第54話 西果ての国

「着いたわ、ここよ」


「もう限界、クタクタよ……」


 目の前には周囲を高い外壁に覆われた城下町。

 地獄に来てから歩くことおよそ3時間、俺たちは遂に目的の場所に辿り着いた。


「この街の中にグリモワールがあるのか?」


「少し違うわね、正確にはグリモワールがある場所の上にこの街を建てたの」


「へぇ、じゃあまさに封印を守るために存在してる街ってわけだ」


 72の悪魔にとっても、グリモワールとはそれ程までに危険視するものというわけだ。

 それだけの魔術書があれば本当に七大悪魔にも通ずる魔法が習得できそうだという希望と、そんなものが手に負えるのかという不安が同時に襲ってくる。


「それじゃあ早速行きましょうか、この地を治める王、パイモンに」


「ちょっと、もう休ませて……」


「ユニさん、ボクが背負っていくので乗ってください」


 ユニはどうやら体力の限界らしい。

 まあ気持ちはわかるけどな、俺もだいぶ足が棒になりかけてる。

 逆に割と平気そうな顔をしているシアンは凄いな、思った以上に体力があるらしい。


 しかし相手が悪魔とはいえ王様となると、情けない姿は見せられない。

 今一度自分に気合を入れ、王様らしい振る舞いを意識しながら街に入る。


 街は決して大きくはなく、それほど住人が多いというわけでもない。

 なので悪魔が街で平和に暮らしている光景を珍しく眺めていると、ものの数分でこの街に似つかわしくない巨大な城の前についた。


 街の規模に対してやけに堅牢な作りの城塞都市になっていることといい、これも全てグリモワールのためなのだろう。


「突然ごめんなさい、少し良いかしら」


「貴女は……グレモリー様⁉︎」


 門番の二人はグレモリーのことを知っているらしい。

 そういえば地獄の公爵だもんな、72の悪魔同士の面識はもちろんのこと、他の悪魔にも広く知られているのだろう。


「そちらの方々は人間でしょうか」


「ええそうよ、心配はいらないわ、彼らは私たちの仲間よ。パイモンに用があってここまで来たの」


「そうでしたか……しかしパイモン様は先ほど外出なされました」


「何かあった、というわけでは無いわよね」


「いつもこの時間は散歩をされております。1,2時間もすれば戻ってこられると思うのですが」


 タイミングが悪かったな、まあアポイントメントも何も無いので仕方がない。


「わかったわ、じゃあまた後でくるわ。パイモンが帰ってきたら伝えておいて、『偉大なる王を継ぐ者が現れた』と」


「承知しました」


 見事な敬礼で門番に見送られながら、一旦城を後にする。


「しょうがないわね、また2時間後にここに合流しましょう。それまでは……」


 判断を仰ぐようにグレモリーがこちらに視線を向ける。


「2時間くらいは自由時間でいいんじゃないか?この街から出ないって条件なら大丈夫だろ」


「そうね、ではレオ王子の言うようにしばらく各自で過ごしましょうか」


「アタシは休憩……どこか休める場所に行きたいわ」


「俺は適当に街を見て回ってくるよ」


 地獄にある悪魔の街を訪れるなんて滅多にない機会だ、せっかくだから散歩しながら探索するとしよう。

 一旦みんなとは解散して、適当な方向に足を進める。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「思ったより静かだな、どこもこんなものなのか?」


 この街が特殊だからなのかはわからないが、地上で見られるような賑やかさはなかった。

 街自体はすごく綺麗で整っており、落ち着いた雰囲気で、どこか荘厳さのようなものすら感じられる。

 

「地獄とか悪魔とか、もっと血で血を洗うような荒っぽいイメージがあったんだけどな」


「あれ、人間?珍しいね」


 キョロキョロと周りを見ながら歩いていると、突然子どもくらいの背丈の可愛らしい悪魔に声をかけられた。


「えっと、君は?」


「僕はこの国に住んでるんだ。それより、こんな地獄の端にある街にどうしたの?」


「ここの王様に用があってね、ただ今は外出中らしいから適当に散歩して時間を潰してたんだ」


「へぇ……綺麗だね、その指輪」


「これ?これは父、というかもっと昔の先祖から受け継いだものなんだ」

 

「そうなんだ!」


 随分と人懐っこい悪魔だな。

 さっきの門番もそうだったが、地上だと街に悪魔が出たら大騒ぎだというのに、こっちに人間がいても観光客程度の扱いだ。

 まあ変に騒がれるよりは良いのだが。


「王様に何の用があるの?」


「んー、まあ少しお願いがあってきたんだ」


「グリモワールが欲しいの?」


 安易にグリモワールについて話すのも良くないだろうと思ってはぐらかしたのだが、真正面から聞かれてしまった。

 どう答えたものかと言い淀んでいると、その悪魔は続けてこう言った。


「ダメだよ、あれは絶対に誰にも渡しちゃいけないものだから」


「それを理解した上でお願いに来たの。あの魔術書を、グリモワールを一度彼に渡して欲しいの」


「グレモリー?」


「どこにいるのかと思ったら、まさか偶然にも彼に出会ってるなんてね」


「そっか、君がこの人間を……偉大なる王の末裔をここに連れてきたんだね」


「どうしてそれを……まさか⁉︎」


「うん、僕がこの地を統治する地獄の王、第9の悪魔・パイモン。初めまして、まさかまたその力を持つ人に会えるとは思ってなかったよ」

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