第48話 恐ろしき悪魔

 これまで感じたものとはまた違う恐ろしさ。

 例えるならば野生的感覚、生物としての恐怖が全身を駆け巡る。


「みんな、覚悟は良いか?」


「早速だな、腹ごなしにはちょうど良いんじゃないか?」


「この国の人を巻き込むわけには行かない。まずはユニの魔法でアイツを連れてくぞ」


「わかったわ」


「何コソコソ話してんだ?どうせ黙ってやられるようなタマじゃないんだろ、さっさと抵抗してみろよ」


 こんな邂逅を果たすことになるとはなんという不運、だが幸運にも向こうは一人だけ。

 対してこちらは全員揃っている、少なくとも現時点では圧倒的に有利なはずだ。


 焦らず、急がず、まずは周囲の安全を最優先に動く。


「ここじゃやりづらい、一緒に来てもらうぞ」


「真正面からくるか、良い度胸だ!」


 男が魔法を放つ瞬間、手のひらに障壁魔法を張って即座に無効化する。


「俺の魔法を止めた、だと⁉︎」


 男が動揺している隙をつき、そのまま残った手で腕を掴む、次の瞬間には仲間たちが俺の身体のどこかに触れた。


「ユニ!」


 そしてユニの転移魔法により、男ごと郊外の森に移動する。

 まずは第一関門突破、これで一般人を巻き込まずに済む。


「へぇ、まずは周りを最優先ってか?後悔するぜ、今のチャンスで俺に攻撃しなかったことを」


 男は背中から三対の巨大な羽根を生やして飛び上がる。


「しかしまあ、アイツらより一足先に来た甲斐があったってもんだ。おかげでこんなご馳走に巡り会えたんだからな!」


「アイツら……やはりお前は七大悪魔か」


「あ、なんで知ってんだ?まあいいか、テメェの言う通り俺は七大悪魔が一つ、暴食の大罪魔・ベルゼブブ!テメェらも食らい尽くしてやるぜ!」


「コイツがベルゼブブ……⁉︎」


「知ってるのか?」


「ええ、話には聞いたことがあるわ。なんでも悪魔すら捕食する化け物だそうよ」


 ベルゼブブの全身から細かい魔力の塊が放出され、生き物のように自由に動き出す。

 何をしてくるつもりかはわからないが、まずマトモに受けるべきではない。


「出し惜しみはいらない。最初から全力でいくぞ」


「まずはボクが行きます!」


 ヴィニアが掲げた剣に雷が落ちる。

 この一ヶ月の修行の中で、ヴィニアは五つの奥義を完成させた。

 しかしその中でも最も得意とするのはやはりこの一撃、勇者ならではの雷の奥義。


「トゥオーノブレイク!」


 雷を纏った剣を手に、ベルゼブブに飛びかかる、だが……


「なっ⁉︎」


 ベルゼブブの身体から放たれた魔力の粒子が集まり、壁を形成してヴィニアの攻撃をいとも簡単に止めてしまった。


「そっちから飛び込んできてくれるとはな、じゃあまずはテメェから食うとするか」


「ヴィニア!」


「ちっ、邪魔が入ったか」


 俺が魔法を放とうと構えたその瞬間、ベルゼブブはヴィニアから大きく距離を取る。


「おいおい、飯の邪魔してんじゃねぇよ」


「お前、まさか人間も食べるのか……?」


「当たり前だ。牛も豚も鳥も野菜も、生きてるモンはなんだって美味ェからな。テメェらみたいな強い悪魔や人間がどんな味か……想像するだけで涎が止まんねェぜ」


 思わず全身に鳥肌が立つ。

 コイツから他の悪魔とは違う恐怖を感じた理由がわかった。

 捕食者に対する恐怖だ、ベルゼブブは他の悪魔も俺たち人間のことも食べ物として認識している。


 今だって地上の侵略に邪魔だから俺たちと対峙しているわけじゃない、美味しそうな餌だから、ただそれだけのために立ちはだかっている。


「助けていただきありがとうございます、レオ王子」


「気にしなくていい、それより大丈夫か?」


「はい……ですがボクの奥義が……」


「そう落ち込むな、全く通用しなかったわけじゃない」


「なんだと?」


 ヴィニアの奥義を受けた粒子が、糸の切れた人形のようにポトポトと地に落ちていく。


「……へぇ、少しはやるみてぇだな」


 あれだけの努力を重ねてきたのだ、無駄に終わるわけがない。

 真正面から受け止めた以上、少なからず影響はある。


「俺のハエが死ぬなんていつぶりだ?こりゃますます楽しみになってきたな」


 しかしやはり別格、ヴィニアの奥義は魔王バアルをも撃破する一撃、それをあっさりと受け止めてしまうとは。

 もちろん今のように全く効果がないというわけではない、むしろ直撃させることさえできれば十分に倒せるほどの威力はある。


 だがまだ正面突破できるだけの力はないようだ。


「俺が隙を作る、みんなはそのタイミングを逃さず全力の一撃を叩き込んでくれ」


「テメェが来るのか?俺はメインディッシュは最後に取っておくタイプなんだがな」


 ベルゼブブが指を鳴らすと、奴を中心に無数の粒子が巨大な渦を描き出す。


「安心しろ、もうお前が二度と何かを口にすることはない」


「随分と大口を叩くじゃねぇか、じゃあコイツはどうするつもりだ⁉︎」


「ユニ!」


 渦がこちらに迫り来る直前、俺はユニにアイコンタクトを送る。

 どうやらこちらの意思は伝わったらしい、ユニはニヤリと笑いながら頷いた。


 ベルゼブブは油断している、ならば今決め切るしかない。


「どうするって?そんなの、焼き尽くすに決まってるだろ」


 こちらも魔法によって同じ規模の炎の渦を作り出し、奴の言う“ハエ”とやらにぶつける。

 虫には火が一番だ、瞬く間に前方が炎の海に包まれる。


「今だ!」


「任せなさい!」


 直後、ユニの魔法が一閃、炎の海を貫いてベルゼブブに迫る。

 視界が完全に遮られた状態からの予測不可能の攻撃。


「おいおい、危ねぇじゃねぇか。視えてなきゃやられてたところだったぜ」


 だがベルゼブブには当たっていなかった。

 そして、その左目からは妖しい紫紺の光が放たれていたのであった。

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