第55話 パイモン

 驚いた、一見子どものように見えるこの悪魔が俺たちの目的としていたグリモワールの封印を守る悪魔、パイモンだったとは。


「驚いたよ、彼は王の力も継いでいるのかい?」


「ええ、そして彼の元にバアル率いる魔王軍も集い、七大悪魔の一角ベルゼブブを落としたわ」


「凄まじい魔力を秘めていることは一目でわかったけど、それほどとはね」


 パイモンは俺の頭のてっぺんから爪先に至るまで、品定めをするかのように眺めている。


「それでも本当にギリギリだった、今の私たちでも七大悪魔が同時に攻めてきたら勝てないわ」


「だからグリモワールの力が欲しい、と」


「ええ。彼の……レオ王子の素質があればきっとグリモワールをも──」


「断る」


 即答だった。

 グレモリーの言葉を最後まで聞くことなく拒絶するパイモン。

 その瞳には何か強い意志のようなものが感じられる。


「グレモリー、君は忘れたのかい?グリモワールが引き起こしたあの惨劇を」


「そうではないわ。私たちの過ちを忘れたことなど一度もない」


「だったら口が裂けたって『グリモワールを使いたい』などと言えないはずだ」


「七大悪魔はそれほど恐ろしい相手だということよ。王の力を持ってしてようやくスタートラインに立てる程度、奴らはあまりにも強大すぎる」


「だとしても、あの禁忌の封印を解く理由にはならない。何があっても僕の答えが変わることはない、もしそのためにここに来たというのなら帰ってくれ」


 とりつく島もない、悠久の時を超えて封印を守り続けてきたパイモンの決意が揺らぐことはなさそうだ。

 やはり禁忌の魔術書などには頼らず、自分たちの力で道を切り開くしかないのだろうか。


「ふーん、そのためにわざわざ街まで作って、めんどくさいことしてるんだね……」


「誰だ!」


 その時だった、突然背後から知らない声がした。

 振り返ると木製のベンチに二本の湾曲した角を持ち、金色の髪に銀色の瞳をした人形のような美少女の悪魔が座っている。


 気だるげな表情をしており、ジト目で俺たちを見るその容貌からは一見何の覇気も感じられない。

 だが俺は本能的に理解した。


 これだけの身の毛もよだつような悍ましい雰囲気を纏うのは奴らを除いて他にあるはずもない。


「グレモリー!」


「わかってるわ!」


 指輪の力を受けたグレモリーが大鎌を振り下ろす。

 一才の迷いなく放たれた一撃、完全に虚をついた形になったはずなのだが。


「いきなり攻撃してくるなんて……酷い」


 防がれた、という表現が正しいのかはわからない。

 側から見れば直前でグレモリーが手を止めたように見えるのだ。


「はぁ、結局戦わなきゃダメなんだ……だから帰りたかったのに、レヴィのせい……」


 こちらから仕掛けたというのに、未だに気怠そうなまま、しかしゆっくりと掲げる左手には魔力が込められている。


「でもめんどくさいから、貴方たちの相手はこれに任せる」


 人形のようなそう言うと、レンガタイルが敷き詰められた地面から骨となった何かが這い出てくる。


「これはスケルトン?」


「お前ッ、何をやっているんだ!」


 それを見たパイモンは突然激昂したかと思うと、雷撃呪文を唱えて襲いかかる。

 さすがは王の爵位を持つ悪魔というべきか、パイモンの魔法の威力は凄まじかった。

 恐らくは魔法を得意としているのだろう、同じ王であるバアルやヴィネのそれと比べても一段レベルが上のように感じる。


 だが召喚したスケルトンで壁が作られると、パイモンは魔法の軌道を大きく逸らし、雷は天に向かって意味もなく昇っていった。


「意味のない無駄なこと……何でそんなことするの?」


「それは僕のセリフだ、今すぐにそんなことはやめて、彼らを眠りにつかせろ!」


「彼らって、これ?やだ、自分で戦うのはめんどくさい」


 今もなお地面から這い出る軍勢は、その悪魔を中心に隊列を形成する。

 中には悪魔の形をしたスケルトンだけでなく、腐敗した動物なども数多く混じっている。


「貴様、一体何者だ!僕の国でこんな真似をして生きて帰れると思っているのか⁉︎」


「私は怠惰の大罪魔・ベルフェゴール……穢れを操る私は、こうして死者を軍勢にできる。ほら」


 ベルフェゴールの指先一つで、大量のゾンビやスケルトンが一斉に襲いかかってくる。


「そっちから仕掛けてきたんだ、自分で来いよ。面倒な奴だな」


 無気力で可愛らしい見た目をしているが、コイツもまた世界を滅ぼすほどの力を持った七大悪魔。

 本気を出してきたら間違いなく苦戦さらに、こんな雑魚の群れに時間を取られている場合ではない。


「全部吹き飛ばしてやる。秘奥火炎呪文“フラン──」


「待ってくれ!」


 火炎呪文を発動しようというその時、突然パイモンは俺の前に割り込んできた。


「おい、どういうつもりだ!」


「グレモリーもその悪魔には攻撃してはダメだ!」


「……わかってるわよ、ゾンビはいいんでしょ?」


「それは構わない、でも彼らだけは決して!」


「邪魔をするのか?まさかお前もベルフェゴールの味方だっていうのか⁉︎」


「違う、僕をあんな奴と一緒にするな!」


「じゃあどうして……」


「ダメなんだ、彼らを傷つけてはダメだ。この国の下に眠っている悪魔は、今ベルフェゴールに操られている彼らは……かつて僕たちの過ちによって、グリモワールの暴走で命を落とした悪魔なんだ」

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