デュランと紹介状

「ちょっと待ってくれ。やっぱりついていけなくなってきた……」

 あたしはついにギブアップした。

「頼むからあたしにわかるように話してくれないかな……、ベティ?」

 あたしは本当に混乱してたんだ。ベティが苦笑しながら言った。

「そうですね、色々情報が集まりすぎたかもしれません。少し整理しましょう」


「時系列で起こったことを順番に話していきましょうか、……クリスの故郷で起こったことからです」

 ベティは少し言いずらそうに話しだした。

「クリスのご両親がご健在だったころ、ご両親はイマジナリーズ能力を強化する可能性について研究しておられましたが、研究が進むにつれ、それがイマジナリーズ能力を阻害する機械の研究になりえることがわかり、研究を中断します」


 クリスが後を続けて言う。

「その研究にブライアン叔父が目を付けた。叔父は両親の研究データを盗み、故郷を飛び出してラスタマラ家に接触してアイ-ジャマーを研究していた」


「はい。そしてその後、誠志朗せいしろう氏もラスタマラ家に接触、イマジナリーズのサンプルを得たブライアン氏はアイ-ジャマーを完成させ、創造クリエイションの集落を襲撃します。しかし、そのことをラスタマラ家の上層部は知りませんでした。知っていれば貴重なイマジナリーズ達を滅亡させたりはしなかったでしょう。そしてイマジナリーズを虐殺したことが公になることを恐れて、ラスタマラ家の上層部はアイ-ジャマーを機密扱いとしました」

 ベティが続けて言った。クリスは俯いて何か考えているようだった。


 そのあとを有理江さんが続ける。

「あの人がラスマラ家に行かなければ、アイ-ジャマーは完成しなかったのね。本当、困った人……」

 あたしは聞いていいか迷ったが、今後のために必要なことがある気がして聞いた。

「あの……、ご主人がこの村を出て行った時のことって、伺ってもいいですか?」


 有理江さんは、ため息をついてから話してくれた。

「私とあの人はこの村の生まれです。幼馴染でね。あの人はとても才能のある能力者で、村で一番と言ってもいいくらいでした」


 有理江さんは、冷めかかったお茶の残りを飲んでしまってから話を続けた。

「実は私、若い頃に村を飛び出して、星間宇宙軍に入っていたことがあるの」


「ええええ?!」

 デイジー以外、クリスとあたし、ベティまでが驚いて声を上げた。目の前のおっとりした少々年配の女性からは、とても想像イメージできない言葉が出てきたからだ。


「これで4人か……」

 あたしは言った。デイジーが聞いてくる。

「なんのこと?」

「故郷から飛び出したって人間の数さ。あたし、クリスの叔父さん、デイジーの親父さんに有理江さん……」

 あたしが言った言葉に、有理江さんが答えるように言う。

「いいえ、5人かな」

 あれ? まだいたっけ……。


「僕?」

 そういうデイジーに、にっこり笑いかけて首を振ってから、有理江さんが続けて言う。

「ジョアンさん? あなた、ジリアンっていう名前にお心当たりは?」

 有理江さんが言う。ちょっと待ってくれよ、ジリアンって……。

「あたしの母です」

 あたしは驚いて言った。有理江さんがくすりと笑って続ける。

「やっぱり……。私は映像でしか見たことなかったけど、顔立ちと雰囲気がそっくり」


「5人って、まさか……」

 あたしが言うと有理江さんは答えて言った。

「ジリアンに会ったことはないけれど……、彼女も若い頃、故郷を飛び出して軍にいたって言う話を聞いたことがあるの」

 真剣マジか……、衝撃の真実って奴だ。まさかあの母さんが軍人だったとは……。


「母さんって、どんなだったんですか?」

 あたしはおっかなびっくり聞いた。あたしが知ってる母さんと軍人の想像イメージが中々結びつかなかったんだ。有理江さんは教えてくれた。

「私が軍に入る三年程前にはもう軍から身を引いていらしたから、あまり詳しいことは知らないんだけど、伝説になってたわよ。軍内でも血塗れの嵐ブラッディ・ストーム・ジルって呼ばれて恐れられてたみたい」


 あたしは頭を抱えてしまった。血塗れの嵐ブラッディ・ストームって……。有理江さんは慌てて言った。

「ああ、ごめんね。いきなりそんなことを言われても混乱するわよね。お母さんのことは一旦置いておこうか。とにかく私は昔、軍にいたんだけど、五年程してから軍をやめて村に戻ったの。誠志朗と結婚したのは村に戻ってからだったんだけど、彼は私が一時いっとき村の外にいたことを随分気にしていたみたいなの」

 あたしは何とか落ち着こうとしながら言った。

「気にしていたって?」


 有理江さんは一つ深呼吸をしてから言った。

「説明しないとわからないわね……。村はね、今でこそ孤立しているけれど、ずっと昔からそうだったんじゃないの。ずっと昔は別の星にあって、その頃はイマジナリーズじゃない人たちとも交流があったそうなの。本当の名前とは別の名前を名乗って、交流そのものも限定的なものだったらしいけどね。だからその頃の名残で、私たちは今でも村の外で使うための名前を持つの」


 デイジーは驚いたように言った。

「知らなかった。そうだったんだ……」


 有理江さんはデイジーに、にっこり笑いかけてから話を続けた。

「つまりね、私たちがいまだにもう一つの名前を持つのは、外の世界への憧れが残っているからなのね。私が村を飛び出したのも同じ理由……。そしてそれをして村に戻ってきた私に対して、誠志朗は自分が村を出たことがないことに、引け目に感じるようになったみたいなの。そして菊朗を身ごもった頃、あの人は村を出て行ったの。多分、菊朗の父親としてふさわしい人間になるために」


 クリスが口を挟む。

「それがなぜ、デイジーをさらうことになったのでしょう……」


 有理江さんはしばらく黙って何かを考えているようだったが、ようやく口を開いて言った。

「あの人は……、きっともうこの村に戻ってこないつもりなのでしょう」

 有理江さんは何か思いつめたような表情になった。


 しばらく重い沈黙が続いた後、少し言いにくそうにクリスが聞いた。

「どうしてご主人は、そのような状況になったのでしょう……」


 有理江さんはゆっくり首を振ってから静かに言った。

「あの人は私とは違う方法で身を立てようとしたようですが、一度ラスタマラ家に関わってしまえば、ラスタマラ家から離れるのは難しいのでしょう。そして支配ドミネイトのイマジナリーズは、時に望まない人の意思や感情を感じ取ってしまうことがあります。あの人はこの村を出た後、たくさんの人達に出会って、きっと絶望したのだと思います。それで早いうちに菊朗に人や世界というものを教えようとしたのかもしれません」


 あたしは有理江さんの言ったことがわからなかった。

「デイジーにも自分と同じように、人に絶望して欲しいと思ったということですか?」


 有理江さんは苦笑して言った。

「わからないけれど、私が思うに彼は菊朗に村の人たちの素晴らしさをわかって欲しいと思ったのかもしれません。村の外の人達を知った上でね。私は他の支配ドミネイトの能力者のように人の意思を感じることはできませんが、それでも村に帰ってきたときは、村の人たちの素朴さと美しさが心に染みたものです……。軍と言うところは、人の醜さを見る機会が多いところですからね」


 あたしは前に会った星間宇宙軍の軍人と、有理江さんの言ったことが食い違っているように感じたので聞いた。

「星間宇宙軍ってところは、高潔な人間が多いところだと思っていました。そんなにひどかったんですか? 星間宇宙軍っていうところは?」


 有理江さんは笑って言った。

「違うの。軍そのものはよい組織よ。問題なのは軍の仕事の方なの。軍の仕事っていうのは、人の醜さが衝突するところであることが多いものですからね」


 生まれ故郷の街を見回る仕事ばっかりじゃないってことか……。あたしはますます混乱した。

「あたしらも、その仕事をするべきだと?」

 有理江さんは慌てて言った。

「ああ、ごめんなさい。そう思うわよね? でも違うのよ」

 有理江さんは立ち上がって言葉を続けた。

「お茶を淹れなおすわね。菊朗? 井戸から水を汲んできてくれる?」

 デイジーは、椅子から立ち上がってから答えて言った。

「OK、待ってて!」

 デイジーは、久しぶりにお母さんの手伝いができることが嬉しいようだった。


 クリスが聞く。

「おいしいお茶ですね、この辺りで採れたものなんですか?」

 有理江さんが、にっこり笑って答える。

「これは村の畑で採れたものなんです。私は軍を退いた後、村では機械類のメンテナンスを仕事にしています。村の公共物である発電機などの機械類や、個々の家で使っている農作業用の機械などの修理を請け負っているんです。村に通貨はありませんが、その対価としてお茶や食料品、衣類などを分けてもらっているんですよ」


 そうか、デイジーのお母さんが村の人達によくしてもらっていたっていうのは、お母さんの仕事の対価としてもらっていたものだったんだ。デイジーが井戸から汲んできた水を持って戻ってくる。

「汲んできたよ!」

「ありがとう、お湯を沸かしてくれる?」

 有理江さんはデイジーにそう言って、また棚からお茶の葉の缶を取り出し、お茶の葉を焙じ始めた。また小屋の中に何とも言えない、いい香りが立ち込める。その香りは、少し張り詰めていた4人をリラックスさせてくれた。


 そして有理江さんは、焙じたお茶の葉とデイジーが沸かしたお湯で4人のお茶を淹れなおしてから、ゆっくりと話しだした。

「私は軍ではイマジナリーズだっていうことは内緒にしてたから、ごく普通の一般兵として軍にいたんだけど、その時世話を焼いてあげていた女の子がとても優秀な子でね。私が軍を離れるくらいの頃、その子は軍が試験的に作ろうとしていたイマジナリーズの独立部隊を任されるようになったの。イマジナリーズの独立部隊は他の部隊の支援が主だった任務だったから、その部隊への配属を希望すれば、それ程大変な思いをすることはないと思うの」


 なる程、支援ね。面倒なところは他の人に任せて、自分は後方支援だけっていうのはあまりあたしの流儀じゃないが、そうも言っていられないのかもしれない。もしこのまま、あたしらがクリスの叔父さんが考えていることを止めに行こうとするならば、だ。


「ところでクリス、一つ腑に落ちないことがあるんだけど……」

 あたしはクリスに向かって聞いた。

「なんですの?」

 クリスは、有理江さんが淹れなおしてくれたお茶を啜りながら聞いた。クリスはこの緑茶が気に入ったみたいだ。


「デイジーの親父さんはクリスに色々話した後、クリスを宇宙船ふねの甲板に連れ出してポールに括りつけて、銃口にさらしてあたしらを罠にかけようとしたわけだけど、どうもさっきの有理江さんの話と印象が噛み合わないんだ。あたしはその辺りをどう考えたらいいんだ?」

 あたしは中々言い出せなかったことを、やっと話した。


「それは私が説明しましょう」

 有理江さんが口を挟んだ。

「ジョアンさん? あなたは、あの人の大切なものを二つも奪ったの。菊朗とアイ-ジャマーね。ああ、気にしないで? 私でもきっと同じことをしたでしょうから……。でもそれはきっと、あの人を警戒させるのに充分だったのよ。命を取るところまでは考えていなかったと思うけど、どうにかして無力化したいとは思ったでしょうね」


 クリスがそのあとを続けて言った。

「デイジーのお父上は私に言いました。『あの変化チェンジのイマジナリーズは、放っておけない。確保するのに協力してもらう、さらった子どももだ。命まで取るつもりはないが、それを匂わせるくらいはさせてもらう』って」


 あたしは言った。

「あたしはデイジーの親父さんに、能力の相性以上に嫌われちまったわけか」

「相性って?」

 クリスが興味をそそられたように言った。

「イマジナリーズ能力には相性があるって話さ。ベティに聞いたんだ。支配ドミネイトの能力には、変化チェンジの能力は相性が悪いって」

 あたしが答えて言うと、クリスが続けて言った。

「初耳ですわ、ちょっと興味がありますわね……。支配ドミネイト変化チェンジ以外の組み合わせの相性についてもわかっていたりしますの? ベティ?」


 ベティは答えて言った。

「はい。支配ドミネイト創造クリエイションでは支配ドミネイトが有利、創造クリエイション変化チェンジでは創造クリエイションが有利、というのが私の記録にあるイマジナリーズ間の相性です。ただもちろん能力者の熟練度や状況などで、いくらでもひっくり返りますよ」


 有理江さんも興味をそそられたように言った。

「私も初めて聞きました。相性ですか……、興味深いお話ですね。かつてこの銀河を支配していたイマジナリーズたちが力を結束していたというのは、お互いの欠点を補うことが目的だったのかもしれませんね」


「あの……、昔の話より」

 あたしは口を挟んで言った。

「これからのお話をしませんか。あたしらが軍に所属するっていうところをもう少し具体的に伺いたいのですが……」


 有理江さんは、クスリと笑って話し出した。

「そうよね、もう少し詳しく話すわ。あなたたちは、恐らく菊朗をかどわかした罪で指名手配されています。でも指名手配するのは軍ですから、軍に所属することを条件に便宜を図ってもらうように紹介状を書きましょう。その上でクリスさんの叔父上の計画について、対応を相談するとよいでしょう」


 あたしは有理江さんに聞いた。

「あたしらの指名手配の方はわかるのですが、軍はエンシェント古代の・イマジナリーズなんていうものの話について、協力してくれるでしょうか?」

「あの子は私のことをよく知っています。そんな冗談を言わないことくらい、理解してくれるでしょう」

 そう言った時の有理江さんの笑顔は、ちょっと怖かった……。


 あたしはもう一つ大事なことがあることを思い出した。

「そうだ、もう一つ大事な話があった。デイジー? お前はこれからどうする? せっかくお母さんに会えたんだから、きっとこのままここに残るのがいいんだと思うぞ?」


 デイジーは一度有理江さんの方を見てから、改めてあたしとクリスの顔を見回して言った。

「僕も連れてってよ。クリスやジョアン、ベティと一緒にいたい。それでもいい? 母さん?」

 有理江さんは、一瞬寂しそうな顔になったが、にっこり笑って言った。

「ちょっと早いけど、いつかは自立しないとね。ここにいてもまたあの人に連れてかれちゃうかもしれないし」

 あたしは苦笑して言った。

「一応お伺いしますけど、デイジーも一緒に軍に入るってことですか?」


 有理江さんは肩をすくめてから言った。

「そうなるかしら。その辺りも紹介状に書くようにしますよ。私が軍にいた当時、部下だったミネルバという女性士官をを訪ねてください。信用できる人物です。きっとよいように図らってくれるでしょう。イマジナリーズの部隊がまだあるかはわかりませんが、イマジナリーズの部隊を任されるときに少佐に昇進していました。今ならもっと昇進しているでしょう」


 ミネルバ……少佐か、女なんだな。どんな人だろう……。



 to be continued...「ちょっと待ってくれ。やっぱりついていけなくなってきた……」

 あたしはついにギブアップした。

「頼むからあたしにわかるように話してくれないかな……、ベティ?」

 あたしは本当に混乱してたんだ。ベティが苦笑しながら言った。

「そうですね、色々情報が集まりすぎたかもしれません。少し整理しましょう」


「時系列で起こったことを順番に話していきましょうか、……クリスの故郷で起こったことからです」

 ベティは少し言いずらそうに話しだした。

「クリスのご両親がご健在だったころ、ご両親はイマジナリーズ能力を強化する可能性について研究しておられましたが、研究が進むにつれ、それがイマジナリーズ能力を阻害する機械の研究になりえることがわかり、研究を中断します」


 クリスが後を続けて言う。

「その研究にブライアン叔父が目を付けた。叔父は両親の研究データを盗み、故郷を飛び出してラスタマラ家に接触してアイ-ジャマーを研究していた」


「はい。そしてその後、誠志朗せいしろう氏もラスタマラ家に接触、イマジナリーズのサンプルを得たブライアン氏はアイ-ジャマーを完成させ、創造クリエイションの集落を襲撃します。しかし、そのことをラスタマラ家の上層部は知りませんでした。知っていれば貴重なイマジナリーズ達を滅亡させたりはしなかったでしょう。そしてイマジナリーズを虐殺したことが公になることを恐れて、ラスタマラ家の上層部はアイ-ジャマーを機密扱いとしました」

 ベティが続けて言った。クリスは俯いて何か考えているようだった。


 そのあとを有理江さんが続ける。

「あの人がラスマラ家に行かなければ、アイ-ジャマーは完成しなかったのね。本当、困った人……」

 あたしは聞いていいか迷ったが、今後のために必要なことがある気がして聞いた。

「あの……、ご主人がこの村を出て行った時のことって、伺ってもいいですか?」


 有理江さんは、ため息をついてから話してくれた。

「私とあの人はこの村の生まれです。幼馴染でね。あの人はとても才能のある能力者で、村で一番と言ってもいいくらいでした」


 有理江さんは、冷めかかったお茶の残りを飲んでしまってから話を続けた。

「実は私、若い頃に村を飛び出して、星間宇宙軍に入っていたことがあるの」


「ええええ?!」

 デイジー以外、クリスとあたし、ベティまでが驚いて声を上げた。目の前のおっとりした少々年配の女性からは、とても想像イメージできない言葉が出てきたからだ。


「これで4人か……」

 あたしは言った。デイジーが聞いてくる。

「なんのこと?」

「故郷から飛び出したって人間の数さ。あたし、クリスの叔父さん、デイジーの親父さんに有理江さん……」

 あたしが言った言葉に、有理江さんが答えるように言う。

「いいえ、5人かな」

 あれ? まだいたっけ……。


「僕?」

 そういうデイジーに、にっこり笑いかけて首を振ってから、有理江さんが続けて言う。

「ジョアンさん? あなた、ジリアンっていう名前にお心当たりは?」

 有理江さんが言う。ちょっと待ってくれよ、ジリアンって……。

「あたしの母です」

 あたしは驚いて言った。有理江さんがくすりと笑って続ける。

「やっぱり……。私は映像でしか見たことなかったけど、顔立ちと雰囲気がそっくり」


「5人って、まさか……」

 あたしが言うと有理江さんは答えて言った。

「ジリアンに会ったことはないけれど……、彼女も若い頃、故郷を飛び出して軍にいたって言う話を聞いたことがあるの」

 真剣マジか……、衝撃の真実って奴だ。まさかあの母さんが軍人だったとは……。


「母さんって、どんなだったんですか?」

 あたしはおっかなびっくり聞いた。あたしが知ってる母さんと軍人の想像イメージが中々結びつかなかったんだ。有理江さんは教えてくれた。

「私が軍に入る三年程前にはもう軍から身を引いていらしたから、あまり詳しいことは知らないんだけど、伝説になってたわよ。軍内でも血塗れの嵐ブラッディ・ストーム・ジルって呼ばれて恐れられてたみたい」


 あたしは頭を抱えてしまった。血塗れの嵐ブラッディ・ストームって……。有理江さんは慌てて言った。

「ああ、ごめんね。いきなりそんなことを言われても混乱するわよね。お母さんのことは一旦置いておこうか。とにかく私は昔、軍にいたんだけど、五年程してから軍をやめて村に戻ったの。誠志朗と結婚したのは村に戻ってからだったんだけど、彼は私が一時いっとき村の外にいたことを随分気にしていたみたいなの」

 あたしは何とか落ち着こうとしながら言った。

「気にしていたって?」


 有理江さんは一つ深呼吸をしてから言った。

「説明しないとわからないわね……。村はね、今でこそ孤立しているけれど、ずっと昔からそうだったんじゃないの。ずっと昔は別の星にあって、その頃はイマジナリーズじゃない人たちとも交流があったそうなの。本当の名前とは別の名前を名乗って、交流そのものも限定的なものだったらしいけどね。だからその頃の名残で、私たちは今でも村の外で使うための名前を持つの」


 デイジーは驚いたように言った。

「知らなかった。そうだったんだ……」


 有理江さんはデイジーに、にっこり笑いかけてから話を続けた。

「つまりね、私たちがいまだにもう一つの名前を持つのは、外の世界への憧れが残っているからなのね。私が村を飛び出したのも同じ理由……。そしてそれをして村に戻ってきた私に対して、誠志朗は自分が村を出たことがないことに、引け目に感じるようになったみたいなの。そして菊朗を身ごもった頃、あの人は村を出て行ったの。多分、菊朗の父親としてふさわしい人間になるために」


 クリスが口を挟む。

「それがなぜ、デイジーをさらうことになったのでしょう……」


 有理江さんはしばらく黙って何かを考えているようだったが、ようやく口を開いて言った。

「あの人は……、きっともうこの村に戻ってこないつもりなのでしょう」

 有理江さんは何か思いつめたような表情になった。


 しばらく重い沈黙が続いた後、少し言いにくそうにクリスが聞いた。

「どうしてご主人は、そのような状況になったのでしょう……」


 有理江さんはゆっくり首を振ってから静かに言った。

「あの人は私とは違う方法で身を立てようとしたようですが、一度ラスタマラ家に関わってしまえば、ラスタマラ家から離れるのは難しいのでしょう。そして支配ドミネイトのイマジナリーズは、時に望まない人の意思や感情を感じ取ってしまうことがあります。あの人はこの村を出た後、たくさんの人達に出会って、きっと絶望したのだと思います。それで早いうちに菊朗に人や世界というものを教えようとしたのかもしれません」


 あたしは有理江さんの言ったことがわからなかった。

「デイジーにも自分と同じように、人に絶望して欲しいと思ったということですか?」


 有理江さんは苦笑して言った。

「わからないけれど、私が思うに彼は菊朗に村の人たちの素晴らしさをわかって欲しいと思ったのかもしれません。村の外の人達を知った上でね。私は他の支配ドミネイトの能力者のように人の意思を感じることはできませんが、それでも村に帰ってきたときは、村の人たちの素朴さと美しさが心に染みたものです……。軍と言うところは、人の醜さを見る機会が多いところですからね」


 あたしは前に会った星間宇宙軍の軍人と、有理江さんの言ったことが食い違っているように感じたので聞いた。

「星間宇宙軍ってところは、高潔な人間が多いところだと思っていました。そんなにひどかったんですか? 星間宇宙軍っていうところは?」


 有理江さんは笑って言った。

「違うの。軍そのものはよい組織よ。問題なのは軍の仕事の方なの。軍の仕事っていうのは、人の醜さが衝突するところであることが多いものですからね」


 生まれ故郷の街を見回る仕事ばっかりじゃないってことか……。あたしはますます混乱した。

「あたしらも、その仕事をするべきだと?」

 有理江さんは慌てて言った。

「ああ、ごめんなさい。そう思うわよね? でも違うのよ」

 有理江さんは立ち上がって言葉を続けた。

「お茶を淹れなおすわね。菊朗? 井戸から水を汲んできてくれる?」

 デイジーは、椅子から立ち上がってから答えて言った。

「OK、待ってて!」

 デイジーは、久しぶりにお母さんの手伝いができることが嬉しいようだった。


 クリスが聞く。

「おいしいお茶ですね、この辺りで採れたものなんですか?」

 有理江さんが、にっこり笑って答える。

「これは村の畑で採れたものなんです。私は軍を退いた後、村では機械類のメンテナンスを仕事にしています。村の公共物である発電機などの機械類や、個々の家で使っている農作業用の機械などの修理を請け負っているんです。村に通貨はありませんが、その対価としてお茶や食料品、衣類などを分けてもらっているんですよ」


 そうか、デイジーのお母さんが村の人達によくしてもらっていたっていうのは、お母さんの仕事の対価としてもらっていたものだったんだ。デイジーが井戸から汲んできた水を持って戻ってくる。

「汲んできたよ!」

「ありがとう、お湯を沸かしてくれる?」

 有理江さんはデイジーにそう言って、また棚からお茶の葉の缶を取り出し、お茶の葉を焙じ始めた。また小屋の中に何とも言えない、いい香りが立ち込める。その香りは、少し張り詰めていた4人をリラックスさせてくれた。


 そして有理江さんは、焙じたお茶の葉とデイジーが沸かしたお湯で4人のお茶を淹れなおしてから、ゆっくりと話しだした。

「私は軍ではイマジナリーズだっていうことは内緒にしてたから、ごく普通の一般兵として軍にいたんだけど、その時世話を焼いてあげていた女の子がとても優秀な子でね。私が軍を離れるくらいの頃、その子は軍が試験的に作ろうとしていたイマジナリーズの独立部隊を任されるようになったの。イマジナリーズの独立部隊は他の部隊の支援が主だった任務だったから、その部隊への配属を希望すれば、それ程大変な思いをすることはないと思うの」


 なる程、支援ね。面倒なところは他の人に任せて、自分は後方支援だけっていうのはあまりあたしの流儀じゃないが、そうも言っていられないのかもしれない。もしこのまま、あたしらがクリスの叔父さんが考えていることを止めに行こうとするならば、だ。


「ところでクリス、一つ腑に落ちないことがあるんだけど……」

 あたしはクリスに向かって聞いた。

「なんですの?」

 クリスは、有理江さんが淹れなおしてくれたお茶を啜りながら聞いた。クリスはこの緑茶が気に入ったみたいだ。


「デイジーの親父さんはクリスに色々話した後、クリスを宇宙船ふねの甲板に連れ出してポールに括りつけて、銃口にさらしてあたしらを罠にかけようとしたわけだけど、どうもさっきの有理江さんの話と印象が噛み合わないんだ。あたしはその辺りをどう考えたらいいんだ?」

 あたしは中々言い出せなかったことを、やっと話した。


「それは私が説明しましょう」

 有理江さんが口を挟んだ。

「ジョアンさん? あなたは、あの人の大切なものを二つも奪ったの。菊朗とアイ-ジャマーね。ああ、気にしないで? 私でもきっと同じことをしたでしょうから……。でもそれはきっと、あの人を警戒させるのに充分だったのよ。命を取るところまでは考えていなかったと思うけど、どうにかして無力化したいとは思ったでしょうね」


 クリスがそのあとを続けて言った。

「デイジーのお父上は私に言いました。『あの変化チェンジのイマジナリーズは、放っておけない。確保するのに協力してもらう、さらった子どももだ。命まで取るつもりはないが、それを匂わせるくらいはさせてもらう』って」


 あたしは言った。

「あたしはデイジーの親父さんに、能力の相性以上に嫌われちまったわけか」

「相性って?」

 クリスが興味をそそられたように言った。

「イマジナリーズ能力には相性があるって話さ。ベティに聞いたんだ。支配ドミネイトの能力には、変化チェンジの能力は相性が悪いって」

 あたしが答えて言うと、クリスが続けて言った。

「初耳ですわ、ちょっと興味がありますわね……。支配ドミネイト変化チェンジ以外の組み合わせの相性についてもわかっていたりしますの? ベティ?」


 ベティは答えて言った。

「はい。支配ドミネイト創造クリエイションでは支配ドミネイトが有利、創造クリエイション変化チェンジでは創造クリエイションが有利、というのが私の記録にあるイマジナリーズ間の相性です。ただもちろん能力者の熟練度や状況などで、いくらでもひっくり返りますよ」


 有理江さんも興味をそそられたように言った。

「私も初めて聞きました。相性ですか……、興味深いお話ですね。かつてこの銀河を支配していたイマジナリーズたちが力を結束していたというのは、お互いの欠点を補うことが目的だったのかもしれませんね」


「あの……、昔の話より」

 あたしは口を挟んで言った。

「これからのお話をしませんか。あたしらが軍に所属するっていうところをもう少し具体的に伺いたいのですが……」


 有理江さんは、クスリと笑って話し出した。

「そうよね、もう少し詳しく話すわ。あなたたちは、恐らく菊朗をかどわかした罪で指名手配されています。でも指名手配するのは軍ですから、軍に所属することを条件に便宜を図ってもらうように紹介状を書きましょう。その上でクリスさんの叔父上の計画について、対応を相談するとよいでしょう」


 あたしは有理江さんに聞いた。

「あたしらの指名手配の方はわかるのですが、軍はエンシェント古代の・イマジナリーズなんていうものの話について、協力してくれるでしょうか?」

「あの子は私のことをよく知っています。そんな冗談を言わないことくらい、理解してくれるでしょう」

 そう言った時の有理江さんの笑顔は、ちょっと怖かった……。


 あたしはもう一つ大事なことがあることを思い出した。

「そうだ、もう一つ大事な話があった。デイジー? お前はこれからどうする? せっかくお母さんに会えたんだから、きっとこのままここに残るのがいいんだと思うぞ?」


 デイジーは一度有理江さんの方を見てから、改めてあたしとクリスの顔を見回して言った。

「僕も連れてってよ。クリスやジョアン、ベティと一緒にいたい。それでもいい? 母さん?」

 有理江さんは、一瞬寂しそうな顔になったが、にっこり笑って言った。

「ちょっと早いけど、いつかは自立しないとね。ここにいてもまたあの人に連れてかれちゃうかもしれないし」

 あたしは苦笑して言った。

「一応お伺いしますけど、デイジーも一緒に軍に入るってことですか?」


 有理江さんは肩をすくめてから言った。

「そうなるかしら。その辺りも紹介状に書くようにしますよ。私が軍にいた当時、部下だったミネルバという女性士官をを訪ねてください。信用できる人物です。きっとよいように図らってくれるでしょう。イマジナリーズの部隊がまだあるかはわかりませんが、イマジナリーズの部隊を任されるときに少佐に昇進していました。今ならもっと昇進しているでしょう」


 ミネルバ……少佐か、女なんだな。どんな人だろう……。



 to be continued...

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