第49話 ベルゼブブ

「俺のハエをこんなに殺せる奴がいるなんてな……ああ、ますますテメェらを食うのが楽しみになってきたぜ」


 どうやら本気にさせてしまったらしい、先ほどまでとは比にならない程の悍ましいプレッシャーを感じる。

 アスモデウスやサタンと対峙した時もこうはならなかった。


 足がすくみ、気を抜けば今すぐにでもここから逃げ出しそうになる程の恐怖。

 奴らともまた別格、というよりは異質、このような感覚を覚えるのは後にも先にもないだろう。


「それじゃあ本気でいくぜ、テメェはどこまで耐えられるかな⁉︎」


 ベルゼブブは身体を震わせ、再び全身からハエを放つ。

 ベルゼブブの意思一つで本当に生きているかのように動く魔力の粒子は、今度は綺麗な隊列を組んでいく。

 ハエというよりは統率の取れた蜂か蟻のようだ。


 そして横一列に並んだまま波状攻撃を仕掛けてくる。


 それに対して俺は魔法によって炎の壁を作り出す。


「飛んで火に入る夏の虫、ってな」


 一匹たりとも背後には通さない、全てこの場で焼き尽くす。

 俺だってこの一ヶ月、みんなのレベルアップにただ付き合っていたわけではない。

 一対一ならば七大悪魔をも圧倒できる、それくらいの力を身につけるための努力はしてきた。


 奴が一人で地上に来たこの好機、逃すわけにはいかない。

 前のように他の悪魔が現れる前に仕留め切る。


「その程度か?なら今度はこっちの番だ」


 エンドオブトゥエルヴ、十二の秘奥火炎呪文“フランダール”の同時発動によって完成するユニが編み出した究極魔法の一つ。

 

「んだよテメェ、イカれてやがんな」


「終わりだ、消えろ!」


「人間にしてはやるな……だが、あまり俺様を舐めるなよ?」


 奴のハエは全て燃やした、今から新たに出している暇はない。

 そして全方位から迫る火球、これらを避けるのは至難の業。

 だが、奴はそれをいとも簡単にやってのけた。


「そういや言い忘れてたが、テメェらの攻撃が俺様に当たると思うな」

 

「みんな伏せろ!」


 障壁魔法でベルゼブブの火炎魔法を受け止める。

 さすがは七大悪魔、凄まじい威力だが、今の俺ならなんとかなる。


「って思ってるだろ?」


「いつの間に背後に⁉︎」


 しまった油断していた。

 今の魔法ただの囮、俺がみんなを守るために動くことを予測してコイツはその先をいっていたのだ。


「おい、アタシらがいるのを忘れてるわけじゃないよな?」


「速い、そして強いな」


 アリンが放つ渾身の一撃を受けようとはせず、ベルゼブブは大きく距離を取ってそれを避ける。


「済まないアリン、助かった」


「気にするな、アンタばかりに任せるわけにはいかないからな。それよりアイツの動きだ、何かおかしい」


「おかしい?どこがだ?」


「言葉にはできない、でも何か気持ち悪いんだ。違和感がある」


 アリンは僅かな攻防で何かを感じ取ったらしい、剣術に精通している彼女だからこそわかるのだろう、あいにく俺には違和感とやらもさっぱりだ。

 だがここまでのやり取りで一つ、疑問が残る。


「アイツ、攻撃が当たらない……」


 真正面から突っ込んだヴィニアの奥義、虚をついて放たれた死角からのユニの魔法、回避不能なはずの俺の魔法、そして今のアリンの一撃。

 ダメージになるかどうかはともかく、一発くらいは当たってもおかしくはない、何なら既に勝負がついていても不思議ではないはず。


 だがベルゼブブはことごとく防ぐか躱すかしている、いかに必殺技を習得しようとも当てることができなければなんの意味もない。

 レベル差がありすぎる、という可能性は少ない。


 一ヶ月前のカタリナ防衛戦線の際、俺たちはアスモデウス相手に何度か攻撃を当ててはいる。

 あの時より遥かに強くなった今、七大悪魔と絶望的な差があるとは考えにくい。

 実力差以外の何かしらの原因があると考えるべきだ。


「……ま、考えるのはアタシには向いてないな。当たらないなら、当たるまで攻めるだけだ」


「私も手伝うわ。レオ王子」


「わかった」


 指輪の力を解放し、グレモリーに力を授ける。

 アリンの感じる違和感とやらに攻撃が当たらない秘密があるのかもしれない、ならばまずはそれを明らかにしないことには何も始まらない。

 そのためには攻撃あるのみだ。


「いくぜ!」


 二人が同時に仕掛ける。

 強化魔法を重ねがけしたアリンと王の力によって強化されたグレモリー、二人のスピードとパワーは七大悪魔にも引けを取らないはず。


「今度はテメェらか?しゃらくせぇ!」


 放出された無数のハエは集まって一匹のヘビのようになり、アリンに向かって襲いかかる。

 

「チッ、斬っても無駄か。なら無視して突っ切るだけだ!」


 二度、三度と驚異的な反射神経で追撃を避けつつベルゼブブとの距離を詰める。

 そして四度目の攻撃を避けるのと同時に飛びかかった。


「オラァ!」


 アリンの初撃は当たらない、だがその間にグレモリーは背後を取っている。


「これはどう?」


「視えてんだよ!」


 大鎌も躱し、さらにその手に魔力を込めて反撃に出る。


「やらせるか!」


 隙をついて放った俺の雷撃魔法はハエたちを犠牲に防がれる、だがユニが反対側に回り込んでいる。


「くらいなさい、“スノーホワイト”」


「次から次へと、鬱陶しいなァッ!」


 攻勢に出る僅かな時間をも与えないほどの連続攻撃、それでもベルゼブブには届かない。

 わからない、何故こうも防がれるのだ。


「テメェら全員、吹き飛びな!」


 ベルゼブブが指を鳴らす。

 次の瞬間、ハエたちが光を放ち、一斉に爆発した。


 障壁魔法で防御?いや、今が最大の好機。

 敢えてここで攻めるしかない。


「“セブンスボルト”!」


 爆発を貫いて七本の雷がベルゼブブに襲いかかる。


「無駄だ、そんなもんが効くかよ!テメェらの魔法でくたばりな!」


「なっ⁉︎」


 ハエたちが障壁を作り、俺の魔法を反射する。

 その先には俺と同じように防御を考えずに突っ込んでいたアリンの姿があった。


「アリン!大丈夫か⁉︎」


「ギリギリ、な……アンタの魔法は強すぎんだよ」


「すぐに治します!」


 幸いにもシアンがいてくれて助かった。

 それに構えてはいるものの、ベルゼブブが追撃に動く気配もない。

 これならアリンはすぐに戦線に復帰できるはずだ。

 他のみんなも間一髪のところで爆発は避けていたらしい、まだ戦える……だが。


「見えない……勝てるビジョンが」


 どんな凄まじい攻勢も、捨て身の攻撃も、まるで通じない。

 全てが無効化されてしまう。

 攻撃が当たらない相手にどう勝てばいいというのか。


「アンタらしくないな、レオ。まさか諦めたのか?」


「アリン……しかし」


「ようやくわかったよ、なんでアイツに攻撃が当たらないのか」


 治療を受けたアリンは顔についた泥を拭いながらそう言った。


「未来視だ。アイツには未来が視えてやがる」

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