第22話 リア充男子は気にしてる
「ふぅ……どうにかあの二人の戦いが終わったな」
トイレでの束の間の休息。ようやく勝負の緊張から解放されてほっと一息。
思いがけずガチンコ対決になり、しかも決着がつかなかったので一時はどうなことかとヒヤヒヤした。最後は『頑張ったで賞』でどうにか熱を冷ましたが、あの二人は水と油。少年漫画のように友達になるとはいかない。
今も龍と虎のごとく外で睨み合っているだろう。
学校で喧嘩はしないようもう一度釘を刺しておかないとな。
さて、そろそろ帰るか。俺は自転車だから家まで時間がかかる。あまり遅くなると母さんが心配するからな。
トイレからホールに出たその時だ。
「よ、よぉ、石見じゃんか」
横合いから俺を呼ぶ男の声。驚いて振り向くが、そこにあった顔にもっと驚かされた。
「し、渋谷……」
なんと声をかけてきたのはクラスメイトにしてトラウマの男、渋谷修だった。
その面貌を捉えた途端、俺は蛇に睨まれたカエルになった気分で息を止めた。
「そんなビビることないだろ」
「な、なんの用だ? どうしてここにいる?」
浅い呼吸を繰り返しながら後ずさる。油断すると顔や鳩尾に拳を喰らうんじゃないかと本能が激しく警告を出していた。
「べ、別に用なんてねぇよ。たまたま見かけたから声かけただけだ」
「たまたま?」
「おう。さっきまでクラスの奴らと遊んでたんだ」
渋谷は放課後の余暇を友達と過ごしていたのか。
このゲームセンターは北斉市では大規模な上に立地が良いので中高生やゲーム好きが集まりやすい。それなら納得の理由だ。
「そうか。そりゃ良かったな。それじゃあ」
「待てよ、石見! 少し話そうぜ」
踵を返す俺を慌てて引き留める渋谷。どこか焦った様子で害意は感じられないが関係ない。こいつと一対一の会話は生理的に無理だ。
「俺、そろそろ帰るんだけど。遅くなると親が心配するから」
「長い話じゃない。ただ、昼のこと謝りたい」
「昼?」
「ほら、お前のこと、貶すみたいに言っただろ。でも俺はそんなつもりないから」
何を言い出すんだ、急に?
黙々と記憶をたぐり寄せるとふとあることに思い至る。
『昼のこと』というのは俺を公然と「そんなやつ」と見下したふうに言ったことだろう。すっかり忘れていた。
「俺って昔から口悪くてさ。つい誤解されること言っちゃうんだ。だから許してほしくて」
渋谷は含みのある愛想笑いを浮かべながら謝罪した。言い訳を並べるところは感心しないが、俺から見るとかなり潔い謝罪で驚かされた。
「あっそ。別にいいよ。忘れてたくらいだし」
「本当か?」
本当だ。もっとも、彼を咎めないのは素直さに免じたからじゃない。
渋谷からは前世でもっと酷い仕打ちを受けた。今更「そんなやつ」呼ばわりされたところで痛くも痒くもない。
という嫌味が出そうになるがもちろん言わない。
この渋谷少年に嫌味を言ったって何にもならない。むしろ、この渋谷はきちんとお詫びができる素直な少年だ。
もっとも、これが本当の渋谷なのかは判然としない。もしかするとあの醜悪さを巧みに隠しているだけかもしれない。
俺は渋谷を前に疑心暗鬼になっていた。
「それじゃあ、俺はこの辺で」
「ま、待ってくれ、石見!」
用も済んだろうから今度こそお暇しようとするが、なおも渋谷は引き留める。
渋谷は見るからに焦っていた。何か言いたげだが言い出せない。落ち着きなく口をモゴモゴ、視線をウロウロさせていた。
しばらく待つと意を決したように切り出した。
「お、お前って夏海と仲良いの?」
「はぁ? どうして大島さんのこと聞くんだよ?」
夏海さんとの関係を詮索され、ムッとしてつい強い口調になった。
「いや……その……やけに仲良いなぁ、と思って……。今日もなんだかんだで一緒に昼飯食ってたんだろ?」
「ダメなのか?」
「だ、ダメじゃないけどさ……」
何が言いたいんだよ、お前。
「実は俺、中学の時に通ってた塾であいつと仲良かったんだよ。塾で喋ったり、悩みとか話したりしてさ。でも他に仲のいい男友達がいるなんて知らなかったから気になって……」
それは初耳だ。夏海さんと渋谷が旧知の仲とはな。
だからと言って他人に口出しされる筋合いはない。さて、何と答えたものかな……。
「滝人、遅い! って、修もいるし。何してるの?」
と、そこに戻りの遅い俺を心配した夏海さんと夕さんがやってきた。
合流した夏海さんは訝しげに渋谷を見つめ、渋谷はギョッと肩を震わせた。
「いや、その……。クレーンゲームがしたくて。ていうかお前も来てたんだな。知らなかった〜」
「あんた、一人で来たの?」
「お、おう」
「ふーん。その様子だと何も取れなかったみたいね」
クレーンゲーム? 一人? さっきは友達と来てたって言ってたじゃん。
しどろもどろな渋谷の説明はチグハグだ。しかも夏海さんが合流しても俺と遊んでたのかと尋ねる素振りもない。
なんだか怪しいな。
「まぁ、いいわ。私らそろそろ帰るから、また学校でね。二人とも、行きましょ」
「ま、待てよ! 俺も帰る。ってか家まで送ってく!」
「いや、ここから反対方向の電車なの知ってるっしょ?」
リズミカルでどこかコミカルなやり取りをしながら、二人は俺達を置いてゲーセンの出口へ向かっていった。
少しドライな夏海さんと追い縋る渋谷。前方を歩くあの二人は歳の離れたお姉さんと懐いてる少年といったふうに見える。
「滝人さん。彼と何を?」
「いえ、大した話は」
本当に大した話はしてない。してないはずなのに、俺の胸は妙にざわついていた。
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