デイジーの帰郷
「ほら、デイジーは、お母様に止められていた
こんなに困ったクリスを見ることになるとは……。あたしは、クリスをフォローして言った。
「そうなんだよ、デイジー。それにあの時、あたしは意図せずデイジーを危険にさらしちまった……。結果としてデイジーは無事だったけど、あの時のことだって、あたしはデイジーの母さんに謝りたいんだ」
あたしが言ったこの言葉に嘘はない。……とはいえ、かなり苦しい言い訳だ。
大体において察してくれていると思うが、あたしとクリスは、デイジーの故郷の村が例のイマジナリーズに襲撃されたことの可能性を無視できていない。もし村が襲撃されていれば、デイジーのお母さんだって無事では済んでいないだろう。
だから、まず村やデイジーのお母さんが無事であることを確かめてから、デイジーを故郷に向かわせようってことなんだ。
だがデイジーは、首をひねるばかりだった。
「ううん? 別に母さんは、怒らないと思うよ? 僕が必要だと思ったんだってちゃんとわかってくれると思う。僕を危険にさらしたって話だって、ジョアンが僕を危険がないように降ろそうとしてくれてたのに、僕が勝手にクリスの前に降りたんだもの、ジョアンが謝るようなことじゃないよ?」
くう、いい子だな、デイジー。
ベティがフォローしてくれようとした。
「ええと、デイジー? デイジーの言うことは、とっても正しいんですけれど、クリスやジョアンにしてみれば、まずはデイジーのお母様に……」
ベティが言いかけたところで、デイジーが遮って言った。
「もしかして、僕の村が、あの
あたしとクリス、ベティは絶句してしまった。
「…………!」
デイジーは、慌てて言った。
「ええ?! ほんとにそうなの? ごめんね、みんなにそんなに気にしてもらって、僕は何て言っていいかわからないよ……。でもね、僕はそのことは全然心配してないんだ。だって多分あの
そうだ、勿論、その可能性だって考えた。しかし、自分の出身の村だからって、襲撃しない理由になるだろうか? ……いや、大抵はなるんだろうが、あの男にその「大抵」を期待していいのか? あたしらは、クリスの故郷を襲撃したり、クリスを
やっとあたしは、デイジーに言った。この宇宙には、ひどいことがいくらだってあるもんなんだ。
「でもな、デイジー? やっぱりあたしらは……」
「ありがとう、ジョアン。でも僕は大丈夫だよ」
デイジーは、にっこり笑って言った。だめだ……、とてもじゃないが、この笑顔には勝てる気がしない……。
あたしは、多分これまでのあたしの人生で、一番困った顔をクリスの方に向けた。クリスは、ゆっくりと首を振りながら、ため息をついて言った。
「わかりましたわ。あたしたちは、全員一緒にデイジーの故郷に向かいましょう。その代わり、まず村の様子を遠目で確かめてから、デイジーのお母様がいらっしゃるはずの小屋へ向かうんですのよ、これは譲れませんわ」
クリスは、断固とした口調で言った。
デイジーが、きらきらとした満面の笑顔で答える。
「うん、ありがとう、クリス! クリスもジョアンもベティも、大好きだよ!」
うあああ! 眩しい! この時のこの子の笑顔は眩しすぎた……、やっぱり早くお母さんと会いたいのかな。
まあとにかく、デイジーの故郷の村のある星まで来る間に、そんなことがあったってわけさ。あんただったら、どうしてた?
そうして、ようやくジャンヌ・ダルク号は、デイジーの故郷の村のある星までやってきた。
「あれが、デイジーの故郷の村がある星か……」
デイジーの故郷の村のある星が見えてきたところで、あたしは
「はい。星系にも、星自体にも、公式な名前はありませんし、航宙図にも載っていません。正確な座標データを知らなければ、何者もここにはこれないでしょう」
一応、あたしは聞いてみた。
「ジャンヌ・ダルク号が、星間宇宙軍とかに追跡されてたりとかは?」
「うふふ……、星間宇宙軍には、ジャンヌ・ダルク号を捕捉、追跡できるほどの探索技術がありませんから、大丈夫ですよ」
うお、ちょっと怖いぞ、ベティ……。
続けてベティが言う。
「それでは、着陸シーケンスに入ります。皆さん席について、シートベルトをしてください」
ブリッジにいたあたしらは、席についてシートベルトを締めた。キャプテンシートにクリス、通信士のシートにあたし、パイロットシートにデイジーが座った。勿論、実際には、キャプテン以外の役割は全てベティがやるから、あたしとデイジーの席はお飾りだ。
ジャンヌ・ダルク号は、デイジーの故郷の星へ大気圏外から降下していった。
「デイジーの故郷の村があると思われる場所からは、少し離れた場所に降りますね」
ベティが言う。そうか、この星には管制システムもないのか。まあ、これまでも、そういう星に縁がなかったわけでもない。トレジャー・ハンター稼業なんてやっていると、どんな辺鄙な星にでも行く機会はあった。
あたしは船を持っていないから、そういう星に行くときには、必要経費として船のチャーター費をもらって船を手配して行っていた。でも、チャーター船っていうのは、あまり機能に恵まれていない場合が多かったから、結構不便だったんだ、ジャンヌ・ダルク号とはえらい違いさ。
ジャンヌ・ダルク号は、赤道近くの大陸の入り江に着水した。ここから南へ60マイルほどいったところにある湖のほとりに、デイジーの村がある。
「僕がいた村があるのは大きな湖の東側、母さんと住んでいた小屋は南側。村から小屋までの距離は、車なら1時間くらいかな」
デイジーが説明してくれた。
「それでは予定通り、まず村の様子を見つつ、デイジーのお母様がいらっしゃる小屋を目指しましょう。」
クリスが言った。ベティが答えて言う。
「了解です。車の準備をしますね。デイジーのお母様への手土産に、少し食料や衣料品、医薬品などを持っていきましょう」
くう、さすが気が利くぜ、ベティ。
ほどなく車と積み荷の準備も終わり、あたしとクリス、デイジーは、車に乗り込んだ。ベティが努めていつもと変わらない調子にしている、と言った感じで言う。
「それでは、出発しますよ!」
「デイジー? この星に帰ってくるのも久しぶりだろ? どうだい、感想は?」
車の中が静まりがちだったので、あたしは頑張って話題を提供した。
「うん、そうなんだけど、この辺は僕も来たことなかったから、あんまり……」
そりゃそうだ……、村から60マイルも離れてるんだしな。ええっと、他に話題……。
「調査用ドローンを射出します」
ベティが言う。調査用ドローンとは、少し離れた場所を調べるために飛ばす、小さな飛行物体のことだ。様々なタイプがあるが、今回使っているのはオートジャイロタイプのものだ。カメラやマイク、その他色々なセンサーを積んでいて、小さいながらもたくさんの情報を採取できる。
ドローンは、デイジーのいた村の方に飛んで行った。
ベティは、走っている車の周囲に注意を払いながら、同時に最大望遠による光学情報と、ドローンからの各種センサーの情報に注視していた。そして、車がデイジーの村まであと1マイルというところまで来た時、ほっとしたような声を出した。
「大きな集落が見えます。人口は数百人というところでしょうか。皆さん、穏やかに生活しておられるようですね」
ふう~~……。クリスとあたしは、息をついた。デイジーは、ほらね? というように、にっこり笑う。
あたしは、言った。
「……クリス? 正直いうと、あたしはちょっと飲みたい気分だ」
「私も同感ですけれど……、まだ日も高いですわ。ジャンヌ・ダルク号に帰ってからにしましょう」
クリスが答えて言った。あたしも続けて言う。
「そうだな、そうしよう……。きっとうまい酒が飲める」
車の中の雰囲気は、ぐっと明るくなった。
「デイジー、このくらいの時間帯だと、村の人たちは何をしてるんだい?」
あたしは、遠慮なくデイジーに村の人たちについての質問をした。
デイジーが明るい声で答えてくれる。
「今くらいだと、子どもは学校かな。大人たちは畑仕事とか、狩りに出てたりする人がいるかな。……なんか変な感じ、数か月しかたってないのに、すごく前のことみたい。あ、小屋の方に行くのに少し大回りしないと、狩りに出ている人たちと出くわしちゃうかも」
デイジーの提案に従って、あたしらは村から大回りしてデイジーのお母さんがいるという小屋を目指した。途中、ベティが言った。
「デイジーの言ったとおりですね、大きな獣を連れた男性の姿が見えます」
ベティが、ドローンから送られてきた映像を車のモニタに映してくれた。
「あ、あれウェントワースさんだ! 僕と母さんがまだ村にいたとき、色々親切にしてくれてた人だよ!」
デイジーが嬉しそうに言う。やっと故郷の星に帰ってきたっていう実感が出てきたみたいだった。
ウェントワースさんという人物は、大きな獣を連れて周囲を警戒しながら歩いていた。
「ウェントワースさんが連れてるのは、ビーストウルフのミックっていうんだ。怖そうな見た目だけど、ウェントワースさんによく
デイジーが説明してくれた。なるほど、あのビーストウルフは、ウェントワースという人に使役している肉食獣というわけだ。
あたしらは、ウェントワースさんを避けて大回りしながら、デイジーのお母さんのいる小屋を目指した。小屋に近づくにつれ、デイジーが無口になる。きっと緊張してるんだ。
「母さん、元気かな……」
そんなことを言うデイジーに、あたしは言った。
「きっと元気さ。でも、デイジーがいなくて、寂しがっていらっしゃるかもな」
デイジーがあたしに抱き着いてきた。あたしは、デイジーの頭を撫でながら言った。
「デイジー? あたしらはデイジーと一緒にいられて楽しかったけど、これからもあたしらとずっと一緒にいるかはデイジーが決めるんだ、わかってるよな?」
デイジーは、何も言わなかった。何か考え込んでいるようだった。
「小屋が見えてきました」
ベティの声に、少し車内の空気が張り詰めた。
「デイジー?」
クリスが、心配そうにデイジーに声を掛ける。
「うん、大丈夫……」
デイジーが返事をする、どこか上の空だ。
車は、小屋から少し離れたところに止まった。クリス、デイジー、あたしの順に車から降りる。インカムを付けているので、ベティとも会話可能だ。
小屋に向かって歩きかけると、小屋の正面にある大きな扉が少し開いて、中から女の人がゆっくりと顔を出した。
「どなた?」
落ち着いた、きれいな声だ。
「母さん!」
デイジーがクリスの後ろから飛び出した。
「
その女性が答える、キクロウ?? デイジーとその女性は、お互いに駆け寄って抱き合って言った。
「ごめんね、母さん。元気だった?」
「
二人とも、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、そんなことを言った。
ああ、よかった、本当によかった……。色々あったが、再会に喜ぶ二人の顔を見て、これまでのことが報われたと思った。クリスを見ると、もらい泣きをしていた。両親のことを思い出しているのかもしれない。なんだか、あたしも母さんの顔がちらついて、少し落ち着かなかった。
to be continued...
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