第2話 16歳の誕生日

「ウソ……すごく若い! 今何歳だ!?」


 鏡を食い入るように見る俺の姿はとても若々しい。というより子供だ。

 肌のハリツヤ、髭の無い顎のライン、額にポツポツ浮かぶヤンチャなニキビ。思春期ごろとおぼしい少年の顔を俺はペタペタ触る。


「おい、滝人。早く身支度しろ」


 背後から飛んできた声に俺は背中を強張らせ、恐る恐る振り返った。


 いや、まさかそんなはずがない。


「父……さん?」


 グレーのスーツに身を包み、髪をワックスで整えた姿を見間違えるはずがない。そこにいたのは亡き父だった。


 もしかして幽霊? いや、足はちゃんと生えてるし血色も良い。最後に見た棺桶に横たわる姿とは似ても似つかない生者の顔だ。


「入学式だから気合いを入れるのは分かるが、あんまり頑張ってめかし込んでも女子は落とせんぞ」


 かかか、と気っ風の良い笑い方も間違いなく父さんだ。昔からこうやって冗談混じりに話す人なのだ。


「ちょっと、お父さん、トイレ長すぎ! トイレで新聞読まないでって言ってるでしょ!?」


「おぉ、すまんすまん」


「新聞……父さん、その新聞ちょうだい!」


 返事を待たずに俺は新聞をひったくる。隅っこに印字されている日付は……


「二〇〇八年四月四日……!? に、二十年前……?」


「滝人、何を言ってるんだ? それは今朝の朝刊だぞ?」


「お兄ちゃん、もしかして寝ぼけてる?」


 怪訝そうな家族の声など聞こえない。


 信じられないことに二十年も時間が巻き戻っていた。


 しかもただ巻き戻っただけじゃない。俺の記憶はしっかり脳に残っている。


 これは夢なのか。いや、夢にしては部屋の作りがいやに凝ってるし感覚が生々しい。


 夢じゃないならこれはタイムリープという現象か?


「そうだ、母さんは!?」


「母さんなら食卓にいるぞ」


 父に新聞を突き返すと俺は駆け出した。廊下を抜けた先のダイニングにはエプロン姿で朝食の準備をしている母の姿が。


「あら、滝人、おはよう。朝ごはん早く食べちゃって。お母さん、これから化粧と着替えをするから器は自分で洗ってね」


 おっとりマイペースな口調は間違いなく生前の母のもの。

 最後に会話した時は痩せ細って白髪が多く、人生に疲れて切った顔をしていた。

 しかし今、目の前にいる母は活力に溢れ、声にはぬくもりがたっぷり詰まっている。

 元気な姿に目の奥がジンと熱くなってきた。


「さぁ、早く食べよう。ぐずぐずしてると出発の時間だ」


「お兄ちゃん、早く食べなよ」


 そんな俺をほったらかして父と寧々が席につく。いつもの場所に、いつもの顔で。


 遠い過去に消えてなくなったと思っていた日常が、春風に運ばれて戻ってきた。


「あ、そうだ、滝人」


 何かを思い出した母がニコニコ笑っている。

 同時に父も、寧々も顔を上げて俺に視線を向けた。


「「「誕生日おめでとう」」」


 そう、四月四日は俺の誕生日。だが大人になってからまともに祝ってもらったことは記憶にない。


 二十年前の誕生日、二十年ぶりの「おめでとう」。


「皆……う……うわああああああん!!」


 俺は耐えきれず母さんに抱きついて大泣きした。


「ちょ!? お兄ちゃんどうしたの!?」


「何か怖い夢でも見たのかしらね?」


「うん……見ちゃったんだ。皆がいなくなる夢を……。一人で死んじゃう夢を見たんだ……」


「晴れの日の、しかも誕生日にそんな夢を見るなんてツいてないやつだ。ほら、男が朝からメソメソするな。今日から高校生だぞ。きっと楽しい毎日が待っているさ」


 おてんばな妹、優しい母、おおらかな父。


 何もかもが元通りだ。きっとここからやり直せるんだ。

 失い、奪われるばかりの人生を無かったことにし、平穏な人生を歩めると俺は希望を見出した。

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