第2話 革命家と議長

 「あら、逃げるの」


 暑い日差しの中あったばかりだというのに、進くんは走って逃げていく。ああ...そうはさせない。私の愛しの玖道進。けれどついていこうと走っちゃ、すぐ汗だくになっちゃう。自分がそうなるのは嫌だ。夏だと言うのに冬用の制服を着ておいてなんだけど....。

 

 「服はこだわりたい。そう言うもんでしょ?」


 「....?他人の目は気にするものだ」


 いきなりそう言う私に驚きつつも、つまらなそうな顔で無銘は答えた。私からしたらそんな彼こそつまらない。


 「黒っていいの。なににも染まらない。だから好き。いい?黒は私なの。かっこいいでしょ」


 「汚れも集えば黒になるさ。お前のはそう言う色だ」


 「どんな鮮やかな色だって最後は黒。私のはそう言う色」


 それを聞き、彼はわざとらしく吹いて笑う。


 「嫌いだ、俺は。黒に変化はない。停滞の色だ。何も感じないし、何も感じることができない。死と言ってもいい。だが....そうだな。お前には似合いの色だよ」


 「なにがおかしいのかしら。取り敢えずやっぱり貴方はない。どいて」

 つまらないだけの男。否定者は、つまらない。私は歩を進める。進くんを捕まえなくちゃ。そして見せなくちゃ。堅く黒い地面を踏み進め、無銘の横を過ぎようとする。しかし彼は彼自身の身体で私の前で壁となる。


 「他人を染めようなだとと、烏滸がましい。雑魚は雑魚らしく帰るのがいい」


 「私にしか勝てない癖に、粋がって...。何色にもなってない奴に言われたくない。特に“否定してばかりの無銘さん”には」


 「.....」

 

 彼は何も言い返さずこちらを睨む。只、その鋭い眼で。威嚇か何かだろう。物理的な話じゃ彼に私が勝てよう筈がない。運動能力でも同様。

 そう考えていると彼は急に踵を返した。そして進くんの行った方へと歩き出して、一言呟く。


 「案外、遅かったな」


 私は人の気配に振り返る。

 学校の門から一つの人影がこっちへと来る。陽炎でぼやけていたそれはやがて心底嫌そうな表情をした男へと変わっていた。そんな彼はしかしどこかニヤついて気持ち悪い。常に余裕そうな顔をするのは彼の癖だ。明らかな三枚目。自分では何も出来ないくせに面倒ごとだけを拾ってくる厄病神。


 「いや〜。悪いねさと...」


 「無銘だ!二度と間違えるな太刀波!」


 「あっはい。無銘ね...ごめんごめん」


 無銘の名を危うく言いそうになって、振り返られることもなくキレられる太刀波。少しだけしょんぼりとしたが再び彼は笑って見せて、


 「久しぶり。陰謀の堕落」


 と言った。


 「ださい」


 とてもダサい。これを本気で言ってるのだから、こっちまで恥ずかしくなる。彼は顎に指を当てそうかなぁなんて呟きながら、まあいいやとこちらに向き直る。

 「お嬢さん?雑談どう?」


 「趣味の悪い男に価値はない。消えて___」


 目線をずらしどんどん離れていく無銘を見て、彼の役割が時間稼ぎでしかなかったことを実感する。分かってはいたけれど機会は逃げない。慎重に行けば私だっていつかは進くんに追いつく。重要なのは進むことだ。


 「_____前言撤回。貴方は最高。歩きながら話そ?」


 なんて私が言うも、聞いているのかこの男。スマホをいじっていてこちらを見ようともしない。と思えばぽちぽちし終えたのかスマホをポケットへとしまい込む。


 「ごめん。デートの予定を思い出した。帰るよ」


 彼は悪びれもせず、笑って心から見下してそう吐く。


 「じゃあ今のは彼女さんとお話?趣味悪い。よりにもよって貴方を選ぶなんて」


 「最高の女だよ。彼女は。君みたいにねちっこくないし、人を見下さないし、優しいし...。それに君より可愛いからね」


 惚気ならよそでやって欲しいものだ。溜め息を吐いてつくづくやな気持ちになる。太刀波と言う男はこれだから嫌いだ。掴みどころがなく、けれどいつも何かを馬鹿にしている。そのくせ理想は高そうだ。何を企んでいるのか一番分からない人間と言ってもいい。


 「.....?」


 そこで気付く。視界の端の違和感に。視線をそちらに移す。門から多くの人影。白白白。陽に照らされカッターシャツ目立ちに目立ち、ざわざわと入り乱れた大群は雪崩のよう。なんなのあれ。


 「友達百人なんて余裕。そう思わないかい?親友を作るのは難しいけど友達っての喋ればできていく。根暗には解せぬだろうけどさ」


 「何が言いたいの....」


 「顔怖いよ。竜胆君。美人が台無しだ。っともうこんな時間か帰るね」


 と言いつつ彼はいきなり私の手を握ってきた。異様に強く乱暴に。


 「帰りなよ。下衆!」


 「じゃあ協力してよ。友達たちがここに来るまで大人しくしているだけでいいからさ」


 「女の人肌に易々と触れるなんて....!」


 「そう言うのは中学で捨てたさ。じゃないと君たちの面倒なんて見れないし、自分を捨てないと他人なんて救えないよ?ほらっ僕たちって....凡人じゃないか」


 凡人だとかなんだとかどうでもいい。そんなことを聞いて私がどうなる?人を助ける暇なんて私にはないんだ....!

 手首が痛い。無理矢理引っ張っても動けないし、抜け出せそうにもない。殴るか?いやそれは私から言わせればナンセンスだ。周りがガヤガヤとし始めた時、彼は漸く手を離した。気付けば周りは発情した男達で完全に包囲されていて、皆がやらしい目線を私の身体の曲線美へと踊らせていた。最悪だ....こんなところで止まってる暇なんてないと言うのに....!


 「変なところは拘っているのに、自分を捨て切れてないね。手を掴まれた時点で変質者に手を掴まれたので助けてくださいって言えばまだ早くことを終わらせれたかもしれないのに。どのみち非効率だけど_____」


 私の横を通り過ぎ、後ろ向きに歩きながらそう言った。彼もまた進くんのところへと向かうようだ。これはいよいよ面倒になってきた。そんな考えをしていると太刀波は続けて言う。


 「分かるよ〜。難しいよね、助けってさ。皆簡単に言った方がいいとか言うけど、特に君みたいな根暗でプライドだけが高い人はさ、そんな一言がとても重いんだ。

 じゃあ今度こそ、さよなら」


 彼は陰気そうな集団の男たちに、笑いながら「友よ!」なんて言って人混みを抜けていった。

 私はもう何もかもが面倒くさくなっていて、一つづつしか物事を処理できない。人を想うことしかできない。思考を巡らせるしかない。そして誓うしかないのだ。


 「借りは返す....」


 そんなことをしていると突然人混みの中から一人がこちらへと近づいて来た。太り気味で不自然に笑った、いかにも冴えない感じだ。あと汗がすごい。

 「す、すみません....。一緒に食事でも...」

 「僕も!」「俺も!」「わたくしも...!」

 男達は謎に挙手をし始めた。みるみるその手は多くなり全員が手を挙げるまでそう時間はかからなかった。

 全く礼儀も何もない。来るなら一人で来いっての。

 はぁ...。

 「.....(さぁ、こいつら、どうやって片付けようかなぁ)」

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拗けた諸刃は嗤わない 忌みし竜胆のメメント・モリ 染田 正宗 @someda890

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