第23話 トモダチ作戦?
週末を跨いでの月曜日。ブルーマンデー症候群に苛まれながらも杉野さんのお弁当をモチベーションに登校した。
俺の教室での立場は依然として腫れ物扱い。解決を時間に委ねた俺はなるべく目立たないよう静かに教室に入った。のだが――
「お、よ、よう、石見! おはよう!」
「ほへっ!?」
出入り口ですれ違いざま、なぜか渋谷が挨拶をしてきた。
昼休みの一件以後、渋谷とは何度かニアミスがあった。だが渋谷はあたかも俺がいないかのごとく知らんぷりを決め込み、一瞥さえくれなかった。
それが、なぜ……?
「なんだよ、そんなに驚くなって。クラスメイトじゃん」
「そう……だな。じゃあ、おはよう?」
「おう! そんじゃな〜!」
明朗快活、意気揚々。ただでさえ整ったイケメンに朗らかなスマイルを向けられれば大抵の人間は彼を好きになるだろう。
だがあいにくと俺の記憶に刻まれた、彼の醜悪極まりない面貌と重なり不協和音を奏でた。
加えて、俺の35年の人生経験が「あの笑顔には気をつけろ」とけたたましい警告を発していた。
こちとら大企業を行脚してたサラリーマン。下請けから少しでも良い条件を引き出させたい良い人達を何人も見てきたから、理由もなく優しくされるとかえって警戒してしまう。
「おっはよー、滝人。どったの?」
「夏海さん。おはようございます。なんでもありませんよ」
後ろからやってきた夏海さんが入り口を塞ぐ俺に怪訝そうにする。が、渋谷とのことは伏せることにした。
「あ、そ。ねぇ、今日もお昼ご飯一緒に食べてもいい?」
「今日も、ですか? もちろんですが……」
夏海さん、今日も今日とて距離が近いな。放課後に一緒に遊んだ仲だし、名前呼びもする間だから自然っちゃ自然だけど、あんまり注目浴びる真似は遠慮してほしいな……。
そんなチキンムーブで周囲の様子を伺うが……。
「(…………フゴ)」
「(…………フガ)」
「(…………ブヒ)」
あれ、今日は静かだな。いつもなら男女問わず怨嗟や嫉妬が囁かれるが、それがない。多少の視線は感じるが、殊更俺を標的にしたり
これは一体どういう風の吹き回しか……。
*
放課後。
俺は美化委員会の仕事のため、杉野さんとジャージ姿で作業をしていた。
蘭陵高校の花壇の整備は美化委員の仕事で、例年四月に花を植えることになっている。
俺はペアになった杉野さんとジャージ姿で割り当てられた花壇にパンジーの苗を植えていた。
「――と、いうことがありまして」
「なるほどねぇ……」
杉野さんは親身に相談に乗ってくれたがその表情は冴えない。何か腹の中に抱えたような居心地の悪そうな顔をしている。
あたかも俺に不都合な事実を知っているかの如く。
「渋谷の態度やクラスメイトの雰囲気について、杉野さんは何か知りませんか?」
「えっと……そうだね……なんて言えばいいのかな……」
珍しく煮え切らない態度。俺はまんまるほっぺな横顔を見つめて答えを待った。やがて観念したように杉野さんは訥々と教えてくれた。
「滝人くんはクラスの事情に疎いから知らないだろうけど、渋谷くん、夏海ちゃんのことが好きなんだよ」
「え、そうなんですか!?」
ドキッと脅かされたみたいに心臓が跳ねる。
まったく気づかなかった。だが言われてみると渋谷のあの執着ぶりと狼狽ぶりに合点がいく。
「うん。女子の間では有名な噂だよ」
「夏海さんは気づいてるんでしょうか?」
「あはは、まさか! 夏海ちゃんは誰かさんにしか興味ないから。それに、高校生なんて子供にしか見えてないよ」
確かに。俺も感じたことだが、やはり同級生は会話の内容からしてお子様だ。口を開けば漫画やドラマ、部活の話題で持ちきり。年相応に悩みもあるらしいが、大人にしてみれば些末ごとで可愛らしい。通勤電車で会話を盗み聞きしてる気分にさせられる。
夏海さんが渋谷に見向きもしないのは、やはり彼女の心が成熟した大人だからという理由もある。
「それで、渋谷の恋と俺への態度の変化に何の関係が?」
「これは私の推測だけど、多分渋谷くんは滝人くんとお友達になりたいんだよ?」
「はーいー?」
不可解すぎて杉下警部みたいになっちゃった。
だって普通逆じゃないかな?
俺は渋谷の恋敵。だったら敵意を向け、なんなら排除に動くのではなかろうか。少なくとも、俺の知る渋谷ならやりかねない。
「夏海ちゃんは滝人くんしか眼中にない。だったら滝人くんの隣に立って夏海ちゃんに意識してもらいたいんじゃないかな?」
「それは同じリングに立つ、という意味ですか?」
「まぁ、その解釈で良いんじゃないかな」
俺の中で点と点が繋がっていく。
渋谷の柔らかい態度、クラスメイトに流れたどっちつかずな雰囲気。
渋谷は俺と対等に接することで友達の雰囲気を作り、夏海さんに意識してもらおうとしている。
その結果、クラスメイト達は見事に俺と渋谷のつながりを認識した。子ども達は誰と誰が仲が良いかに敏感だ。俺はクラスの端にいるぼっちだから話のネタにされることはあったが、クラスのツートップと仲良くなった今、下手に蔑ろにすると二人から不興をかう恐れがある。
かといってネタにし続けた手前、積極的に仲良くするのも躊躇われる。
おおよそ、そんなところだろう。
「それは……ますます腫れ物扱いでは?」
「……うん。滝人くん、完全にC組で不思議くん扱いだよ」
杉野さんはすごく、すっっごく申し訳なさそうに肯定した。
渋谷め、余計なことしやがって。お前が変に仲良さそうにするから俺はますますおかしな立場になっちゃったじゃんか。
というか良い人そうな顔して友達ムーブかましてるくせにどデカい下心抱えてるなんて、どこが友達だよ。
俺を貶したことを謝ったり、朝イチで挨拶してくれたことに絆されたが裏切られた気分だ。
まぁ、裏切りも何も仲間じゃないけどさ。最初から敵だけどさ。
「そう考えると、あいつが夏海さんのこと好きってのが腹立つな。なーに人のミラカノに粉かけてるんだか……」
ザクザク、っとスコップで花壇の土を滅多刺しにする。
「た、滝人くん、落ち着いて。夏海ちゃんが他所に行っても私がいるよ?」
「そういう問題じゃないんですよ」
あんなに可愛い夏海さんが腐れ外道の渋谷の毒牙にかかるんじゃないかと思うと気が気じゃない。
未来とか関係無しに、ただ彼女が不憫である。
何とかして渋谷を追っ払えないだろうか……。
俺の中にそんな邪な考えがモクモクと湧き立つ。
積年の恨みを募らせた渋谷に一泡吹かせてやりたい。
「いっそ、夏海さんと付き合ってあいつに失恋の苦しみを思い知らせてやろうか……」
中坊の頃から恋焦がれた女性が突然現れた――しかも自分より明らかに冴えない――男に掻っ攫われる。
絵に描いたような失恋ストーリー。しかも向こう一年間は俺と夏海さんのラブストーリーを鑑賞させられるオマケつき。
俺が舐めさせられた辛酸と比べればずっと軽いが、一泡吹かせるには丁度いい。
「くくく……渋谷ぁ。挫折が人生に付き物ってことを大人な俺様が教えてやるぜぇ……なんてね……」
バカバカしい。こんなことしたって渋谷への復讐にはならない。むしろ追い込まれるのは俺の方だ。一時の感情に任せて百億円の借金を抱える未来を選ぶなんて論外だ。
それに夏海さんの気持ちはどうなる?
焦がれる恋心を復讐の道具にされた夏海さんの気持ちは……。
純粋な彼女の気持ちを利用したら俺が外道になる。
そんなのごめんだ。
「まぁ、渋谷のことは適当に相手しますよ。元々ノリが合わないし、ほどほどにしてれば向こうが離れていくんじゃないですかね?」
振り返って杉野さんに作戦を打ち明けた。
結局時間が解決してくれるのを待つことにする。俺は大人の対応でこの問題を乗り切る作戦にしたのだが……。
「あれ、杉野さん?」
さっきまで隣にいたはずの杉野さんが消えていた。
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