クリスティーナの過去話

「襲撃されたって?!」

 あたしは、驚いて少し大きな声を出してしまった。クリスたちの一族が暮らしていた集落を、突然襲った一団があったというのだ。あたしには、とても信じがたい話ではあったが、それは誰よりクリス自身がそう思っているだろうと思うと、とてもそれを口にすることはできなかった。クリスが話を続ける。


「私はまだ15歳でしたわ。私たちが暮らしていたのは、どの航宙図にも載っていないような、外れ銀河の端っこの星。あの日までは同星系内の星からすら、人が来ることはありませんでしたわ。父から聞いていた話では、私たちの能力を恐れた人たちから身を隠す必要があるから、不自由かも知れないけれど、私たちは、この辺境の星で暮らす必要があるということでしたわ。それでもあの日までは、私たちは不満など感じず、幸せに暮らしておりましたの」


 クリスの話したことには、あたしが故郷の谷で聞いていた話にも通じるところがあった。私たちは恐れられている、私たちは身を隠す必要がある、不自由かも知れないが……。うんざりするほど、聞かされていたことだ。で、あたしはその不自由がいやで、飛び出してきちまったってわけだ。


 クリスは続ける。

「私は、故郷の集落での生活に、不満を感じたことなどありませんでしたわ。知的で、高潔で、気持ちの良い人たち……。ジョアン、あなたの故郷では、一部の人しか能力が使えなかったというお話がありましたが、私の集落の人たちは、数百人ほぼ全ての人が能力を使えましたわ。しかし……」


 どうもクリスの集落の人たちは、あたしの故郷の渓谷より、ずっと人口が少なかったようだ。その代わりと言っては何だが、ほぼ全ての人が能力が使えていたって? とんでもないことだ。能力を使えていた人の数は、あたしの故郷の谷の人たちどころではない。クリスの集落の人たちがその気になれば、星の一つや二つくらい簡単に制圧できたのではないか。その集落の人々を襲撃したっていうのか……、普通なら、そんな無謀なことは思いつきもしないことだ。しかし……。


「襲撃されたとき、集落の人々全てが、ほぼ能力を使えなかったのですわ。私は、いち早く状況に気付いた両親に地下深くの部屋にかくまわれ、生き延びることができましたの……。私の両親は、集落の指導者のような立場の人たちでしたから、何かわかることがあったのかも知れませんわね。そして、襲撃してきた人たちがいなくなってから、集落の人たちが密かに建造していた、このジャンヌ・ダルク号で、私は故郷の星を脱出し、生き延びることができたのですわ」


 創造クリエイションのイマジナリーズのことについては、父親から聞いたことがあった。自然と共に生きる、あたしたち変化チェンジのイマジナリーズとは異なり、金属や石材などの組成や性質に通じていた彼らは、科学技術を発展させていたと。クリスも、子供の頃から科学技術について高度な教育を受けていたのだろう。それにしても、イマジナリーズたちの能力が使えなかったということは、とても考えにくいことではあるが、まさか……。


「忘れもしませんわ、あの時、集落への襲撃を先導していた男……、漆黒の瞳と髪を持ったあの男は、支配ドミネイトのイマジナリーズ……。その男が、集落の人たちのイマジナリーズ能力を阻害していたのですわ」


 そうだ、そうでもないと辻褄があわない。それが今から何年前なのかは、はっきりわからないが、その時にIアイ-ジャマーが実用化されていたとは考えにくい。残る可能性は、支配ドミネイトのイマジナリーズ能力による想像力イマジネーションの阻害だ。ただ、わからないのは目的だ。イマジナリーズたちが銀河系を支配していた頃、イマジナリーズたちは、その能力を結束していたという。それが、なぜ……?


「なぜ、支配ドミネイトのイマジナリーズが、私たち創造クリエイションのイマジナリーズの集落を襲ったのか、理由や目的はわかりませんわ……。けれど、故郷の星を脱出してからの五年間というもの、あの日のことを忘れたことは、ただの一日だってありませんでしたわ」

 クリスの瞳に、言いようのない、暗い炎のようなものが灯ったように見えた。


「クリスは、ずっとそいつを追っているのかい? 」

 あたしは、クリスの気持ちを思いながら、やっと言った。今回の仕事の目的を確かめたい気持ちもあったが、クリスの気持ちを少しでも静めてやれないかと思ったのだ。クリスは、少し雰囲気を柔らかくして答えた。


「ずっとというわけではありませんわ。十五の小娘が食べていくのは、大変でしたもの……。トレジャー・ハンターとして身を立てながら、このジャンヌ・ダルク号のメインコンピュータプログラムを改修、自立自由思考型AIとして構築しなおすのに三、四年はかかりました。実のところ、ベティが目を覚ましてから、まだ二年も経っていないのですわ」


 あたしは、努めて明るく言った。

「食っていくのが大変って話、わかるね! あたしが故郷の谷を飛び出したのも、クリスと同じ十五歳の時だったからね。駆け出しのころなんかは、そりゃあ、必死だったよ。食料が買えなくてきっぱら抱えるなんてこともざらだったね。そりゃそうと、ベティって意外に若いんだね。大人っぽい雰囲気だから、あたしよりずっと年上なのかと思ったよ」


 ベティが、明るい声で答える。

「そうなのです。まだ若輩者ですが、よろしくお願いしますね、ジョアン姉さま!」

 多分、ベティもクリスを気遣っているのだ。細かい配慮のできる優しいだと、あたしは思った。


「姉さまはやめてくれよ、さすがにくすぐったいね」

 あたしも調子を合わせて言った。クリスが口を挟む。

「ジョアン? 言っておきますけれど、スーパーコンピュータの処理能力を軽く見ない方がよいですわ。体感時間を考えれば、ベティの感じる一日は、私たちの感じる一年を上回りますわよ。年上どころではありませんわ」


 クリスの様子が、大分いつもの感じに戻った。あたしは、ほっとしながら、ベティの体感時間というものについて考えていた。あたしの感じる一分は、彼女の感じる数時間にもなるということか。つまり、彼女の一日、二十四時間は、とてつもなく長いということだ。あたしは、彼女の感じる孤独感と言うものについて想像してみたが、ちょっと想像してみただけで震えあがってしまった。彼女が友達を欲しがったのは、そのとてつもない孤独感からくるものだったのだ。そしてもちろん、このことをクリスもわかっている。あたしをベティに紹介したがったのは、こういう理由だったということか。あたしは、堪らなくなった。


「あたしにできることなら、なんでも協力させてもらうよ」

 あたしは、涙をこらえて、やっとそれだけ言った。



to be continued...

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