1章 - イマジナリーズたち
旅の始まり
旅の始まりは、いつも酒場からだ。違う? あ、そう。
あたしはジョアン。辺境惑星の、とある少数民族の生き残りさ。
あたしら一族は、一生を一族の縄張りである渓谷で過ごすのが普通だが、あたしは十五歳の時、故郷の渓谷を飛び出してトレジャー・ハンターとしての生活を始めた。
十五歳の小娘が一人で生きていくことは大変だった。食べるものが買えずに空きっ腹を抱えるなんてことはしょっちゅうだったが、あたしら一族の中には、ある特殊な能力を持つ者がおり、その一人だったあたしはその能力を使ってなんとか食いつなぎ、いつしかいっぱしのトレジャー・ハンターになることができた。
今は、依頼されたお宝の納品を終えて、この惑星の首都近くの酒場で一杯やってるところだよ。
酒は好きだ。強い奴がいいね。谷にいた頃は、あんまり飲む機会がなかったんだ。まあ、あたしがまだ子供だったからってこともあったけど、谷ではあまり酒作りが盛んじゃなかったからね。
あたしが、一人で久しぶりの酒をゆっくり、気分良く味わっていたところ、妙な奴が絡んできた。
「よお、お姉ちゃん、一緒に飲まないか? 一人で飲む酒ってのは味気ねぇだろう」
あたしは、声の主の方へちらりと目をやった。体格のいい、そこそこ顔立ちの整った男が一人、体格にも、顔立ちにも恵まれていない男が一人の二人組だった。
「あたしは、男嫌いでね。放っておいてくれないか」
あたしは、まんざら嘘でもないことを言った。実際のところ、別に男好きでも男嫌いでもなかったが、こういう酒場で一人で飲んでいると、よくこういう奴らから絡まれたりするので、正直、うんざりしていたのだ。いい女ってのは辛いよね。
「まあ、待て。このお方はな、この惑星随一の有力者、ドン・スキニー様のご子息なのだ!」
体格のいい男にそう言われて、得意そうになったもう一人の男が、前に出てきて言った。
「お前、結構俺様好みなんだよな。言うこと聞くなら、俺の女にしてやってもいいぞ」
おっとっと、大した自信だ。確かに、こういう自信が必要な時もあるだろう。但し、酒場で初めて会った女を相手にするときには無用なものだ。少なくとも、大抵の場合は。あたしは、こういう時の決まり文句を口にした。
「あっちへ行け、クズ野郎」
すると、こういう時のお決まりの展開なのだが、体格のいい男の方が、あたしの肩を掴もうとしながら言った。
「あんまり調子に乗らない方が……」
残念ながら、その男は、あたしの肩を掴むことができなかった。その男が掴んだのは、"風"だった。
いや、その"風"すら、掴めていなかった。掴もうとする瞬間、男の体はその場で一回転してひっくり返った。あたしは、そのまま酒の入ったグラスに口をつけていた。
「今、何が起こったんだ……」
体格のいい男の方が、不思議そうな顔をして、もう一度あたしの肩を掴もうとした。そして、またその場で一回転してひっくり返ることになった。
「???」
起こったことが理解できず、体格のいい方の男の顔が恐怖に歪んだ。
そして、さらに3回ひっくり返った後、その男はドン・スキニー様のご子息に連れられて、酒場を出て行った。
あたしは、静かに飲めるようになったので、リラックスして酒瓶に手を伸ばした。
「やっと見つけましたわ」
酒瓶の向こうに、今まで見たこともないような美人が立っていた。先程、マズい顔の男を見たばかりだったので、その美しい顔立ちは、一層引き立って見えた。旅慣れたような服装、装備品……、この女もトレジャー・ハンターか?
「ここ、よろしいかしら」
その美人は、にっこり笑ってあたしとの同席を求めてきたが、あたしは迷った。男好きでも男嫌いでもないが、同じように女好きでも女嫌いでもなかったからだ。
「あたしは、一人でゆっくり飲みたい気分なんだけどね」
その美人が話のわかる奴であることを祈りつつ、あたしは言った。すると、その美人は、あたしの耳元に顔を近づけて、小声で言った。
「あなた、イマジナリーズですわね。体を風に変化させる、
あたしは、先ほどのクソ野郎とのやり取りで、能力を使っちまったことを後悔した。それでも、ほんの一瞬ずつしか、能力は使わなかった。余程注意して見ていなければ、あたしの体が"風"に変わった瞬間を見ることはできなかったはずだ。まして、イマジナリーズなんてものが目の前にいるなんて、大抵は思わないものだ。
「あんた何者だ。あたしに何か用か?」
あたしは、警戒しながら言った。この女の返答によっちゃ、ここからずらかった方がいい。飲みかけの酒瓶に未練はあるが……。あたしが、酒瓶に未練がましい視線を送っていると、その女はクスクス笑いながら言った。
「警戒しなくっても、大丈夫ですわ」
その女は、右手を体の影に隠しながら、小声で呟いた。
「チタンの組成、形状は……、ナイフ」
その女の手のひらで、何かがキラッと光った気がした。気が付くと、その手に小さなナイフが握られていた。さっきまでは、間違いなく何も持っていなかった。
「あんた……」
あたしは、その女の顔を改めて見て言いかけた。その女は、たった今作りだした純チタン製のナイフをテーブルの上に置いてから、小声で言った。
「そうですわ……、私は、
あたしは、生まれて初めて会った一族以外のイマジナリーズの女に言った。
「驚いたね……。ああ、座んなよ、あたしは……」
「ジョアン、存じておりますわ。探しておりましたの。私は、クリスティーナと申しますわ」
あたしの隣の席に座りながら、その女……、クリスティーナは言った。
「それで? ミス・クリスティーナ、何の用であたしを探してたんだい? 仕事の依頼か?」
あたしは、用心深く言った。あたしを探していたって、どこまで知ってるんだ……。
「随分警戒しますのね、まあ、よい事ですわ。何しろ私達には、敵が多い」
そうだ。イマジナリーズは、どこの惑星でも、大抵お尋ね者だ。何も悪いことはしていなくても、政府筋の人間にでも見つかってしまえば、特殊な能力を欲しがる権力者たちが群がってくるのだ。
クリスティーナと名乗ったその女は、グラスと、もう一つボトルを注文してから言った。
「私のことは、クリスでよいですわ。あなたの評判は色々伺っておりますもの。能力については、大体、あたりを付けていたのですわ。あなた、能力を使うときは、もう少し注意深くしておいた方がよいですわよ」
あたしは、故郷の谷にいたころ、母親に言われ続けていたことを思い出した。あんたはいっつも、どっか抜けてる、のだそうだ。
クリスが注文したボトルとグラスが来た。クリスはグラスに酒を注ぎ、一杯目をぐっと煽ってから話を続けた。いい飲みっぷりだ。あたしは少し、この女の印象がよくなった。いい飲みっぷりの奴に悪い奴はいない……気がする。
「それで、仕事の依頼のお話ですけれど……」
クリスは身を乗り出して話し出した。あたしは、つられて身を乗り出して聞いた。
「そうだ、お宝はなんだい?」
クリスは、酒が入ったせいか、少々勿体つけて言った。
「もう一人の、イマジナリーズですわ」
to be continued...
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