襲撃の真相
「よくおいでくださいましたわ! どうぞ中へ、何もありませんけれど」
輝かんばかりの笑顔で、デイジーのお母さんはあたしらを小屋の中へ案内してくれた。その美しい笑顔は、この女性が間違いなくデイジーのお母さんだっていうことを物語っていた。
小屋の中は外から見た印象よりもずっと広く感じた。掃除が行き届いて空気は澄み、テーブルの上にはシンプルな花瓶に可憐な野花が生けられていた。
「どうぞおかけになって? お茶を淹れますわ」
デイジーのお母さんは、棚から緑茶の入った缶を取り出してから茶葉を小さな鍋に少しあけ、コンロの火で茶葉を焙じ始めた。小屋の中に熱せられた茶葉の何とも言えない、いい香りが立ち込める。
デイジーのお母さんにお茶を淹れてもらって、4人がテーブルについてから、クリスが話し出した。
「初めてお目にかかります、デイジー……、菊朗くんでしょうか、お母様。私はクリスティーナと申します。
クリスは、横で聞いていても気の毒なくらい言いにくそうに話した。……気持ちはわかるが。
クリスに助け船を出す様に、にっこり笑ってデイジーのお母さんが口を挟む。
「はい。クリスティーナさんは、あの子の能力で
深々と頭を下げるデイジーのお母さんに、あたしとクリスは大慌てで言った。
「いえいえ! お礼を言っていただくようなことはしておりません……。申し上げるのもお恥ずかしいことですが、全てこちらの都合でしたことですから……」
そんなことを口々に話すあたしとクリスを見て、デイジーのお母さんはクスクス笑いながら言った。
「あらあら、まあまあ……。堅苦しいことは、もうこのくらいにしませんか? ざっくばらんにお話できた方が、こちらもありがたいですわ」
さすがデイジーのお母さん……。ちょっと、うちの母さんを思い出した。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。初めまして、私は
デイジーのお母さん……、有理江さんは自己紹介をした。
「初めてお目にかかります、リリィさんとお呼びするのがよいのでしょうか。あたしはジョアン、
あたしは自分の自己紹介をしながら、持ってきたもう一つのインカムを差し出して言った。
「こちらを耳に付けていただけませんか」
有理江さんは、にっこり笑って
「初めまして、デイジーさんのお母様。私は自立自由思考型AIのベティと申します。デイジーさんを含めて、皆のサポートをしています」
ベティが少し緊張気味の声で自己紹介する。
「ベティはクリスやジョアンと同じで、僕の友達なんだよ!」
デイジーが口を挟む。
有理江さんは、にっこり笑って言った。
「よろしくお願いしますね、クリスティーナさん、ジョアンさん、ベティさん。私のことは是非、有理江と呼んでくださいな。菊朗が随分お世話になったのね。ありがとう、この子を助けてくれて」
有理江さんは、クリスやあたしだけでなく、ベティにも生きている人間と同じように挨拶を返した。
「私のことは、どうぞクリスとお呼びください」
クリスが応えて言う。
クリスに続けて、デイジーもにっこり笑って言う。
「ええとね、僕のことは、これまで通りデイジーって呼んで? 村でもなんでか、ずっとデイジーって呼ばれてたから、デイジーって呼ばれてた方が落ち着くんだよね。本当の名前で呼ぶのは、母さんくらいだよ」
「そりゃあ、私にとっては、あなたは菊朗ですからね? でも女の子っぽい恰好をしたときは、デイジーって呼びたくなるのよねぇ」
有理江さんが、にこにこしながら言ったことを聞いて、クリスもくすりと笑って言った。
「わかります。デイジーって、ほんとうにかわいらしい男の子ですよね。私が小さい頃に着ていたワンピースや、ここへ来る前に買ったキュロットパンツのかわいい服がとてもよく似合っていました」
「まあ! 見たかったわぁ!」
有理江さんは、また最初に見せたような輝かんばかりの笑顔を見せた。デイジーは落ち着かなそうにモジモジしている。
あたしは和やかな雰囲気を壊したくはなかったのだが、言わなければいけないことだと思い、有理江さんに詫びて言った。
「有理江さん、あたしはあなたにご報告しなければいけないことがあります。ここに来るまでに一度、あたしはあなたのご子息を危険にさらしてしまいました。お詫びのしようもありません。本当に申し訳ありませんでした」
有理江さんは穏やかな笑顔で言った。
「そうですか。きっと必要なことだったのでしょう。詳しいお話を聞かせていただけますか?」
クリスがこれまでのことを丁寧に説明した。クリスの故郷でのこと、
有理江さんは、眼から涙をこぼしながら言った。
「なんてこと……。あなた方はこの子を助けるために、命を懸けてくださったのですね。本当にありがとうございました」
また深々と頭を下げる有理江さんに、クリスとあたしも、また慌てて頭を上げてくれるように頼んで言った。
「いえいえ、本当にお礼を言っていただくことはありません……」
そんなやり取りの後、ようやく落ち着いた雰囲気になってから、有理江さんはゆっくりと話し出した。
「申し上げにくいことですが、この子をさらった
そこまで話して、有理江さんは眉間にしわを寄せた。あたしらがここにきてから、初めて見せた険しい表情だった。
あたしは有理江さんの言ったことに驚いて、クリスの顔を見た。有理江さんの言ったとおりだとすれば、クリスの故郷を襲ったのは……。でもクリスは驚いたような様子を見せずに言った。
「はい。デイジーのお父上のことは、私もある程度、察しておりました」
クリスが続けて言う。
「有理江さん、どうかお気になさらないでください。私の故郷を襲った人達の中にご主人がいたのは確かですが、私の故郷を滅亡させたのは、ご主人ではありません。私の故郷を滅亡させたのは……、私の叔父です」
その場にいた、クリス以外の全員が凍り付いた。
「待ってくれ、クリス。そりゃどういう……」
やっと口を開いたあたしを片手で制して、クリスが話し続ける。
「黙っていてごめんなさいね……。私自身どう考えてよいものか、中々整理がつかなくて……」
クリスは言いにくそうにしながら話を続けた。
「私はデイジーを救出しようとして、デイジーのお父上の能力で気を失い、ラスタマラ家に拘留されました。そのあとラスタマラ家の
あたしは、
クリスは続けた。
「私は言いました。『不服か』と、『私も殺して一族を滅亡させたいか』と……。すると彼は私に言ったのです、『
襲撃の首謀者だと思っていた男を目の前にして、クリスがどれだけ動揺したかは想像に難くない。そのクリスに対して、デイジーの父親は、自分の意志で集落を襲撃をしたのではないと言い放ったというのか……。意味が解らない。そんなことをクリスに言って何の意味があるっていうんだ。
「彼が私に話したのは……」
そう言って、クリスは
・
・ブライアンは、
・完成した
・
・後からわかったことだが、ラスタマラ家の上層部は、襲撃のことを知らなかった
・事が公になることを危惧したラスタマラ家の上層部は、
「ちょっと待ってくれ……。ああ、何が何やら……。ベティ? ベティは知ってたのかい?」
あたしは頭がごちゃごちゃして訳がわからなくなったので、ベティに助けを求めた。
「いえ……。こういう時って昔から話してくれないんですよ、クリスは」
そうなのか……。ベティにも話さなかったなんて、クリスにとっても余程のことだったんだな……。
ベティがクリスの話を補足する。
「ブライアン氏のことは私も知っています。クリスのお父様であるアルバート様の弟で、優秀な技術者だったそうですが、イマジナリーズ能力を持っていなくて、そのことを気にしてか、若い頃に集落から飛び出して行ってしまったと記録にあります」
なるほど、クリスの集落ではほとんどの人がイマジナリーズ能力を持っていたというから、持っていない人は引け目に感じたりするのかもしれない。しかし、だからと言って自分の一族の滅亡を望むとは、余程の事情でもあったのだろうか……。
「ブライアン叔父のことは、少しですけれど覚えています……。私が小さい頃、遊んでもらったこともあったのです。でもいつの間にかいなくなってしまって、私の両親もそのことには触れなかったので、詳しい事情は知らなかったのです。それが今になってそんな話を聞かされるとは……」
クリスの心情を思うとやりきれない……。集落を襲撃されてからずっと
ベティが、おずおずと口を挟む。
「クリスの話を聞いて腑に落ちたことがあります、
「なんですの? ベティが持っている記録に、
クリスが不思議そうに聞くと、ベティが答えて言った。
「はい。
「
あたしは何とか話についていこうと頑張って聞いた。ベティが答えてくれる。
「はい。クリスのご両親がなさっていた研究は、イマジナリーズが能力を発動する際の脳の働きを調べて、
「そうか……、イマジナリーズの脳に直接働きかけるという発想そのものは同じなわけか。ひょっとすると……」
あたしが言いかけると、クリスが後を続けて言った。
「私の両親は、その研究がイマジナリーズ能力を封じる機械を作る研究にもなることに気が付いて研究をやめ、ブライアン叔父はその研究を盗んで集落を飛び出したということですわね……」
ベティがクリスの言葉に続けて言う。
「恐らくそういうことだと思います……。そしてブライアン氏が集落を飛び出した後、クリスのお父様が危険を感じて設計、建造したのがジャンヌ・ダルク号だったということです。ジャンヌ・ダルク号型の
あたしは言葉もなかった。クリスのご両親はブライアン氏のことをよくわかっていて、襲撃される可能性まで予想して、ジャンヌ・ダルク号を建造していたということか……。
「お父様、お母様……」
クリスは泣き出してしまった。自分が今生きていることが、両親が前もって事態を予想し、備えていたお陰だったとわかったからだ。くっそ! クリスの叔父さんて奴は、どこまで……。
「クリスさん……」
有理江さんが席を立ってクリスのそばまで来て、クリスを抱きしめて言った。
「ご立派なご両親だったのね? あなたを見ていてもわかるわ。あなたの中にご両親を感じますよ、クリス。私はあなたのご両親を尊敬します」
クリスは大きく息をついて言った。
「すみません、泣いてしまうなんて……。有理江さんにそう言っていただいて、私の両親も喜んでいると思います。ありがとう」
有理江さんは、にっこり笑って言った。
「いいえ。ご両親を思って流す涙に遠慮なんていりませんよ。子どものことを思う時も一緒、ね? 菊朗?」
「えへへ、まあね」
デイジーが照れ臭そうに笑って言った。
雰囲気が少し落ち着いてきたので、あたしはふと疑問に思ったことを口にした。
「それで結局クリスの叔父さんは、そこまでして何がしたいんだろうね?」
涙を拭いてからクリスが答える。
「デイジーのお父上の言っていたことによれば、『
「
あたしが聞くとベティが答えてくれた。
「それは恐らく、この辺りの銀河を統治していた、昔のイマジナリーズの能力のことだと思われます。シルキィ星系の星々は人類発祥の地と言われていますが、古い記録によると、その辺りには昔、イマジナリーズたちがこの辺りの銀河を統治していた頃の遺跡のようなものが残っているらしいです。もしかしたら、ブライアン氏はその辺りの記録で何か新しい発見をしたのかもしれませんね」
なんだって? そんなものを手に入れてどうしようっていうんだ? まさか銀河を支配でもしようってのか? 嘘だろう?!
「いえ。ブライアン叔父なら、そんなことも考えるかもしれませんわ」
溜息をつきながらクリスが言った。
「ちょっと待てよ、そりゃ放っておけないぜ……、とは言っても、お尋ね者のあたしらじゃどうにもならないか……」
そんなことを言ったあたしに答えて有理江さんが言った。
「ああ……、それならいっそ、星間宇宙軍に入っちゃうってのはどう?」
え? 今なんて? ………。
to be continued...
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