第9話 カミングアウトと誘惑

「知らない天井だ……」


 俺の記憶にはない天井。周囲は白いカーテンに覆われ、消毒液の匂いがつんと鼻を突き刺した。

 ごわごわしたシーツのベッドはお世辞にも寝心地が良いとは言えない。

 どうやらここは病院らしい。理由は分からないが運び込まれたようだ。


「そういえば、公園で刺されたんだっけ?」


 それできっと救急搬送されたのだろう。

 ということは高校生にタイムリープしたのは夢だったのか。


「そりゃそうか……タイムリープなんて夢物語……あるわけない」


 荒唐無稽だが悪くない夢だった。

 崩壊する前の家庭、ピカピカの制服と初々しい少年少女、そして俺の恋人を名乗る美少女達。

 元通りになった世界の少し違う光景は戸惑いもあった。だが何かが始まる気がして胸が躍った。

 だが、そんなことがあるわけ――


「滝人くん、起きたの?」


「誰?」


 カーテンの隙間から顔を出したのは亜麻色の髪をした小柄な女の子。


「す、杉野さん……夢じゃなかったの?」


「私はここにいるよ、滝人くん」


 杉野さんはベッド脇の丸椅子に腰掛け、ほんわりした微笑みを浮かべた。


 夢じゃなかった。俺はまだ過去の世界にいる。


「ここはどこ?」


「保健室よ。滝人くん、校舎裏で倒れたの。覚えてる?」


「なんとなく。確か大島さんと神崎さんに触られて気分が……。そうだ、あの二人は?」


「そこにいるよ。二人とも、入っていいよ」


 杉野さんが呼ぶと外からおずおずと大島さんと神崎さんが入ってきた。


「滝人さん、大丈夫? いきなり倒れたから驚いたわ」


「もう平気です。心配かけちゃってごめんなさい」


 俺は平静を装うが、二人の顔を見て内心どきりとした。

 彼女達に触れられたせいで倒れたとあって無意識に警戒してしまった。


「滝人、急にどうしちゃったの? 女の子に触られて興奮し過ぎた、ってわけじゃないわよね?」


「絞技を極めたでもないのに倒れるなんて……。持病でもあるの?」


 当たらずも遠からず。


 本当は言いたくないが俺は理由を話すことにした。心配させてしまったのでキチンと話すのが筋だろう。


「実は俺、女性恐怖症でして……」


「「えっ?」」


 大島さんと神崎さんが声を漏らす。その横で杉野さんは痛ましげに黙していた。


 俺は女性恐怖症になった理由とその後の人生について大まかに話した。

 痴漢に間違われたこと、学校では犯罪者扱いされてイジメられたこと、一連の事件がトラウマになり女性恐怖症なこと。


「それ以来、女性に触れられるのも近づかれるのも無理なんです」


「ウソ……それで生活出来るの?」


「会社には自転車で通勤してますし、美容室では必ず男性美容師を指名してます。失神も滅多なことじゃしませんし。そんな感じで女性を避けてるのでなんとか」


「そんな生き方に慣れるなんて……よほど苦労してきたのでしょうね」


 神崎さんの同情がチクリと胸に刺さった。

 こういう時、何と返してよいのか俺には分からない。

 というか、殺し屋に「苦労したんですね」って同情されるってなんか複雑。


「もう慣れたので平気ですよ」


「そうかもだけど、私は困る!」


 と大島さんが爆発した。突然どうした?


「私は滝人と付き合ってイチャイチャするためにたくさん勉強して蘭陵高校に入学したんだよ!? それなのに女性恐怖症だなんて、計画が水の泡じゃない!」


「そんなこと言われましても!?」


「滝人のために育乳だってしてきたのよ!?」


「ほら!」と大島さんはブラウスの襟をご開帳。ハニーゴールドのブラに包まれた胸は高校生にしては豊か。手で寄せて見せつけてくるのでくっきり谷間が出来上がっている。


「ちょ、大島さん!?」「何してるんですか、あなたは!?」「大島ちゃん、はしたないよ!?」


 一同戸惑うが大島さんは構わず胸を見せつけてくれる。正直、眼福です。


「ほらほら〜、滝人の好きなおっぱいよ〜? 高校生だからまだ小さいけど、これからまだ大きくなること知ってるでしょ〜?」


 これで小さい? つまりまだ大きくなるってこと!? もちろんそんな記憶はないので想像に委ねるしかない。


「滝人は大きくて形のいいおっぱいが好きよね?」


「はぅ!?」


「うふふ、今日から滝人に育乳してもらおうかなぁ〜?」


「俺が!?」


 言わずもがなだがあえて言おう。つまり俺が大島さんのお胸を揉むということではないか!

 想像しただけで胸と股間が膨らみそうだ。


「その様子だと女は怖いけど嫌いなわけじゃないのよね?」


 図星を突かれて視線が泳ぐ。


 あたりだ。女性恐怖症だが人並みに女性に興味はある。恋愛も結婚もしたいし、大人のビデオを見て自家発電もする。


「決めたわ。私が滝人の恐怖症を治す。その見返りに滝人のカノジョにしてもらう!」

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