第53話 強さを求めて

 七大悪魔、ベルゼブブの撃破により人々は希望を取り戻し、士気は大いに高まっている。

 それはジョット王国においても例外ではなく、騎士団は日夜訓練に励んでおり、この一週間で何度『次は私も連れて行ってください』と言われたかわからない。


 そんなお祭りムードの中、俺たちは華やかな雰囲気とはまるで正反対の、鬱々とした仄暗い場所に来ていた。


「これが地獄か……」


「私の故郷へようこそ、レオ王子。地上に比べればちょっと空気が悪くて、危険が多くて、暗くて、熱くて、血生臭くて……そんな場所だけど、慣れなら案外良い場所よ」


「どこが良いのか少しもわかんないわね……」


 ユニは襟元をばたつかせながら気怠そうに言う。

 確かにここは蒸し暑い、肌全体でベッタリとした熱を感じる。

 それだけでなく瘴気とか殺気とか、そういったものもまとわりつく様な感覚がある。


 さすがは地獄といったところか。


「あーっと、あれだ、ユニ。目のやり場に困るから程々にしてくれ」


「ばっ、どこ見てんのよ変態!」


「なんで俺が怒られるんだよ……」


「で、このどっかにあんだよな?究極の魔術書ってヤツ」


「そうよ、その魔術書の名は“グリモワール”。偉大なる王や72の悪魔でも扱いきれなかったため、禁忌の魔術書として地獄に封印したの」


「ですがレオさんやユニさんならその魔法を己のものにできるかもしれない」


「ボクたちが七大悪魔に勝つためにも、グリモワールの力は必要不可欠というわけですね」


 そう、俺たちは“グリモワール”という魔術書を手にするために地獄に来た。

 ベルゼブブにこそ勝てたものの俺たちはまだ七大悪魔には及ばない、今のままでは負ける。

 この状況を打開できるものはないか、と考えていたところグレモリーが禁忌の魔術書の存在を教えてくれた。


 俺やユニならばグリモワールを通して魔法の真髄に触れることができるかもしれない。

 ということで、本来は誰も触れてはならないと定められていたグリモワールを求め、俺たちの方から敵地のど真ん中に乗り込んだわけである。


「もし奴らと遭遇したら一巻の終わりだ、早く見つけてこんなところ離れようぜ」


「そうね、案内するわ。着いてきて」


 俺たちはグレモリーに続いて地獄を進む。

 周囲にあまり生き物の気配を感じないのは、魔王軍は以上に進出し、残る者たちも七大悪魔によって追われているからだろうか。

 それが地獄なだけあってそもそも生物自体少ないのかもしれない、理由はなんにせよひどく不気味で恐ろしい場所だ。


「なあ、グリモワールって結局のところなんなんだ?」


「かつて私たち72の悪魔と偉大なる王が地獄を平定するために戦っていた時に見つかった魔術書よ。誰が記したのか、いつからそこに合ったのか、何もわかっていないわ」


「何もかもが謎に包まれた魔道書、か。あの家にいた時も聞いたことないわね」 


「あまりにも危険すぎるのよ、何せ未熟なものでは開こうとするだけで街一つが消し飛びかけたわ。故に存在そのものを秘匿されたわ、知っているのは本当に私たちだけね」

 

「そんなヤバいものを俺たちに?」


「偉大なる王や一部の悪魔はそれに触れることはできたわ、だから貴方たちなら少なくとも制御するくらいわ……」


 ただしそれを扱えるかどうかは俺たち次第、というわけか。

 開こうとしただけで周囲に甚大な被害を及ぼす魔術書、正直言ってとても手に負えるとは思えないが……


「というか、そんな危険なものが今まで誰かの手に渡ったりはしなかったのか?」


「あの封印はかけたものにしか解けないわ、それに私たちの仲間がずっと守り続けているの」


「今もまだ地獄にいるってことか?」 


「ええ、七大悪魔にも臆さず、魔王軍にも参加せず、己の使命を全うし続けている」


「なるほどね、じゃあ俺たちは今その悪魔に会いに行ってるのか」


「西の果てにあるからかなり距離があるわ、頑張ってね」


 どこも似たような不気味な景色で目印になりそうなものはないのに、グレモリーは迷わず進んでいく。

 いや、まあ故郷だから当然といえば当然なのかもしれないが。


 ただ俺には正直景色の違いとか何もわからない、こんなところで迷うと大変なことになりそうだ。

 というか地獄と地上の移動もグレモリーの力で行ったわけだからな、逸れたら死ぬかもしれない。


「ユニとシアンは大丈夫か?」


「ご心配いただきありがとうございます。でも足手まといにはなりませんから、気にせず進んでください」


「アタシはもう限界よ、誰かおぶって……」


「なんだよ、こんなのでへばってだらしねえな」


「アタシはアナタと違って運動とかそういうのは専門外なの。それにアタシはお嬢様よ?」


 お嬢様であることをアピールするためか、なぜかその場でくるりとターンするユニ。

 そんなことができるうちはまだ体力に余裕がありそうだ。


「お嬢様がなんだってんだ。周り見ろ、王女様も王子……というか国王陛下までいるからな」


「はぁ、わかったわよ。頑張れば良いんでしょ」


「本当にしんどかったらボクがおぶりますよ」


「さすがヴィニアは頼りになるわね」


 こうして駄弁りながら歩いていると緊張感が欠けているように見えるかもしれないが、最近はずっと修行と戦闘で張り詰めた日々を過ごしていたわけだし、今くらいは良いだろう。

 みんないざとなったらすぐに切り替えができるしな。


 まあでも、もう少しだけこんな時間が続いてほしい。

 せめて何も起きないように今一度祈りながら進むとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る