ディマジラ星系への旅路

 あたしとクリスは、出国のためにブリッジに上がってきていた。クリスはキャプテンシートに座っている。あたしは通信士が座るシートに座った。

 これから今いる星、セズティリア星からの出国手続きが始まるのだが、あたしの仕事はなかった。


「こちらセズティリア星、リィス入出国管制です。貴船の登録船名と船体識別番号をどうぞ」

 入出国管制コンピュータが、ジャンヌ・ダルク号の船名と船体識別番号を訪ねてきた。星から旅立つ時のいつもの手続きだ。大抵の星では、基本的に星一つで『国』としての統一政府を持つので、星の入出の手続きは『入出国』手続きになるわけだ。余程大きな星でもなければ、この仕組みが変わることはない。


「こちらは登録船名ジャンヌ・ダルク号、船体識別番号は『N-GC3115-UGCA199』」

 ベティが答える。この時のベティは、これまでの『あたしらの姉妹』という雰囲気を引っ込め、いかにもAIと言った口調で話した。

「照合完了、確認しました、ジャンヌ・ダルク号。搭乗員情報の提示をお願いします。この星は楽しめましたか?」

 入出国の管制コンピュータが出国に必要な情報の提示を求めつつ、儀礼的な質問をしてきた。ジャンヌ・ダルク号の入国目的が『観光』だったから……のようだ。


「当船の搭乗員はクリスティーナとジョアンの二名。ジョアンはクリスティーナの古い友人で、この星で偶然再会し、次の惑星まで同行することになりました。彼女のバイクもこの船に搭載済みです。クリスティーナの個人識別番号は『H-D087887-049641-449』、ジョアンは『H-D209750-109074-294』。私の主人マスターたちはこの星、特にこの星名産のお酒を大いに楽しんだようです」


「照合完了、確認しました、ミス・ジョアンは十日前の定期船でこの星へ来られたようですね。ジャンヌ・ダルク号の船体質量、不法物質の持ち出しなどについてもチェックが完了しております。ジャンヌ・ダルク号、そしてミス・クリスティーナ、ミス・ジョアン、楽しんでいただけたようなら何よりです。出国の手続きは完了しました。それでは、よい旅をhave a nice trip!」


 あたしは仕方がない事とはわかっていても、ベティの名が一度も呼ばれないことに不満を感じながら、出国手続きの様子を聞いていた。クリスの方を見ると、そんなことはとっくに諦めてしまっているという様子だった。一つため息をついてから言う。

「やっと出国の手続きが終わりましたのね。まあ、この星はまだ簡単な方ですわ。目的地のディマジラ星系までは、十数日というところかしら。しばらくは自由時間ですわ。私は少し眠ります。ベティ? ジョアンにこの船の中を案内してあげてね」


 そう言うとクリスはブリッジを出て行ってしまった。ベティが話し出す。星を出る前の『あたしらの姉妹』の口調に戻っている。

「ジョアーン? どうなさいます? すぐにこの船の中をご案内しますか? お腹は空いていませんか? それとも、少しお休みになります?」


 訂正……、『あたしらの姉妹』っていうより『新妻』って感じだった。

「腹は空いてないよ、ありがとう。そうだね、一通り船の中を見て回りたいかな。案内を頼めるかい?」

 あたしは船の中もさることながら、ベティと少しお喋りがしたい気分だった。


「もちろんです! 誘導ランプでご案内しますね。こちらでーす!」

 ベティが浮かれたような口調で言う。ベティが楽しそうだと、あたしまで嬉しくなっちまう。

 ブリッジの扉が開き、扉の上にあるランプがチカチカ点滅している。あたしは通信士のシートから立ち上がって、扉の方へ歩いて行った。床近くの壁に灯ったランプに案内されて移動する。


 あたしはランプに案内されて、少し大きな部屋に入った。この船に来た時に入ったリビングルームから、そう遠くない部屋だった。

 ベティが説明してくれる。

「こちらが食堂です。クリスは朝六時と昼の十二時、夕方の十八時に食事をするようにしています。ジョアンの食事のペースを教えておいてくれれば、それに合わせて食事の用意をしますよ。何か嫌いなものとか、アレルギーの食べ物などはありますか?」


 あたしは故郷の渓谷にいた時に、食事のタイミングについて母さんからうるさく言われていたことがある。

「クリスの食事のペースに合わせるよ。食事は一緒に暮らしている人間全員が、同じタイミングで食卓を囲み、同じものを食べるべきだって、いつも母さんに言われてたからね。アレルギーはないが、あたしは『イカスクイード』が苦手でね……、知ってるかい? 魚介類って奴なんだが……」


 ベティがくすくす笑いながら答える。

「素敵なお母様ですね! 『イカスクイード』ですが、もちろん知っていますけれど、意外ですね。勇猛で知られるトレジャー・ハンターのジョアンが『イカスクイード』を食べられないなんて」


 あたしは苦笑いをして言った。

「そういわないでくれよ。ああ、全く食べれないってわけじゃないんだが、どうもあの食感が苦手でね……。あたしの故郷は山間部だったから、海の魚介なんかはあんまり馴染みがないんだよ」


 ベティが友達のお母さんみたいな口調で言った。

「承知しました。クリスは好き嫌いがないので、少し物足りないくらいだったんですよ。別に『イカスクイード』を摂取しなくても他の食べ物で補えますし、ジョアンの食事からは、『イカスクイード』を除くようにしておきますよ。逆にお好きな食べ物なんかはあります? お酒以外で」


 あたしは即座に答えて言った。

「肉だね! 腹が減った時に食べる肉の満足感には、何にも代えがたいものがあるよ」

 ベティがやっぱりくすくす笑いながら言った。

「まあ! お肉はいいですけれど、ちゃんとお野菜も食べてくださいね。お肉のお料理には自信がありますから、ご期待くださっていいですよ! それでは食堂はこのくらいにして、次はお風呂とトレーニングルームをご案内します。こちらへどうぞ」


 あたしはまたランプに案内されて風呂のスペースまで来たが、風呂を覗いて驚いた。かなり広い。

「こんな広い風呂、初めて見たよ。何人で使うことを想定して設計されてるんだ?」

 ベティが答える。

「元々この船は二十人から三十人が一度に旅ができるように設計されていました。だから共用スペースの外に個室がたくさんあるんです。そしてお風呂は、女性、もしくは男性が、それぞれ一度に入れるように最大二十人ほどが使うことを前提に設計されているんです」


 あたしは見慣れない大きな水槽のようなものを見つけて言った。

「これ……、なんだい、浴槽かい? えらく大きいが……」


 ベティが得意そうに答える。

「はい! この浴槽こそ、この船の自慢の一つなのです。なんでも古代の人々は、複数の人が一度に浴槽に浸かって親交を深めるという文化があったそうですよ。ジョアンは浴槽のお湯に浸かることはお好きですか?」

 あたしは苦笑いして答えた。

「あー、あたしは面倒くさがりでさ……、浴槽に浸かるってのはほとんどしないんだ。いつもシャワーですましちまうんだよ」


 ベティが友達のお母さんから、あたしのお母さん代理になって答えた。

「あら、それはいけませんね。お風呂に浸かると血行がよくなって、疲れが取れやすくなるんです。この船の個室にはそれぞれシャワー室がしつらえてありますが、星間宙域を航行中はいつも浴槽にお湯を張っておくようにしますから、寝る前にはできるだけ浴槽に体を浸かるようにしてくださいね」

 了解、ベティママ……。


 次はトレーニングルームだ。ベティが説明してくれる。

「この船には大きなトレーニングルームが一つと、小さなトレーニングルームが二つあります。それぞれ個別に重力制御ができるようになっているんですよ。

 大きなトレーニングルームは、競技スペースですね。色々な競技を行うことができます。小さなトレーニングルームは、主に器具を使ったトレーニング用ですね。ベンチプレスやランニングマシンなどが置いてあります。クリスはよく器具を使ったトレーニングをしていますよ」


 あたしはトレーニングルームでイマジナリーズ能力のトレーニングをするつもりだった。

 ベティに聞いてみる。

「ベティ? あたしがどのくらいの時間、『風』になっていられるか、トレーニングルームで時間を測ったり『風』になっていられる時間を延ばすトレーニングなんかをしたいと思っているんだけど、大丈夫かな?」

「はい、大丈夫だと思いますよ。大きい方のトレーニングルームを使ってください」

 そう答えてくれた後、ベティがふと思い出したように言った。

「そういえば、クリスも似たようなことを言っていましたね」


「クリスも?」

 創造クリエイションのトレーニングか……、どんなものだろう。

「さあ、そろそろジョアンのお部屋をご案内しますよ!」

 ベティが嬉しそうに言う。


「ここがジョアンのお部屋です。お掃除なんかは済んでいますから、すぐに使えますよ」

 ベティが得意そうに言う。あたしは驚いて言った。

「ちょっとあたしには立派過ぎないかねぇ……」

 部屋は、ちょっとした高級ホテルの一室並みの広さだった。ベッドも大きい。

 ベティが嬉しそうに言う。

「うふふふ、どうぞお気になさらないで自由に使ってください。クリスも同じ間取りのお部屋を使っているんですから」

 ベティは、立派な部屋であたしをもてなせることが嬉しいようだ。あたしはホテルに泊まる時も、いつもセキュリティのしっかりしている一番安い部屋に泊まることにしていたから、こんな部屋で寝泊りしたことはなかったんだ。あたしはあまり自信がなさそうに言った。

「まあ、ベティの気持ちに感謝して、この立派な部屋を堪能させてもらうことにするよ」

「はい! 是非、そうしてください!」

 ベティには敵わない……。


 翌日から、あたしはトレーニングルームでイマジナリーズ能力のトレーニングを始めた。

「あたしは……『風』!」

 トレーニングルームに入り込んだ突風のように風になったあたしは、トレーニングルーム内のあちこちをぐるぐる回った。広いトレーニングルームは、流れ回っていても気持ちがよかった。ベティに時間を測ってもらっている。


 あたしは少しずつ頭痛を感じるようになったので、能力を解除して言った。

「はあ、はあ……、ベティ、どのくらいの時間だった?」

「はい、三十二分と少しでした。前にジョアンが言っていたより短い時間でしたが、私は充分だと思っています」

 くそ……、ベティに気を使わせちまった。

「なに、訓練すれば時間はもう少し伸ばせると思う。それはそうと一つ試したいことがあるんだ」

「試したいことですか、なんでしょう?」

 あたしはベティに頼んで言った。

「小さな空き缶か何かをいくつか、持ってきてもらえるかい?」

 船内で物を運んでいるポーターロボットが、空き缶を数個持ってきてトレーニングルーム中央あたりに置いてくれた。


 ベティが言う。

「こんな感じでいいですか?」

「ありがとう、それでいいよ」

 あたしは改めて能力を発動した。

「あたしは……『風』!」


 突風のようにいきおいよく風になった私は、空き缶の上空あたりで一旦滞留し、それから改めて別の『風』のイメージを作った。薄く研ぎ澄まされた刃物のような風のイメージ……。

「『カマイタチ』!」

 風は時に人の衣服や皮膚などを傷つけたりもするという。それを古い言い回しで『カマイタチ』と言うそうだ。母さんから教わったんだ。もっとも『お前はそんなことしちゃ、いけないよ』と教わったのだが……。


 あたしの『カマイタチ』は、空き缶の数個をすっ飛ばし、そのうちの一つに穴を空けた。ベティが驚いたようにいう。

「ジョアン……、すごいです! 風ってこんなこともできるんですね!」


 あたしは『風』の状態を保っていられなくて、元の姿に戻ってから言った。

「はあ、はあ……、ありがとう。もう少し精度を上げないと実用的じゃないね。もっと空き缶を持ってきてもらってもいいかい?」

 ベティが少し悔しそうに言う。

「ああん! こんなことならもっとたくさん空き缶を残しておくんでした……。でも大丈夫です! 食用油を保存用の瓶に移してたくさん空き缶を作りますから、ジョアンは安心してトレーニングに集中してください!」

 そういや出国したばかりだったが、ベティが協力してくれるので問題なさそうだ。

 ディマジラ星系まであと十数日か。どのくらいまで精度をあげられるかな……。いっちょ気張るぜ!


 その頃、クリスの方は何をしていたかと言うと、クリスの方もイマジナリーズ能力の訓練をしていたらしい。夕食の時に会ったとき、あまりクリスがぐったりしていたので、驚いて聞いてしまったのだ。

「クリス、お前何やってたんだ……って、ああ、イマジナリーズ能力の訓練ってやつか」


 クリスが疲れた顔をこちらに向けて言った。

「ええ……、もっと硬度が高い合成素材を生成できないかと思って色々試しているところですわ……。それと生成するスピードも、もっと速くすることができないかと思っていますの……」

 いつものクリスのように発する言葉に切れがない。余程疲れているようだ。


 こうしてあたしらは目的地の星系に到着するまでトレーニングに次ぐトレーニングの日々を送っていた。今まであたしは自分のイマジナリーズ能力について、延ばそうとか、鍛えようとか思ったことはなかったが、クリスやベティの役に立つために必要なことをしたいと思ったのだ。

 故郷の谷を出てから初めて感じる、充実した気分だった。



to be continued...

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