第4話 未来人の自己紹介(1)
「皆さんの担任を務める
入学式後のクラスの顔合わせ。一発目は担任の先生の自己紹介から始まった。
担任の氷室先生は黒目がちな綺麗な瞳とシャープな顎のラインが特徴の美人だった。ほろほろとした笑顔とよく通る声は人好きしそうで、男子のみならず女子も嬉しそうだった。
その中で唯一俺だけがモヤモヤした気持ちを抱いていた。
こんな先生、蘭陵高校にはいなかった。
俺の記憶違いなんかじゃない、絶対にいなかった。
だってこんな美人で優しい先生から塩対応されたら一生のトラウマだもん。
女性恐怖症(美人は特に)な具合になるだろう。
「それではこれから一年間、同じ教室で過ごす皆さんに自己紹介をしてもらおうと思います。出席番号順に男子からお願いします。それでは出席番号一番、石見滝人くん」
「は、はい!」
トップバッターは俺だ。
『いわみ』だから出席番号が五番目以内から外れたことはないが、一番になったのはこれが初めてだ。
これも歴史と違う。
上擦った返事をして立ち上がった俺に視線が集まった。
嫌だな、この感じ。純粋な子供たちが新しいクラスメイトにピュアな視線を注いでいるだけなんだけど、どうしても昔のことを思い出す。
犯罪者を迫害する、あの冷たい視線を……。
「い、石見滝人です。
俺は視線を下げず、窓の真ん中の枠をツーっとなぞるように視線を走らせ、皆の方を見てるっぽい仕草で自己紹介を終えた。
視線を集めるのも、人と目を合わせるのも苦手だが、それでは世の中やっていけない。
だから俺はそれっぽい仕草で相手に悪印象を与えない
苦手なりの処世術だ。
最低限、目線をまっすぐにして挨拶をすれば少しは良い印象を持ってもらえるだろう。
しかし返ってきたのはまばらで寂しい拍手。クラスメイトの視線は、何か異常なものを見るような戸惑いを孕んでいた。
「あ、あの……皆さん……?」
どうしてそんな目をするんだ。
俺は何もやってないのに……。
「えっと……石見くん、自己紹介ありがとう」
にわかに張り詰めた空気を氷室先生がそっとほぐす。だが朗らかさはなく、教師らしい威厳を孕ませた声音を作っていた。
「趣味を教えてくれて嬉しいです。でも、夜遊びは良くないと思うな。君は高校生なんだし」
「え……あっ!?」
しまったーーー!!
YOASOBIが流行るのはもっと先の話じゃん!
今名前を聞かされてもアーティストじゃなくてガチの夜遊びだと思っちゃうじゃん!
食べ歩きだっていかにも独身男性の趣味だし。
これは失言だった。どうにか誤魔化さないと……と慌てふためいていると
「はーい、先生! YOASOBIっていうのはネットを中心に活躍しているアーティストのことですよ!」
助け舟が出された。
声の主は教室の真ん中に座っていた女子生徒だった。
明るめの茶髪、大きな目と口が印象深い派手目な顔。そんな顔でニコニコ笑っているからクラスの男どもはすっかり視線を奪われ色目気だっていた。
「あら、そうだったんですね。石見くん、誤解しちゃってごめんなさい。先生そういうの鈍くて……」
「い、いえ、とんでもありません」
結成は十年先だから知るはずもない。明らかに俺の不注意だ。今後は話す内容に気をつけないと。
「先生。次、私が自己紹介してもいいですか?」
「はい、どうぞ!」
俺を助けてくれた女の子が自己紹介の順番を奪う。しかしその強引さが微妙になっていたクラスの空気を温めた。
クラスの関心はすっかり彼女に移っている。
皆知りたいのだ、彼女のことを。
「
その途端、教室の窓という窓が割れそうなほどの拍手が巻き起こった。まるでアイドルが一曲歌い終えたような喝采である。
この瞬間、彼女のクラスでの立ち位置が決まったと言ってよい。
可愛さと綺麗さをミックスインした華やかなルックス、ずっと聴きたくなるハキハキした声。キラキラした笑顔はアイドル顔負けで、おまけに率先して人助けをする人柄の良さの持ち主。
嫌われる要素が一つもない大島さんはきっとクラスの中心になるのだろう。
誰からも愛される太陽のような存在。
あんな女性と青春できたらどんなに楽しいことだろう。
皆の視線を独り占めにする学園のアイドルと付き合えたら、どんな毎日が待ってるのかな。
できることならお近づきになりたい。だが土台無理な話だ。人の視線を集めるのも、女性と話すのも苦手な俺には出来っこない。
遠くから眺めているのが精一杯だ。
そんな羨望の眼差しを向けてると……
パチン☆
大島さんがウィンクを飛ばしてきた。
え、今のって俺にしてくれたの!? いや、まさか、そんなはず……。
好きなものの共通項があって、意気投合して仲良くなる……なんてのは夢見過ぎか。ライトノベルじゃあるまいしな。
「あれ、そういえば大島さんはどうしてYOASOBIを知ってるんだろう?」
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