依頼の話
「……私が言うのも、なんですけれど」
乾杯の後、ソファに腰を掛けて一息ついてから、クリスが言い出した。
「ジョアン? あなた、ろくに内容も聞かずに依頼を受けてしまっているように見えますわ、構いませんの?」
そう言いながら、クリスはにやにやしていた。ちぇ、わかってるくせに。あたしは、クリスの隣に腰を掛けてから、それに答えた。
「あたしのことを調べて探してたんなら、わかってるんだろ? あたしは、依頼の話を聞いて断ったことは、一度もないよ。もっとも、話を聞く前に断っちまうことは、よくあるけどね」
クリスは、自分のグラスに酒を注いでから言った。
「そう、あなたが依頼を受けるのは、お話を聞いた時だけ。逆を言えば、一旦お話を聞いてもらえさえすれば、依頼を断られることはない。事実として知ってはいても、理由までは知りませんの。理由を聞いても?」
あたしは、ふふ、と笑って自分のグラスに酒を注いでから言った。
「悪い話を持ってくる奴ってのが、あたしにはわかるんだ。なんていうのかな、そいつの持っている空気感みたいなものがあるのさ、匂いと言ってもいい。クリスからは、悪い匂いがしなかった、それだけだよ」
今となっては、ベティについても言えることだ。二人からは、悪い匂いがしないというより、いい匂いがするとあたしは感じている。クリスは、ふふ、と笑い返してから言った。
「誉め言葉としていただいておきますわ。そんなことを言って、後でやっぱりやめた、なんていうのは、なしですわよ」
あたしは、にやっと笑って肩をすくめた。まあ、そん時ゃそん時って話ではあるが、あたしはもう、この二人が危機に陥るようなことがあれば助けてやりたいという気持ちになっている。クリスかベティがあたしのことを嫌いになるか、依頼内容とやらを諦めない限り、あたしはこの二人のそばを離れることはないだろう。
あたしは、まず一番聞きたかったことを聞いた。
「色々聞きたいことはあるけど、まずは依頼の話だね。もう一人のイマジナリーズっていうのは、本当なのかい? そいつは今、どこにいるんだ?」
クリスは、にやにや笑いを引っ込めて話し出した。
「もちろん本当、と言いたいところですけど、今のところ情報の精度は7割ってところですわ。ただ、充分な準備をした上でも情報の真偽を確認することすら厄介なお話ですの。ベティ、ジョアンに説明してあげて」
ベティがクリスの言葉を受けて話し出した。ちょっとウキウキしたような口調だ。女三人で仕事をするのが嬉しいらしい。
「はい、それでは、ご説明しますね。そのイマジナリーズがいると思われるのは、ディマジラ星系で最も繫栄している惑星、フェルディナです。ディマジラ星系内外で大きな権勢を誇るラスタマラ家の業務回線で、『イマジナリーズを確保した』と話されている通信データを見つけたのです」
ラスタマラ家って、他の星系にも名前が聞こえてくる大富豪じゃないか。そんな権力者の業務回線って言ったら、セキュリティは鉄壁を誇るもののはずだ。かなり凄腕のハッカーでもセキュリティを突破することはできないだろう。
私は驚いて聞いた。
「凄いことをさらっと言うね。見つけたって……、ベティが?」
「はい! 私、そういうの得意なんです」
ベティが、文字通り得意そうに言う。どうも褒めて欲しいらしい。うーん、ベティってかわいいなぁ。
「凄いね、ベティ。あたしは、随分頼もしい奴の仲間になったんだね」
あたしは、ベティが自分の仕事に見合った誇りを持てるように気をつけて言った。ベティがウキウキした調子で言う。
「うふふふ、それほどでも! 私、ジョアンのお役に立てると思うと嬉しいんです。是非、ご期待くださいね!」
あたしは、男だったらベティに惚れちまいそうだな、と思いながら言った。
「ありがとう、あたしもベティと仕事ができると思うと嬉しいよ。ところで、情報の精度が七割っていうのは、どういうことだい? それと今、そのイマジナリーズはどうしてるんだ?」
ベティは、真面目な口調に戻って言った。
「そのイマジナリーズは、ラスタマラ家の分家である、テリエス家の別邸内に監禁されているらしいのですが、能力など、そのイマジナリーズ個人についての情報が、それ以上出てこないのです。どうもそのイマジナリーズを捕まえてラスタマラ家に持ち込んだのは、あるビースト・ハンターらしいのですが、一番問題なのは……」
あたしは、ベティの言葉を続けて言った。
「どうやって捕まえたか、か……」
わたしは、少し事情が分かってきた。権力者たちがイマジナリーズを確保したがっているのは、今に始まったことではない。しかし、
「どんなに優秀なビースト・ハンターでも、相手がイマジナリーズとなれば、猛獣みたいなわけにはいかない。実際にイマジナリーズに有効な
クリスが話に入ってきた。
「状況がわかっていただけたようで、何よりですわ。もし、
あたしは、クリスの言葉の後を続けた。
「相手に気付かれずに行動できるのであれば、話は大きく変わってくる……、"風"になれるあたしの出番ってわけだね」
おずおずと、ベティが話しだす。
「そうなんです。クリスと私だけでは、リスクの高い作戦しか立案できなかったのです。でも、ジョアンが加わってくれたお陰で、作戦の幅は大きく広がりました。ただ……」
ベティの言いたいことがわかって、あたしは話を繋げて言った。
「そうだね、多分、あたしの負うリスクが一番高くなるだろう。でも気にしないでくれよ、そういうのが、あたしの性に合ってるんだ」
あたしの能力は、敵地への潜入やチームの斥候なんかに向いてる。リスクが高くなるのは避けようがない。クリスがそれに答えるように言う。
「そのリスクをできるだけ低く抑えるために、念入りに作戦を立てたいところなのですが、そのために確かめておかなければいけないことがありますの」
あたしは、こくんと頷いて答える。
「わかってるさ、お互いの能力のことだろ?」
クリスも頷き返して言う。
「そう、あなたに、会ったばかりのあたしたち女二人と秘密を共有してもらうことが、どうしても必要なのですわ。でもジョアン? これは強制ではありませんのよ。仕事の内容に必要な部分で、話せるところだけ話してくださればよいのですわ」
チームの連携には、お互いに何ができて、何ができないか、可能な限り把握しておくことが必要だ。しかし、自分の能力について話すということは、そのイマジナリーズにとってのリスクになるというのも事実ではある。
「なんだよ、面倒なことをいうじゃないか。別に構わないよ、話せるだけ話す……」
あたしが話し終わる前に、クリスが片手を挙げてあたしを遮ってから言った。
「待って、お気持ちはありがたいですけれど、私が先に話しますわ。まずは、こちらが誠意を見せるべきでしょうから……」
クリスが、改めてグラスに酒を注ぎなおしながら話し出した。
「私の能力は、
話しながら、クリスが
「鉄、クロム、ニッケル、モリブデン……、ステンレスの組成、形状は……スプーン」
クリスの
「便利なものだね。もしかして、このグラスもクリスが作ったのかい?」
あたしも自分のグラスに酒を注ぎながら聞いた。
クリスが苦笑しながら答える。
「いいえ、それがこの能力のもう一つの制限ですわ。私が生成したものは、小一時間もすると、塵になって消えてしまいますの。私が作り出せるものは、結局のところ、自然が長い時間をかけて作り出した本物の物質とは違って、一時の幻のようなものなのかもしれませんわね」
あたしは、クリスの自嘲気味なセリフに同調しないで言った。
「あたしには、それでも充分、奇跡のようなものに思えるけどね。それで、どんな素材のものを生成できるんだい?」
今までに見せてもらったものは、チタンとステンレス、どちらも金属だ。
クリスが答える。
「基本的には、非生物であれば大抵のものは作れますわ。金属、ガラス、石材、プラスチック……。生物系は組成等の構造が複雑過ぎて無理ですわね。非生物であれば、ステンレスのように複数の素材を合わせたものでもなんとかなりますわ。そして、素材については限られていますけれど、形状についてはかなり自由が利きますわ。私の能力については、そんなところですわね。その他にも細々したところはありますけれど、それは、またその都度お話するようにしますわ」
あたしは、頷いてから言った。
「わかった。じゃあ、今度はあたしの番だね。知っての通り、あたしは、あたし自身を"風"に
クリスが、フッと笑ってから言う。
「それこそ、奇跡のような能力ですわ……。差し支えなければ教えて欲しいのですけれど、"風"になっていられる時間と、"風"以外の現象になれるか、なれるのなら、何になれるのか、答えられる範囲で……」
あたしは、肩をすくめてから言った。
「言ったろ、あんたたちからは、悪い匂いがしない。あたしは、あんたらを信用してるんだ。……ああ、どのくらいの時間、"風"になっていられるかと、"風"以外になれるか、だったね。どのくらいの時間かについては、よくわからないが、多分、小一時間くらいだと思う。今まで、そんなに長い時間、"風"になっている必要がなかったから、正直なところ、はっきりわからないんだ」
ベティが口を挟む。
「ええと、ジョアン? もし、お嫌でなければ、目的地の星系に着くまでに、どのくらいの時間、"風"になっていられるか、確かめてもらっておいた方がよいかもしれません」
クリスが、ため息をついてベティの言葉を補足する。
「そうですわね……。私に言わせれば、そんな大事なこと、よく今まで確かめないでいられたものだと思いますわ。ジョアン、もう一つについては?」
あたしは、フン、と鼻を鳴らしてから言葉を続けた。
「了解、確かめておくようにするよ。で、"風"以外になれるかについては、ノーだ。説明しないとわからないかもしれないが、あたしらの一族は、生まれた頃から一年中風が吹いているような渓谷で、四六時中、風を感じながら生活するんだ。それで、自分が”風”の一部だって思えるようになったとき、初めて
あたしは、ふと故郷の渓谷にいる、あたしの母親のことを思い出した。あたしは、母さんが”風”になるところを見たことがなかったが、"風"になれないとも聞いたことがなかった。ただ、あたしが浮かれた顔で母さんに"風"に変わることができるようになったと伝えたとき、母さんは思いつめたような、少し悲しい顔をしたんだ。あの表情の意味を、あたしは未だに理解できていない。
「ジョアン? どうかしましたの?」
少し考え込んだあたしに、クリスが声をかけた。あたしは答えて言った。
「ごめんよ、ちょっと故郷の母親のことを思い出しちまったもんでさ。クリスのお母さんは、今どうしてるんだい? 故郷にいるんだろ? 元気にしてるのかい?」
知り合ったばかりの人間を相手に故郷について聞くっていうのは、やめといた方が無難なものだ。あたしは、そのあとクリスが言った言葉を聞いて、それを改めて思い知らされることになる。
「私の両親は、もうこの世におりませんわ……」
to be continued...
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