ベティとジャンヌ・ダルク号
あたしたちは、場所を移すことにした。勿論、二人が注文した酒瓶ごと、だ。酒場のように、周囲に人の多いところではできない話をしたかったのだ。
クリスは、かなり強い酒を注文していたはずだが、全く酩酊した様子はなかった。かなり酒には強いようだ。あたしは、是非ともこの美人と飲み比べをしてみたいと思った。まあ、そのうちにね。飲み比べの前に、色々聞きたいことがある。頭は、はっきりさせておいた方がいい。
店を出たクリスは、随分でかい装甲車のような車に近づいて言った。
「私の
「そこに、長年乗ってるバイクが止めてあるよ。行先は、宇宙港かい?」
あたしは、クリスの車にバイクでついていくつもりで答えた。
「ちょっと待って」
あたしを制止して、クリスが装甲車の方に向かって話しかけた。
「ベティ? このバイク、牽引できます?」
「ええ、問題ないです。ミス・クリスティーナ」
セクシーな、ややハスキー気味の女の声が返ってきた。クリスが文句を言う。
「あら、なぜそんな他人行儀な呼び方をするんですの?」
「だって、お客様がいらっしゃるようでしたから……、お連れの方、お手数ですが、バイクを車の後方まで移動していただけますか?」
「もちろん、いいさ。このバイクは、長年乗ってきた大事な相棒なんだ、丁寧に頼むよ」
あたしは、バイクを装甲車の後方まで移動させながら答えた。
「承知しました……。ふふ、乗り物を大事にされる方には、よいことがありますよ」
その答えと同時に、装甲車の後部部分が開き、大きなアームが伸びてきて、素早く、かつ優しく、あたしのバイクを固定した。こんなに無駄なく、かつ丁寧にマニピュレータを扱えるのは、かなり腕のいい技術者だ。あたしは、関心して言った。
「やるね、あんた、相当な腕前だ」
「恐れ入ります、ミス……」
女の声が言いかけたので、あたしは答えた。
「ジョアンだ、よろしく」
「ミス・ジョアン? 私は、ベティです。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
腕がいいだけでなく、人柄もいいようだ。こういう女はモテるぜ、多分だけど。
「さあさあ、ご挨拶は、車の中でしましょう。ジョアン? 乗ってくださいな」
クリスが言った。あたしを早くベティに紹介したいという感じだった。あたしは車の後部座席に座った。クリスの方は、前部座席に乗り込んでから言った。
「ベティ?
「了解、クリス、出発します。ところで、ミス・ジョアンを私に紹介してくださるんでしょう?」
ベティと呼ばれた女の声が答えた……が、どこにもその姿はない。あたしが不思議に思っていると、クリスが答える。
「もちろんですわ。ジョアン? 彼女は、自立自由思考形AIのベティですわ。この車も、私の
クリスの言葉に答えるように、ベティが言った。
「改めてご挨拶いたしますね。初めまして、ミス・ジョアン。ご紹介にあずかりました、ベティです。クリスは、私の母であり、得難い友人でもあるんです。クリスともども、よろしくお願いしますね」
あたしは、ベティをAIだと思うことをやめた。そうするべきだと思ったんだ。驚いたことを悟られないように気を付けつつ、ベティに、生きている人間に対するのと同じように言った。
「こちらこそ、よろしく頼むよ。あたしのことは、是非、敬称なしで呼んで欲しいね。あんたとは、これから大いに仲良くやっていきたいし……、友達付き合いってことでいいかい?」
ベティは感極まったように言った。
「クリス? 私、泣いてもいいかしら……。クリス以外にお友達ができるなんて、夢みたい」
クリスは、くすくす笑って言った。
「泣きたいだけ、お泣きなさいな。ところでベティ?
ベティは、鼻を啜りながら(!)言った。
「ぐずっ、はい。水と食料、燃料の積み込み、船体のメンテナンス、全て完了しています。それと、少しですが、お酒も手配しておきましたよ。いつでも出られる状態です、クリス」
満足したように、クリスが答える。
「ベティのお気遣いには、いつも感謝していますわ。それとこの人は、これから私たちの相棒になってもらう予定の人ですから、そのつもりでお願いね」
「わお! なんて素敵なお話! ジョアンとも一緒に旅ができるのね!」
ベティが、浮かれたような声で言った。
そうこうしているうちに、あたしらを乗せた車は、宇宙港についた。そのまま、クリスの
「後部ハッチを開けます、ぐずっ」
ベティが言った。まだ少し涙ぐんでいるようだ……。あたしはすこしくすぐったかったが、ベティにこんなに喜んでもらえて嬉しかった。
車は、
「クリス、すぐに出発するなら、もう格納庫内は気密状態にしてしまいますよ」
ようやく泣き止んだらしいベティが言った。
「ええ、お願い。ジョアン? エアロックはこちらですわ」
クリスに案内されて、あたしはエアロックと通路を抜け、居住スペースのうちの一つの部屋へ入った。どうもリビングスペースのようだ。結構広くて、奥にはキッチンも見えた。クリスが、キッチンからグラスを二つ持ってくる。
「ようこそ、ジャンヌ・ダルク号へ! ジョアン。どうぞ、くつろいでくださいね」
ベティの声がした。クリスが説明する。
「ベティは、私のいるところへ一緒についてきてくれるようにしているんですわ」
つまり、クリスが車に乗る時には車に、
「えーと、これから、あたしとクリスが別れて乗り物に乗るときは、どういう感じになるのかな」
あたしは、少し不安になって言った。クリスがいないときに、ベティのいない
クスクス笑って、ベティが答える。
「うふふふ、どうぞご安心くださいな、ジョアン。私は、同時に複数の場所に存在できるんです。クリスとジョアンを同時にサポートすることもできますよ」
あたしは、ほっと息をついた。ほっとしたら、また一杯やりたくなってきた。
そんなあたしの気持ちを察したのか、単に自分が飲みたくなったのかは、わからないが、テーブルにグラスを二つと、酒場から持ってきたボトルを二つ並べて、クリスが言った。
「色々話さなければいけないことはありますけれど、まずは乾杯しませんこと? これからの、女三人の旅路に」
あたしは、自分のボトルからクリスと自分のグラスに酒を注ぎ、自分のグラスを掲げて言った。
「女三人の旅路に!」
ベティは、感激したように涙声で続けた。
「女三人の旅路に!!」
クリスとあたしは、同時にグラスを空けた。久しぶりに感じる、いい気分だった。
to be continued...
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