第6話 校舎裏のトリプルポイント(1)

 入学式後のホームルームが終わり、放課になる。生徒は各々保護者と帰ることになるが俺には先約がある。


「部活見学することになったから先に帰ってて」


 両親と寧々にはそうウソをついて帰ってもらった。


 さて、これから杉野さんとの約束だ。校舎裏に行かないと。

 その杉野さんは女子生徒達に捕まって談笑中だ。俺と視線が合うと少し困ったように眉を動かした。どうやら抜けづらいらしい。


 仕方がないので俺は先に校舎裏に行くことにした。


 それにしても杉野さんは何者なんだろうか?

 出会ったとすれば高校以前。だとすれば二十年以上も前の話だ。

 ぴちぴちの十五歳な杉野さんには昨日のようなことでも、おじさんにとっては昔話だ。


「大変身した幼稚園のお友達とか?」


 十年の歳月があれば別人になってても不思議じゃない。俺の中で『杉野さん=幼馴染み』説が急速に浮上した。


 やってきた校舎裏は無人であった。敷地の北側で一日中日陰となるこの場所はジメジメしておりあまり人が寄り付かない。

 かつて居場所を失った俺は高校生活の後半の昼休みをここで一人寂しく過ごしたものだ。


「昔のまんまだな……」


 設備も植栽もない殺風景な空間。誰からも気にかけられず、誰からも忘れ去られた憩いの場。


 そんな場所に俺はまた一人きりで立っていた。


 思い出すと涙が出そうだ。


「杉野さん、すぐに来るかな?」


 懐かしのガラケーが示す時刻はちょうどお昼時。朝食はきちんと食べたものの、思春期男子の身体は何もしてなくても消耗が激しくお腹が空いてきた。


 ザッ――!


 グゥっとお腹がなるのと同時に響く砂利を踏み締める音。


 人の気配を感じて振り返る。


「あ、杉野さん。お友達はもういい……の?」


 てっきり杉野さんが到着したものだと思っていた。きっと彼女は「お待たせ」というだろうから「全然待ってないよ」というセリフを用意していた。

 しかしそこ立つ人の顔を見て息を呑む。


「ここにいたんだ、滝人!」


 俺の名を呼び、ニコッと南国の太陽を連想させる笑顔を惜しげもなく浮かべるのは……


「大島さん!?」


 クラスで一番可愛い女の子(確定)の大島夏海さんだった。


「どうしてここに?」


「それはこっちのセリフだよ。せっかく一緒に帰ろうと思ったのにすぐに教室からいなくなっちゃうから追いかけてきたんだよ?」


 大島さんはプリプリ怒ったかと思えば再び笑った。表情が豊かで何もしてなくても賑やかな人だ。


「ふふ、やっと会えたね」


「やっと?」


 どういう意味だ? まるで長い時間を耐えてきたみたいに……。


 陽キャなのに不思議ちゃん? わざわざ俺を助けてくれたり、YOASOBIを知っていたり……。


「そうだ、大島さんに聞きたいことがあるんだった」


「何かな? あ、彼氏いるかって? 大丈夫、いないよ! 私、滝人以外と付き合うつもりないから!」


「いや、そんなことを聞きたいんじゃ――って、俺がなんですって!?」


 衝撃発言が聞こえた気がする。


 こんな超絶美少女が俺と聞き間違いとしか思えない関係になりたいと言ったような?


「滝人と付き合いたくて、今日までんだよ」


 微笑みを絶やさず、しかして落ち着いた声で繰り返す。だが胸をざわつかせる言い回しが俺をひどく冷静にさせた。


「大島さん……あなたは一体……」


 今日まで生きてきたのではなく、戻ってきたあなたは、何者?


「滝人……信じられないかもだけど、落ち着いて聞いて。私は未来から来たあなたの恋人なの」


「未来……から?」


 荒唐無稽な発言。

 だが頭ごなしに否定できるはずがない。

 未来から来た俺が、否定できるはずがない。


「そう、正確には未来の記憶を持って子供の頃に戻ってきた。あなたと青春して、今度こそ結ばれるために」


「俺と結ばれる……」


「そう! だから滝人、私と付き合おうよ」


「つ、付き合う!? それっていわゆる男女交際?」


「うん、私を滝人のカノジョにして! 一緒に青春しよ!」


 これ以上ないほど真っ直ぐな告白。


 俺の心臓は真正面からハートの矢に射抜かれた。


 こんなにキラキラした笑顔のぴちぴちの女子高生から交際を申し込まれて平静でいられるはずがない。


 俺のどこが好きなのか?

 もしかするとイタズラなんじゃないか?

 本当に未来人なのか?


 頭の中で疑問符が際限なく浮かび上がる。


 そもそも俺の未来の恋人というのはどいうことだ?

 だって、俺は――


「ねぇ、滝人、返事は? 私じゃ不満?」


 形の良い眉の辺りにじれったさと不安を浮かべて小首を傾げる大島さんもこれ以上ないくらいに可愛い。高校生活初日に男子が首っ丈になるのも無理ないくらいだ。


 そんな目で見つめられ、頭の中の疑問符は一瞬で吹き飛んだ。


 俺の……答えは……


「えっと、大島さん。俺は――」


「そんなのダメ!!」


 返答を遮ったのは別な女の子の叫び声だった。


 俺と大島さんが咄嗟に声のした方に視線を向けると杉野さんが涙を溜めた目でこちらを睨んでいた。


 しまった!

 そもそも俺がここに来たのは杉野さんに呼び出されたからだった!

 大島さんが現れて、しかも衝撃告白を受けたから杉野さん告白の激アツ演出が頭からすっ飛んでた!


「す、杉野さん! えっと、これはですね――」


「滝人くんは私の未来の彼氏なの! だから盗っちゃダメなの!」


「「えっ!?」」


 未来? 今、未来とおっしゃいました?


「どういうこと、杉野ちゃんも未来から来たっていうの?」


「そうです! 未来から来て、志望校まで変えてこの学校に入学したんです。だから大島さんには渡せません。諦めてください!」


「わ、私だって勉強して偏差値上げて蘭陵に入ったんだもん! 『はい、そうですか』って引き下がれるわけないじゃん!?」


 大島さんと杉野さんが相対して睨み合う。両者とも一歩も引かない剣幕だ。


「ふ、二人とも落ち着いて! まずは話し合いを――」


「滝人!」「滝人くん!」


「はい!?」


「どっちと付き合うか」「今ここで決めて!」


 そんな無茶な!?

 突然現れた美少女二人が未来人でしかも俺の恋人を自称するこの展開についていけない。

 しかも今この場でどちらと付き合うか決めろだなんて出来っこない。


「いや、二人とも、その前に聞きたいことが――」




「お二人とも、その辺で」




「「「誰!?」」」


 にわかに沸騰したこの場を冷やすクールな声。冬の朝を連想させる声音には聞き覚えがある。


「あそこ! 木の上に誰かいるわ!」


 大島さんが指差した先。校舎裏にポツンと植えられた樹木の枝に立っているのは確か……


「神崎さん?」


 クラスメイトになった見覚えのない女子生徒だ。外国の女優顔負けの美貌とスタイルは忘れようがない。


「フッ――」


 神崎さんは枝からジャンプし、三回転ムーンサルトを決めると無音で俺の目の前に着地した。すごい!!


「滝人さんが困っているじゃありませんか」


「いや、困っているわけでは――」


「滝人さんは未来で私と付き合っていた恋人なんですから迷惑ですよ」


 いや、あなたもですか!?


 なんでポンポンと未来人が三人も現れてるんだ!?


 いや、俺も含めたら四人か!


「滝人の恋人ってどういうこと!?」


「そうですよ、滝人くん。説明してください」


「そうね。他にオンナがいたなんて初耳よ、滝人さん」


 大島さん、杉野さん、神崎さん。


 三者三様の美少女に囲まれ、逃げ場を失った。


 説明しろと言われても……


「身に覚えがありません!!」

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