拗けた諸刃は嗤わない 忌みし竜胆のメメント・モリ

染田 正宗

第1話 求道者の初夏

 夏休み目前の放課後。教室一番後ろの片隅。そこで僕は窓から身を少し乗り出した。

 教室はざわめいていて、聞く話によると今外の正門にとんでもない美人がいるらしい。多数の男が群がる窓際。自分もそこへと来たのはそれを一眼見ようと言うわけである。自分には愛を誓った程の好きな人がいる。しかし見れるなら見ておきたい。こう言うざわついた雰囲気の時はライブ感を楽しむものだ。さあどれだ......と横に並ぶ男子生徒に習い視線を巡らせると明らかに他校の制服を着た.....。


 「女の....子」


 マジ.....か。


 彼女を目視して僕はよろめき、下がる。

 

 やばい.....やばいやばいやばい!


 「.....」


 二、三度大きく息をして落ち着きを取り戻す。そして次には一番後ろのドア側にある自分の席から鞄を回収し教室を後にした。


 別に喜んで驚いたのではない。慄いたのは美人がいたという事実からではない。僕は良く覚えている。あの女を。


 「堕落フォーリン...」


 _________残してある艶やかな黒い前髪。両側からかき集め、結ばれた後ろのテール。そして人を見下したような冷徹な黒目。照りつける太陽の中ではあり得ぬような喪服のような制服。それは黒色。.....黒黒黒。黒目黒髪は日本人なら大体そうであるが、彼女だけはそこに不吉さが宿っていて、僕の胸に嫌な予感が蘇ってしまう。


 正門の反対から出たところで、こんな状況なのに僕は季節を実感した。おでこから汗が垂れて顎を伝う。見てみれば道の先が揺らめいて、朧。その上でぼやけていたのは木の緑。そこから流れ落ちる陰に入る為に僕は走った。


 「はあ....はあ....」


 陰の中で足を止めて両膝に手を当てて、顔を歪ませながらアスファルトの地面を見つめる。黒い。

 暑さ以外でも汗は流れた。不安からくる嫌な汗だ。けれど、妙に冷静である。きっとこれは去年のいざこざで、少し自分の心に区切りがついたからだろう。もしあの出来事がなければ今頃僕は、もっとあわあわと情けなかったはずだ。


 「おい諸刃」

 「その名前で、呼ぶな.....」


 突然かけられた、堅くも若々しい男の声。それが足音と共に前から来る。

 諸刃....もっと言えば“拗けた諸刃ねじけたもろは”とは、僕に押し付けられた二つ名だ。その意味はどうしようもなく性根の曲がった、不器用な男と言った意味らしい。太刀波掻たちなみそうと言う男はすぐ人にこういう名前をつける、癖があり“自分も”それに巻き込まれてしまったのだ。


 「顔を上げろ」


 目の前でそいつは止まった。声の主の足を見つめる。

 聞き覚えのある声だ。だが太刀波ではない。高校ではおよそ友達というのをつくれなかった自分に語りかける人物は誰だろうか。と思いつつも、大体予想はついていた。


 僕はじろりと目線を奴に向けた。


 「怖いなそんな目で見るなよ。俺は敵じゃない」


 陸上部のようにしっかりとしつつ、線が細いシルエット。少し四角いが、爽やかで後ろに流れつつも数本垂れた前髪が特徴的な男。目つきは少し悪いが、むしろそれが彼の顔のよさに拍車をかけている。なんだか頼りになりそうなそいつ....。僕は、そいつも知っている。


 「堕落フォーリンの次は”無銘むめい“か....。なんだよ、革命家二人揃って....」


 「”革命“ぶりだな、拗けた諸刃。いや理想りそう求道者きゅうどうしゃだっけか」


 革命....そうだ革命だ。

 中学生の頃である。太刀波は人を集めた。それぞれ問題解決能力に秀でた人間を。そしてその集団は週に一回彼らを集め、雑談や困っている人達からの依頼を誰がこなすか話し合う。これを定期集会と呼ぶ。そしてこの定期集会は中学二年の後期にいきなり終わりを迎える。革命によって。


 無銘と堕落。定期集会のメンバーはそれぞれ二つ名が与えられている。自分は拗けた諸刃であるが、革命に参加した者達二名は、正門にいた女の陰謀の堕落、そして目の前にいる男の無銘の革命家だ。もっともこれは革命後の名前に過ぎないが....。


 「求道者でいい。お前はなんて呼べばいいんだっけ」


 「何故恥ずかしげもなくそんな台詞を言えるのかね。と言いつつ俺のことは無銘でいい。お前と違って、あいつから貰ったこの自由な名を気に入ってるんでな」


 「そういうやつだったなお前は」


 懐かしいのかなんなのか僕は少し笑っていた。彼とは高校からは離れてしまったものの小学から同じだ。仲が悪いわけでもなかったし、そこそこ喋れる。久しぶりのやりとりは存外悪くない。

 けど感傷に浸っている意味はない。


 「何のようだ」


 とっととここを切り抜けたい。コイツはいいがあの女に捕まるわけにはいかないのだ。アイツが絡めば、冗談抜きに僕の命が危うい。


 「その様子だと、もう見たようだな。フォーリンを」


 「ああ」


 「なら話が早い。警告に来た。暫く俺が構ってやっていたが役不足だったようだ。あいつは標的をお前へと修正した」


 「やっぱりか....。てかお前が構っていてあいつが暇になるのかよ....」


 それを聞いて無銘は「それは当然だ」と鼻を鳴らす。


 「俺は優秀ではないが、あいつへの特効ではある。勝てないゲームじゃ飽きるだろう?つまり、全部コテンパンにやり返してやってた訳だ。そしたらあいつはゲームを降りてしまってな」


 「十分お前は優秀さ。それはそれとして....役不足って感じじゃないだろ.....。どちらかというと役は過多であるし....ってどうした?」

 

 無銘は急に僕の背後へと、睨みを効かせ始めた。一体何を見ているのかと問う______。


 __________「面白そうな、話」


 心を掴まれそうな....透き通るその小さな笑い声にどきりとする。

 「へ?」

 僕の間抜けな声を聞いて無銘は少し俯いて、手を頭へと当てた。

 「悪い、お喋りが過ぎたみたいだな」


 ________振り返れば、正門にいたあの女。フォーリンと呼ばれたその女。


 「混ぜてくれる?私も」


 太刀波が匙を投げた定期集会メンバー最強の女帝。性格以外は完璧な悪女。

 震えた声で僕はそいつの名を呼ぶ。心底、嫌そうに。近づくなと。威嚇の意を以て。


 「浦井美うらいみ....竜胆りんどう....!」


 「嬉しい。本名で読んでくれるのね進くん」


 恋人に向けるような甘い声。普通なら甘美なその声も、僕には死神の鎌が首にかかったとしか思えなかった。

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