第52話 撃破
「やった……のか?」
静寂が俺たちを包む。
魔法による砂煙はようやく風に流され、胸に風穴を開けながらも立ったままのベルゼブブが視界に映っている。
ここまでの攻防を考えると油断はできない、しばらくの間緊張が走る。
「安心しろ、レオ。ソイツはもう死んでる、立ったままでな」
アリンがそう言うと同時に、みんな安堵のあまり膝から崩れ落ちた。
とんでもない強敵だった、何度勝てない、死ぬかもしれない、そう思わされただろうか。
こんなのが後六体も控えているなんて考えるだけでゾッとする。
「皆さんすぐに治療するので少々お待ちください!」
そう言ってシアンは真っ先に俺の元に来る。
「酷い怪我……すぐに治しますね」
ダメージ覚悟でこっちからさらに攻撃を仕掛ける、というのはさすがに無理をしすぎたかもしれない。
特に両腕は火傷がない部分を探す方が難しいくらいになっており、ほとんどの感覚は痛みで埋め尽くされている。
これが七大悪魔と戦うということなのかもしれない。
恐らく前回の戦闘でのアスモデウスは俺を仲間に引き入れるという目的もあり、まだ手加減をしていたのだろう。
奴らを見誤っていた、これが地獄も地上も支配せんとする者たちの実力なのだ。
「私たちのために、こんなになるまで戦ってくれていたんですね……」
「ま、おかげでみんなは守れたしな。名誉の負傷ってやつだな」
「すごく怖かったんです、レオさんが死んでしまうのではないかと……」
「心配かけるなんて俺もまだまだだな」
「笑い事じゃありません!無茶をするな、なんて戦う力のない守られるだけの私に言う資格はありません。ですが、どうか自分のことをもっと大事にしてください」
「……わかった、約束するよ」
涙ながらに訴えられるとさすがにその言葉を無碍にすることはできない。
まあ俺だって死にたいわけじゃない、むしろ今までずっと生きるために努力してきたのだ。
ベルゼブブとの戦いだって死ぬつもりなかった、命を賭けて死ぬ気で挑まなければ勝てない相手だったというだけである。
こんな戦いを繰り返していたらいつか本当に死ぬのは間違いないが。
「なあ、誰でも良いからアタシを起こしてくれよ、もう一歩も動けないんだ」
「まさか建てないほどの怪我をされているのですか⁉︎」
俺の治療を終えたばかりのシアンは慌ててアリンの元へ向かおうとする。
「大丈夫、反動だよ。さすがに無理しすぎたのか身体中がイテェ……」
「最後の攻撃の影響ってことか?」
「ああ、わかってても避けられない速さを出す必要があったからな。20回くらい強化魔法重ねが消したんだが、ハハッ」
「いつもの限界のさらに倍か、そりゃ無茶しすぎだ」
手を貸して立ち上がらせようとしたのだが、それすらもできないらしい。
奴に届く一撃、それもトドメではなく隙を作り出すための一撃すら、アリンがここまで死力を尽くしてようやくだったというわけだ。
「でも本当に助かったよ、アリンのおかげであの大きな隙ができた」
「礼を言うのはアタシの方だ。アンタたち二人が互角にやり合ってくれたから、こんだけ強化魔法を重ねがけする時間ができたんだ。アイツが未来を視てるってわかったのはヴィニアとグレモリーがアタシに息を合わせてくれたからだしな」
「まさにみんなで掴んだ勝利、というわけですね!」
「もちろんシアンも含めてな。誰一人欠けてもベルゼブブには勝てなかった」
全員の力を合わせれば七大悪魔にも勝てる、実に喜ばしいことだ。
……じゃあ、もしアイツらが二人、三人、或いはそれ以上で攻めてきたら?
ゲームじゃないんだ、ボスが律儀に一体ずつ順番に襲ってきて、しかも毎回全回復するまで待ってくれる、なんてことはない。
今回はまだサタンたちが地獄の征服を続けている最中、単身地上に現れたベルゼブブと偶然にも出会しただけ。
次からは複数を同時に相手する可能性の方が高い、そうなったら──
「レオ王子」
「どうした、グレモリー」
「私も見誤っていたわ、彼らの強さを。このままでは私たちは……」
「そうだな、まだ足りない。あまりにも足りなさすぎる」
奴らが攻めて来るのがあまりにも早すぎる。
だがその原因は恐らく俺にあるのだ。
そもそも本来バアルとの決戦すら今から3年後の出来事のはず。
だがシアンとの婚約からフォラスとの戦闘になり、地上に斥候としてきていた奴が命を落としたことにより、彼らの警戒を強めてしまった。
そしてバアルは侵攻を早めると同時に自ら戦場に赴き、俺と出会ってしまった。
その結果、第一次大魔侵攻、カタリナ防衛戦線といった大規模な戦闘に繋がったわけである。
加えてバアルたち魔王軍がすぐに地上への侵攻を開始したことにより、七大悪魔による地獄の征服はより容易なものとなってしまった。
故にアスモデウスは余裕を感じた、或いは退屈になり、地上にふらっと遊びに来て暇つぶしがてら俺たちの交戦を眺めていたのだ。
よりによってその戦いで俺とアスモデウスが遭遇し、王の力に目覚めてしまったという不運も重なっている。
まあ一言でいうならば自業自得、全て俺というイレギュラーが招いたイレギュラーな事態というわけだ。
「また帰ってゆっくり考えましょ、アタシ汗を流したいわ」
「そうだな、みんな本当に頑張ったんだ。まずは休もう」
「誰かアタシを運んでってくれ……」
激闘を終えた俺たちは疲労困憊になりながら国に帰る。
まだまだ不安は大きい、しかし七大悪魔の一角を落とした、これは紛れもない事実。
この報せは一夜にして世界中に知れ渡り、人々に希望を与えたのであった。
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