トレーニングの成果

 目的地であるディマジラ星系で最も繁栄している惑星、フェルディナに到着するまで、あと数日というところで、あたしとクリスは、それぞれのトレーニングの成果をお互いに見せ合うことにした。もちろん、これからの作戦立案に関わることだからではあるが、精神的にもいいことだと思ったんだ。頑張ったら、やっぱり誰かに褒めて欲しいしな。


 あたしら二人は、大きい方のトレーニングルームにいた。中央近くに、セズティリア産オリーブオイルの空き缶が三つ並べてある。クリスには、トレーニングルームの壁際にいてもらうようにしてから、あたしは言った。

「あたしからいくよ。"風"!」

 あたしは、突風になってトレーニングルーム内を一回りしてから、そのまま空き缶に狙いをつけた。

「"カマイタチ"!」


 空き缶は、きれいに一並びになって後ろに吹っ飛んだ。あたしは、能力を解除して空き缶の傍に立っていた。クリスが驚いたように言う。

「ジョアンの能力の発動速度は、元々またたきするくらいの速さだったのに、今では目で追えないくらいの速度になっていますわ……! それに、空き缶が……」


 あたしは、にやっと笑ってから、空き缶を三つとも拾って、トレーニングルームの壁際においてあるテーブルに並べた。クリスが、空き缶を一つずつ手に取って言う。

「どの空き缶も、正確に半分だけ切れ込みが入っていますわ。こうなると、もはや芸術ですわね」


 あたしは、クリスの送ってくれた最大限の賛辞に感謝しつつ言った。

「ありがとうよ! 苦労したからな。能力の発動時間も、53分まで延ばしたぜ。もっとも、"カマイタチ"を使っちまうと一旦能力が解除されちまう欠点がある。こればっかりは、どうにもならないね」


 クリスがあたしににやっと笑い返して言った。

「ふふ、小一時間ですのね。ベティ? "カマイタチ"のこと、なぜ教えておいてくださらなかったの?」

 ベティが、"えっへん"と言った様子で答える。

「ジョアンから、『クリスを驚かせたいから、うまくできるまで黙っててくれ』って頼まれていたんです。『女の約束』なんです!」

 クリスが、嬉しそうにくすくす笑って言う。

「あらあら、すっかり仲良しですのね。それでは、今度は私の番ですわね」


 クリスは、あたしの使った空き缶を、改めてトレーニングルームの中央あたりに並べなおした。ふう、と一息ついてから呟く。

「"リボルバー"」

 クリスが呟くと、クリスの右手のひらあたりがキラッと光って、リボルバー式の拳銃が現れた。かなりの生成速度だ。続けて呟く。

「"弾丸6発シックス バレッツ"」

 今度は左手のひらがキラッと光ると、六発の弾丸が握られていた。一瞬の間だった。クリスは拳銃に弾丸を込め、空き缶に狙いを定めて撃った。トレーニングルーム内に轟音が響くと、空き缶は見事に撃ち抜かれた。二発目、三発目と続けて撃つ。いずれも命中だ。


 あたしは驚いた。クリスは腰にホルスターを下げていて、そこに拳銃が入っていたから、その拳銃を使うと思っていたのだ。あたしは、興奮気味に言った。

「なんだい! 複雑な機械は生成できないって言ってたけど、道具までは生成できるってことか! しかも弾丸バレットって……、火薬も生成できるのか?! すごすぎんだろ!」


 クリスが、珍しく得意げになって言った。

「お褒めにあずかり、恐縮ですわ。それはそれは苦労しましたもの……。まあ、今回は火薬の量をかなり抑えてありますから、トレーニングルームの床に穴を空けるようなこともありませんわ。それともう一つ……」

 クリスは、生成したリボルバー式拳銃をテーブルに置いてから言った。

「"大盾"」

 クリスの目の前に、大きな盾状の金属板が現れた。多層構造のようだ。


「ジョアン? これに、あなたの"カマイタチ"を使ってみてくださる? けがをしないように気を付けてね」

 クリスがそう言ったので、あたしは少し興奮気味に答えて言った。

「おお! 任せろ! "風"!」

 あたしは、"風"になって一旦後方に下がってから、クリスの生成した"大盾"に狙いを定めた。

「"カマイタチ"!」


 あたしは、"大盾"に"カマイタチ"を当てた。……が、見事に弾かれた。

「ふえぇ……、びくともしないね。これなら思いっきりやっても大丈夫だったかな」

 あたしは、元の姿に戻ってから言った。クリスがくすくす笑いながら言う。

「思いっきりやったら、あなたの方が危ないかもしれないから、そのくらいにした方がよいですわ。これは、タングステン合金製の盾で、かなり重いですけれど、銃の弾丸にも耐えられる性能があるんですのよ」


 あたしは、ほとほと関心したように言った。

「まったく、クリスには驚かされるよ。ベティ? もしかして、わざとあたしに黙ってた?」

 ベティが、もじもじしたように言う。

「ええと、クリスからも言われていたのですけれど、『うまくいくかわからないから、ジョアンには黙っていて欲しい』って……」

 あたしは、慌てて言った。

「いやいや、いいんだよ! 気にしないでくれ。こういうサプライズは、多分お互いに必要なんだよ。あたしは、妹分の口が固くて誇らしいよ」


 ベティは、あたしに"妹分"と言われて感激したようだ。涙声で言う。

「クリスぅ……!」

「なんですの? そんな声を出して。あたしたち三人は多分、とっくに家族ですわ」

 クリスにそう言われて、とうとうベティは泣き出してしまった。

「うえぇぇぇぇぇぇぇん!!」

「はいはい、いい子、いい子」

 クリスが、くすくす笑いながら言った。そう、小さな女の子をなだめる様に……。ベティは結局、とてつもない孤独に耐える、いじらしくてかわいい、あたしらの小さな妹分なのだ。


 あたしは、少しもらい泣きしながら言った。

「ぐすっ……、それはそうとクリス、拳銃が生成できるなら、なんで今までやらなかったんだい? 初めにクリスに能力のことを聞いたときは、とても拳銃なんて生成できないように聞こえたんだけど」


 クリスは、一つため息をついて言った。

「正直に言うと、怖かったからですわ。拳銃の形そのものを生成することはできても、弾丸を込めて発射することを考えると、どうしても暴発のリスクがありますから……。弾丸を発射できる拳銃を生成するには、かなり集中して素材の生成と形状の構築をすることが必要ですの。セズティリアで拳銃を一丁、手に入れることができたから、できたことなんですのよ」

 クリスはそう言って、腰から下げていたホルスターからリボルバー式の拳銃を抜いて見せた。


 クリスが続けて言う。

「父から聞いた話では、私の故郷にいた人の中には、グレネードランチャーを生成できる人もいたそうですわ。だから、私にも拳銃くらいなら、なんとかなるんじゃないかと思ったんですの。ただ、私の故郷では、あまり武器を生成することに熱心な人はおりませんでしたから、それ以上の武器まで生成できる人がいたかは、わかりませんわ」


 泣き止んだベティが、言いにくそうに口を出した。

「……あの、私の中には、もっと強力な対人、対物の兵器を生成した創造クリエイションのイマジナリーズの記録があります。それらの兵器を一定数用意できれば、大きな都市を壊滅させることすら可能です。今までは、不要だと思っていたので、特に触れませんでしたが……」


 クリスが、ベティを慰めるように言う。

「そうね、あなたは、ベティとして目覚める前の記録も持っているんですもの、当然ですわね。気にしないで、ベティ。正しい判断ですわ。冷静でなかったころの私が、そんなお話を聞いていたら、何をしでかすかわかりませんでしたもの。私を守ってくれたのね。ありがとう、わたしのベティ」

 ベティが、涙声で答える。

「はい……、クリス」


 きっとベティは、ベティとして目覚めるずっと前から、こうやってクリスを支えてきたんだ。そして二人で力を合わせて、一族が滅亡まで追いやられた絶望の淵から、ここまでやってきたんだ。あたしは、この二人の尊い絆を守ってやらなければと、改めて思った。



to be continued...

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