいけなくなった場合って、どんな感じになりそうなんだ?」
ベティは、えっへんと言った感じで言う。
「以前も言いましたが、今の軍にジャンヌ・ダルク号を探知、追跡するだけの探索技術は、まだありません。そしてジャンヌ・ダルク号の推進速度は、軍のもっとも足の速い巡洋艦の最高巡航速度を二十%以上、上回っています。全く問題ありません」
まあとにかく、そんな感じであたしらは軍の中継ステーションを目指すことになったんだ。
ベティが言う。
「かなり辺境まで来ていますので、一番近いステーションまででも3日はかかります。のんびり行きましょう」
そこであたしは、有理江さんの言ってたことを思い出したんだ。
「……デイジー? ちょっとあたしと鬼ごっこしてみないか?」
そうして十分後、あたしとデイジーは大きい方のトレーニングルームにいた。クリスが一緒についてきて言った。
「有理江さんの仰っていたことですわね、本当にやるんですの?」
あたしは、にやっと笑って言う
「まあ、試しにな。ただの遊びさ」
あたしはデイジーに言った。
「いいかい、デイジー? あたしが鬼だ。このトレーニングルーム内で十秒、あたしから逃げきれたらデイジーの勝ち、あたしが時間内にデイジーに触ることができれば、あたしの勝ちだ。OK?」
少し屈伸をしてから、デイジーが答えて言う。
「いつでもいーよー!」
あたしとデイジーの距離は……、十ヤードちょっとってところだな。
「クリス? 開始の合図を頼む」
あたしがクリスに言うと、クリスがにやっと笑って言う。
「承知しましたわ。それじゃあ……三,二、一、Go!」
合図と同時に、あたしはデイジーの方に向かって駆け寄って言った。
「もらった!」
デイジーは、伸ばしたあたしの手をするりと躱して言った。
「甘いよー! 能力使っていーよー!」
あたしは楽しくなってきた!
「後悔すんなよ!」
あたしは能力を発動してデイジーとの距離を一気に詰めた後、能力を解除してデイジーに手を伸ばした。
「今度こそ!」
デイジーはバック転して逃れる。
「まだまだー!」
驚いた、アクロバティックな動きだ。あたしは逃げたデイジーの方へ再度能力を発動、解除して両手を伸ばす。
「そりゃ!」
デイジーは、なんと壁を駆け上がってジャンプして逃れる。
「甘ーい!」
なるほど、こんな動きは子猫を抱いてちゃできないだろう。さらにあたしは能力を発動して反転し、デイジーの方に飛び掛かった。
「でぇぇい!」
今度のデイジーは、ペタっと床に身を伏せるようにしてあたしをやり過ごす。
「ペターン!」
「はい、そこまで! 十秒よ。驚いた……、デイジーの勝ちですわ」
クリスがびっくりしたような顔をして言った。デイジーも少し得意げに言う。
「周りに邪魔な障害物がなくって、相手が一人だけなら十秒が十分だって逃げ切れる自信あるよ! でもカマイタチまで使われちゃってたら、危なかったと思うけどね」
あたしは、有理江さんがイマジナリーズであることを隠して軍にいられた理由が分かった気がした。デイジーの年齢でこれだけ動けるのなら、もう数年もしたら、大抵の人間はあの村の出身者に手も足も出なくなるだろう。あたしは星間宇宙軍に所属することのプレッシャーが、ちょっと少なくなったことを感じた。クリスが苦笑して言う。
「少し複雑な気分ですけれど、デイジーは思ったより軍人に向いていそうですわね」
デイジーが照れ臭そうに言う。
「でも僕が得意なのって逃げるのばっかりだから、軍隊に向いてるとは言えないかも」
その日の夜は、食事の方は軽く済ませて、星間宇宙軍に向かう前祝いとして、少し宴会をすることにしたんだ。デイジーは果物ジュースで参加する。酒もジュースも、こういう時のためのとっておきのやつを出したんだ。ベティが何やらつまみになる料理を作ってくれていた。
「これってセズティリア産の年代物じゃんか! 大事に飲まなきゃな!」
あたしは浮かれて言った。この酒はジャンヌ・ダルク号に積まれている酒の中で、一番高いやつなんだ。デイジーのために用意したのは、ベティ特製の10種類の新鮮な果物を絞ったミックスジュース、ベティのとっておきだ。
クリスはピッチャーからデイジーのグラスにジュースを注いだあと、あたしのグラスにも酒を注いでくれた。あたしもクリスのグラスに酒を注ぐ。あたしは言った。
「我ら四人の未来のために!」
クリスとベティ、デイジーが続けて言った。
「我ら四人の未来のために!」
あたしらは、それぞれのグラスを煽って空けた。
「やっと酒が飲めた……、うまい酒だ、すごくうまい酒だ」
あたしが言うと、クリスも答えて言った。
「ええ、そうね……。これほどおいしいお酒は久しぶり」
ベティも嬉しそうに言う。
「今日は特別に色々おつまみを用意しましたよ、楽しんでください!」
「あー! これ! 母さんが作ったのと同じやつだ!」
嬉しそうに言うデイジーに、ベティが答えて言う。
「うふふ、有理江さんに作り方を教わっておいたんです。調味料も分けてもらってるんですよ。これ以外にもいくつか教わりましたから、楽しみにしていてください」
さすがベティ……。食べるものっていうのは精神の支えになり得るものだ。有理江さんから教わった料理は、きっとデイジーの心の支えになってくれるだろう。
そしてあたしは、これからのことを考えていた。まずは星間宇宙軍の中継ステーションに行き、有理江さんに書いてもらった紹介状を渡す、後のことはそれからのことだ。自分が軍人になる可能性なんて夢にも思っていなかったが、あたしは結構、わくわくしていた。
to be continued...
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