第7話 校舎裏のトリプルポイント(2)

「本当にあなた達は未来で俺と付き合ってたんですか?」


 使われてない花壇の縁に座った三人に向かって問う。


 詰め寄る三人をどうにか宥めて話し合いに持ち込んだが、俺は未だに混乱していた。


「三人とも落ち着いて聞いてほしいんですだが、俺も未来人です。今朝、目が覚めたら高校生に若返ってました」


「「「へぇ〜」」」


 リアクション薄!?


「そ、それで未来の俺にはカノジョはいません。だから三人のことも知りません」


「「「なんですってぇ!!?」」」


 そっちのリアクションはでかいなぁ!


「あぅー。滝人がYOASOBIのこと知ってたからきっとあなたも未来人なんだと思ったけど、これは誤算だったよ〜」


 頭を抱える大島さん。


 俺も謎が一つ解けた。YOASOBIを知っていたのは彼女もまた未来人だったからだった。だからストレートに未来人なことを打ち明けたのだろう。


「それで改めて三人に伺いますが、あなた達は本当に俺の恋人だったんですか?」


 未来の出来事なのに『だった』と過去形を使うのはいささか気持ちが悪いがこの際どうでもいい。

 俺に恋人がいたなんて信じられない。痴漢騒動で女性恐怖症な俺にこんなに美人のカノジョがいるなんて作り話じみている。狐に摘まれた気分とはまさにこのこと。


「そうよ、私は滝人のカノジョなの!」


 先陣を切ったのは大島さんだった。


「滝人は世界を股にかけ、二十代で富を築き上げた天才起業家なの! 巷では『秒で億を稼ぐ男』と呼ばれているわ!」


 んん?


「その後、事業に失敗して負債を抱えちゃったけど、少しずつ返して今は百億円くらいにまで減ったの」


 負債が百億!?


「もう少し負債が減ったら結婚しようって言ってくれてね、私はその時まで滝人のそばを決して離れないって決めたんだ。だって常にそばで支えるのがお嫁さんでしょ?」


 うっとり語る大島さんが純粋な人なのはよく分かった。


 でもそんなピュアさが霞んで吹っ飛ぶくらい衝撃要素があったぞ。


「起業家? 俺が?」


「そうよ」


「しかも負債が百億?」


「最初は三百億円あったわ」


「天文学的!?」


 どうやったら三百億も借金出来るんだよ!

 そして二百億返したのか!

 すげえな、未来の俺!!


「滝人はイノベーションを起こして世界をより良い場所にすることがライフワークなの。同じ未来に辿り着けるよう、今から私が支えるわ! それまでの高校生活を一緒に青春しましょ♡」


 起業家の俺……。格好いいしビリオネアで、こんなに可愛いカノジョがいてすごいけど、借金まみれは困る!


「そんな未来は認めないわ」


 ぽわぽわっとハートの蒸気を噴き出す大島さんに冷や水を浴びせたのは神崎さんだった。


「未来の滝人さんには人類を救う使命があるわ。小銭を稼いでる暇はないの」


 百億は小銭じゃありません……って人類を救う!?

 とんでもないスケールの話が出てきた!


「か、神崎さん? 俺の使命とは?」


「あなたはとある機関のスパイで、テロ組織が作った最終兵器の破壊が任務よ。それを破壊しないと……」


「破壊しないと、何が起こるんです?」


「第三次大戦よ」


「あ……ありえない……」


 第三次大戦なんて映画の話じゃないか。


 確かに現実には二〇〇八以降、引き金になりうる出来事はいくつもあったがその度に人類は回避してきた。

 その影にはニュースで語られない人々の活躍があったことだろう。

 そのキーマンが俺だというのか……?


「ちなみに、あなたもスパイなんですか?」


「いいえ、私は殺し屋よ」


「こわっ!?」


 ウソみたいな話だけど神崎さんの顔は真剣マジだ。


「二人とも、それは本当ですか? 信じられません。だって俺は一般人ですよ」


「でも、滝人は本当に起業家なんだよ?」


「いいえ、スパイです」


 そんな食い気味に被されても、本人が違うって言ってるんだから違うに決まってる。

 かといって嘘言ってるようには見えないんだよなぁ。


「そうだよ、二人とも。滝人くんにそんな重荷を背負わせるなんてあんまりだよ!」


 と杉野さんが割って入る。


「滝人くんは普通の男性です。私と同じアパートで平和な日々を送っていたんです!」


 ようやくまともな答えが出てきたぞ。


「杉野さんと同棲していたってところは全く身に覚えがないけど、それが一番俺っぽいです」


「そうよね!」


「ちなみに俺はどんな仕事についているんですか?」


「仕事はしてませんよ」


「……はい?」


 働いてない、とな?


「それじゃあ何をしてるんですか?」


「朝起きて、家でゲームしたり、漫画読んだりして一日を過ごして寝るの」


「それでどうやって暮らしてるんですか?」


「お金は私が稼いでいるので心配しないで」


「えっと……あぁ、専業主夫ですか? 俺が家事をしてるみたいな……」


「いいえ、掃除、洗濯、炊事、全部私の仕事です。滝人くんがのんびり出来るよう、私がやってあげてるんです」


「それっていわゆるヒモ――」


「滝人くんは充電中なの! 三十歳までに就職するって約束なの! 彼の悪口は許しません!」


 すごい剣幕!

 というか彼も何も本人ですけど!?


 うーん、ますます頭がこんがらがるぞ。

 起業家だのスパイだのヒモだの、見当違いも良いとこだ。

 俺は東京でこき使われる社畜だっての。


 だが未来から来た俺の恋人達は口々に違う俺のエピソードを語っている。


 それが意味するところはただ一つ……


「俺達は違う未来から来たのかもしれません」

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