第51話 鏡の世界
鏡の世界、この技において俺は魔法の発動を、ユニは魔法の反射を担当している。
無造作に放たれた魔法は結晶に触れると同時に反射され、縦横斜め、あらゆる方向から敵を狙い撃つ。
これだけの魔法を敵に向けて的確に反射させるのは並大抵の技術ではない。
しかしそれを可能にしているあたり、天才と呼ばれる所以であろう。
俺はユニを信じてひたすらに魔法を放つだけだ。
「いいぜ、ならどっちが先にくたばるか……根比べに付き合ってやるよ!」
「アイツ、あの状況から攻撃に転じるなんて!」
ベルゼブブの左目はより一層強い輝きを放ち、さらには無数のハエが魔法をすり抜けて俺たちに迫り来る。
「ユニは“鏡の世界”に集中してくれ、奴のハエは一匹たりとも通しはしない!」
俺はユニの前にたち、秘奥暴風呪文“テンペトーム”でハエを迎撃する。
ベルゼブブの奴は根比べと言ったがここからは短期決戦だ、防御よりも攻撃にウェイトを置く。
「秘奥雷撃呪文“ゼルテドライ”」
「ハエども、奴らを吹き飛ばしな!」
さらにハエの数が増えた、さっきのように魔法一つで防ぐのは無理か。
だが今のこの攻勢を緩めるわけにはいかない、ユニにさえダメージがいかなければなんでもいい。
「お前は必ずここで討つ!」
障壁魔法では完全に防げるわけではない。
ハエが引き起こす爆発は障壁を破壊して俺の身体を焼いてくる、死ぬほど痛くて熱い、だがユニは無傷だ、ならそれで良い。
「まだいくぜ、“ロビンフューネラル”!」
「ちょっとレオ!アナタ死ぬ気じゃないでしょうね!」
「死ぬ気でやんなきゃ倒せない相手なんだ、お前は自分のことに集中しろ!」
「ホントムカつく、いつもそうやって勝手にアタシのこと守って……倒れたら絶対に承知しないわよ!」
確実に逃げ場は失われつつある。
爆発のダメージを覚悟で魔法を放ち続ける俺、それを避けながら完全に回避不可能となる前に俺たちを仕留めようとするベルゼブブ。
決着の時が近いのはお互い理解している、その時が訪れるまでもう1分もないだろう。
「テメェ、もう防御する気もないってか⁉︎いいぜ、じゃあコイツで終わりにしてやるよ!」
どうやら奴は次の未来を視たらしい。
さっきのハエの爆発で俺の身体はボロボロだ、今は立っているのが限界。
ならもう中途半端な防御はしない、ユニを守ることだけでいい、残りの力は全て攻撃に注ぎ込む。
俺の魔法が当たるか、奴がそれを避け切るか、二つに一つ。
俺の周囲に浮かび上がる無数の氷柱が一斉にベルゼブブに襲いかかる。
「スリーピングビューティ!」
「爆ぜろ!デッドワルツ──」
「未来が視えていても避けられない攻撃、か。それってつまり、こういうことで合ってるんだよな?」
ベルゼブブが氷柱を避けながら身体を震わせ、ハエを放とうとしたその時だった。
何かが凄まじい勢いで俺の横を駆け抜けていく。
次の瞬間、ベルゼブブの羽根の一つが綺麗に斬られていた。
「んだよ、このスピードッ⁉︎」
「アンタ、武術は素人だもんな。いくら来るとわかってても、アタシの本気にはついてこれない」
アリンの一撃によって隙が生まれた、この絶好のチャンスを逃してはいけない。
「今だ、ユニ!」
「わかってるわ、これで終わりよ!」
100を超える魔法が結晶によって反射され、ベルゼブブの元に集まっていく。
「テメェらッ……」
そしてそれらが同時に直撃し、ベルゼブブの身体は爆発に飲み込まれた。
「当たった!」
「間一髪だったな……この勝負、俺たちの──」
「ああ、本当にギリギリのところだったぜ……」
「なっ⁉︎」
魔法は確かに当たったはず、だがベルゼブブは死んでいなかった。
全身はボロボロになり、羽根もたった二枚を残して他は千切れている。
それでも奴は生きている、直撃の直前にばら撒いたハエを爆発させ、自爆覚悟で魔法の威力を大幅に弱めたのだ。
未来が視え、これでは死ぬことはないとわかっているベルゼブブだからこそできる決死の芸当だ。
「ここまで追い詰められるなんてな……俺様はどこかでテメェらをみくびっていたのかもしれねぇ」
この状況において一層の威圧感を放つベルゼブブ、七大悪魔とはこれほどのものか。
「避けるとか防ぐとかもうどうでも良い……テメェらを殺す」
最後に繰り出される捨て身の一撃、俺に対処できるのだろうか。
いや、やるしかない。
「レオ、後一回だけお願いがあるの」
「お願い?」
「アイツの魔法を後一回だけ防いで欲しいの。それはアナタにしかできない、そしたらアタシがアイツにトドメを刺すわ」
両手に火炎魔法を浮かべるユニ、今から何をしようとしているのか理解した。
この一ヶ月で完成したユニの究極奥義、今のベルゼブブになら当たるだろう。
そしてそれは、当たれば確実に敵を滅する最強にして最恐の魔法。
「わかった、任せろ」
「これで終わりだ、消し飛べェッ!」
とにかく防げば良い、こちらも火炎呪文と暴風呪文の合わせ技により在らん限りの爆発と爆風を引き起こして相殺してやる。
「ユニ、あとは頼んだぞ。“サンアンドストーム”!」
お互いの魔法がぶつかり合い、今日一番の大爆発を引き起こす。
何がどうなったのかはわからない、それでもユニの両目はしっかりと敵を捉えている。
「これで決める!」
ユニは顔の前で両手を組み、二つの魔法をぶつけ合う。
それから組んだ手をゆっくりと開いていくと、そこからは眩い光が溢れ出す。
俺たちの体内を巡る魔力には膨大なエネルギーが含まれている。
だがこの魔力をそのまま体外に放出することはできない、魔法という形にして初めて顕現する。
だがもしも魔力をそのまま放つことができれば、それが持つ純粋な破壊のエネルギーはどんな魔法よりも遥かに強力なものとなる。
故にユニはそれを可能とする魔法を編み出した。
両手に全く同じ種類、同じ威力の魔法を発動し、それをぶつけ合う。
本来ならば暴発してしまうところを別の魔力で押さえ込み、魔法が相殺し合った後の純粋な魔力だけを残す。
そしてそれが限界に到達した瞬間、ユニの両手からは純粋な魔力そのものが放出される。
それが持つ圧倒的な破壊のエネルギーは、これまでのどんな魔法も比べ物にはならない。
もはや言葉では形容できないことから、ユニはこの究極魔法を『名状し難いもの』という意味を込めてこう名付けた。
「破壊魔法“ネイムレス”!」
ユニの手から放たれた光り輝く閃光はとてつもない魔法の衝突をものともせず突き進む。
「がっ……俺様が、ここで……」
そしてベルゼブブの胸に10cm程の風穴を作り出し、遥か遠くの山をも吹き飛ばしてしまったのであった。
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