高校生に戻った俺、未来のカノジョを名乗る美少女達に囲まれてますが身に覚えがありません
紅ワイン🍷
第1話 高校生にタイムリープ!
「俺の人生ってなんなんだろう……」
金曜日の昼下がりの公園。
遅い昼食に買ったコンビニのサンドイッチを膝の上で握り締めながらポツリと呟いた。
先ほど上司から『ホライゾン社への提出資料を明日までに作れ』という命令を受けた。
降って湧いた理不尽な命令が意味するのは徹夜コース。
しかも明日は土曜日なので休日のはずだった。それが上司の胸一つでふいにされ、俺の心は折れかけた。
「必死にバイトして、学費を稼いで大学まで出たのに、どうしてこうなったんだろう……」
就活で滑りまくってどうにか勝ち取った内定。
しかしそこはまごうことなきブラック企業。
入社したその日から残業、土日祝日返上は当たり前、理不尽なクレームをつける顧客に何度土下座をしてきたことか。
「弱音を吐けば『根性が足りない』『努力不足』と怒られ、歯を食いしばって頑張っても『努力するのは当たり前』と一蹴される。ひたすら耐えて働くのが正解なのか……」
されど働き続けて十三年。『努力は報われる』という言葉を信じ続けてきたが報われる気配は一向にない。それどころか後輩に追い抜かれて仕事を押し付けられる始末だ。
「くそ……あの事件さえなければ……」
思い返すも忌々しい、高校二年生の頃。たまたま乗った電車で痴漢に間違えられたのが転落の始まりであった。
満員電車で運悪く女性の後ろに立ってしまったばかりに濡れ衣を着せられたのだ。
その後、どうにか起訴は免れたが学校での扱いは酷かった。
痴漢のレッテルを貼られた俺は女子から徹底的に無視され、うっかり近づくと悲鳴を上げられるようになった。
それを見た紳士気取りの男子からは暴力を振るわれ、俺は学校に完全に居場所を失った。
失ったのは学校での居場所だけじゃない。
「俺は何もやってないのに、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだ!? どうして父さんと母さんは死んじゃったんだ!?」
この一件で家族も崩壊した。
噂を職場に流された父は退職を余儀なくされ、薄給の仕事に転職。専業主婦だった母は稼ぎを補うため働きに出た。
両親は俺を信じてくれたが無理が祟って父は俺が二十歳の頃に他界。後を追うように母も帰らぬ人となった。
妹も俺のせいで学校で居場所を失い、挙句大学に通えず夢を断念することになり、高校卒業とともに音信不通となった。
俺の近くに家族と呼べる人はもういない。
「友達もいないし、会社の人とも上手くいってない。『ボサッとしてるから結婚できない』なんて上司に
大人になってからはずっと孤独。そしてこの先もきっと変わらない。
自分を変えようと努力はした。だがその度に挫折し、その度に未来に絶望し、いつしか努力しなくなった。
「もう未来なんかどうでもいい……。家族で食卓を囲んだあの頃に戻りたい……!」
そんな願いが叶うはずもない。
家族はもういない。
俺が戻るべきは温かい過去ではなく冷たいオフィス。
現実を受け入れた――いや、現実から目を背けた俺はサンドイッチを食さず重い足取りで会社に戻ることにした。
その時だ――
「おい、待て!!」
突然背後から荒々しい男の声に呼び止められる。驚いて振り返るとそこには呼吸荒げて血走った目で俺を睨む二十代後半くらいの男がいた。
なんだろう、この人。
知らない人だ。
何かしちゃったかな。
「え、えっと……なんでしょう?」
「お前だな、俺の恋人を奪ったのは!?」
「は?」
恋人を奪った?
なんの話だ?
奪うも何も、俺はプライベートで女性と関わりが全くない。
「貴様だけは許さない……」
怨嗟の声と共に男はおもむろに包丁を取り出した。
陽の光をぎらりと反射させる刃。
高校時代は暴力的ないじめに遭ってきた俺だが、明確な殺意を持って凶器を向けられたことは一度もない。
未だかつてない恐怖にすくみ上がり、俺は身動きが取れなくなってしまった。
「ちょ、ちょっと待って! 人違いだ! 話を聞――」
「うるさい! 彼女は俺の全てだった。奪われた俺はもう生きていけない! 貴様を殺して俺も死んでやる!」
男は包丁を両手で構えて突進してくる。
その様子が俺にはスローモーションのようになって見えていたのに、結局何も出来なかった。
「うっ――!」
ドス、という鈍い音。
脇腹から身体の中枢にかけて冷たくて硬い何かが侵入してくる。
一瞬だけ激しい痛みを感じたが、すぐにそれが嘘だったように痛みは引いていく。
いや、痛みだけじゃない。
身体の体温、倒れ込んだ地面の硬さ、お日様の光……。
何もかもが急速に溶けて消えていく。
「冷たい……寒い……」
あぁ……俺は死ぬんだ……。
身体を酷使して働き、最後は誰とも知らぬ男の凶刃に倒れていく。
親からもらった生命をまったく有効に出来ず、ここで力尽きるのだ。
思い残すことは山のようにあるはずなのになかなか浮かんでこない。
唯一浮かんだのは……。
「死ぬ前に……結婚したかったなぁ……」
それが俺の形に残らない遺言。誰の耳にも届かぬまま、俺の生命は燃え尽きた。
見ず知らずの人に何もかもを奪われ続ける人生が、ようやく終わるんだ。
まぁ、いっか……。
こんなクソみたいな人生、本当は終わらせたかったんだ。
*
コンコンコン――!
「お兄ちゃん、早く起きなよ!」
扉を叩く音と少女のくぐもった声。
俺は布団から起き上がって伸びをし、ぼんやり辺りを見回した。
小学校に入学する時に買ってもらった勉強机、ゲームソフトと漫画本だらけの本棚が置かれるここは、
「俺の……部屋……?」
久しく見慣れぬが見間違えるはずがない。子供時代を過ごした俺の部屋だ。
「あぁ……夢を見てるのか……」
分譲マンションのこの部屋は父さんが仕事を辞めた時に売却された。だから俺の部屋も存在しないはず。
「ちょっと、お兄ちゃん! いつまで寝てるつもりなの!?」
と、扉を勢いよく開け放ったのはセーラー服の少女――一つ年下の妹・
「寧々!? どうしてここに?」
「ほら、早く起きて支度しないと。今日は高校の入学式でしょ!」
俺の問いをガン無視した寧々は俺の手首を掴み、強引に立たせた。されるがままの俺は背中を押されて洗面所へ連行される。
なぜ寧々が、しかもこんなラフなコミュニケーションを取ってくれるのだろう? というかその格好は?
頭の中ではその疑問がぐるぐると回っている。
だが鏡に映ったものを見てそんな疑問は吹き飛んでしまった。
「……子供の頃の俺……?」
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