第43話 衝突

「いややわ、そんな睨まんといてや」


 飄々とした態度で笑みを浮かべながらも、計り知れないプレッシャーを放つアスモデウス。

 

 今の話を聞いた時点でわかってはいたのだが、例えそれがなくても直感的に理解していただろう。

 この化け物は、バアルよりも遥かに強くて恐ろしい危険な悪魔。

 

 この世界のラスボスであるはずの魔王すらも凌ぐ最強にして最恐、最悪にして災厄の存在。


 しかしそんな局面に対峙しているこの状況において、俺は不思議と納得していた。


 コイツは同じだ。

 偉大なる王の血と素質を受け継ぎ、真の悪魔の王として覚醒した俺と同じ。

 本来この世界ゲームに登場するはずのないイレギュラー、魔王軍すらも前座にしてしまうほどの真の敵。


「まさか、もう地獄を支配したというの?」


「さすがにそれは無理よ。でもあの人らに任せてたら時間の問題やからな、ウチはこっちに見学に来とってん。みんなが頑張ってるとこ見るの好きやから」


「それだけのつもりじゃないでしょう?」


「いやいや、初めはホンマに見るだけやってん。でも、素敵な人を見つけてしもたからなぁ」


 そう言ってアスモデウスは俺を見る。


「気をつけて、レオ王子。彼女はあまりにも危険すぎるわ」


「そないな言い方せんでもええやん。ウチもグレモリーちゃんと一緒やで、レオくんを好きになってしもてん。愛してるんよ」


「私は貴女のように『愛してる人』とやらをことごとく絞め殺したりなんてしないわ、一緒にしないで」


「今まではそうしてきたけどな、レオくんは違うんよ。それはみんなわかっとることやろ?」


 どれだけ警戒されても、敵意をぶつけられても、アスモデウスは少しも表情を崩さない。

 こちらが戦意を削がれそうになるほどの余裕、万が一ここの全員と戦うことになっても絶対に負けることはない、そんな自信があるからこその態度。


「なあレオくん、ウチらと一緒に来てや。そしたらレオくんはこの世界全ての王様になれるで」


「だが、お前たちはそのために人類も悪魔も皆殺しにするつもりなんだろ?」


「それが目的ってわけじゃないで?でも邪魔してくるならしゃーないやんな」


 アスモデウスはそうするのがさも当然と言わんばかりに、あっさりと自然体のままそう答える。


「……それを聞いてお前たちの仲間になるわけにはいかない」


「そっか……それも全部アンタらのせいやな、おらんかったらレオくんがまだ王として目覚めんくて、ウチの話も聞いてくれたのに」


 両の眼にグレモリーたちを捉えながら、アスモデウスはようやく身につけていた仮面を脱ぎ捨てる。

 七大悪魔の一つに数えられ、悪魔からも恐れられていたその獰猛な本性が露わになる。


「責任とって、みんなには死んでもらうな。その姿の方がウチも愛せそうやし」


 軽く腕を振り払うような動作で放たれたのは、この国そのものを焼き尽くしてしまいそうなほどの火球。

 避けることは許されない、この国の人たちを守るためにはこちらからも魔法をぶつけて相殺するほかない。


「みんな下がってろ!」


 強すぎても弱すぎてもダメだ。

 しっかりと感覚を研ぎ澄ませて魔法の威力を感じ取り、全く同じ威力の同じ魔法をぶつけて対消滅させる。


「あの魔法を止めた?これが我らが真の王の力か……」


「気を抜いている場合じゃないぞ、バアル。あんなの、アイツにとって準備運動にすらならない」


「そやなぁ、でもそれはレオくんにとっても一緒やろ?」


「……」


「戦ってるとこみたらすぐにわかるよ。レオくんって一回も本気出したことないやろ」


「レオ王子……そうなの?」


 グレモリーは目をまん丸に見開いて俺を見る。


「別に手を抜いていたとか、そういうわけじゃないんだ」


 初めてモンスターと戦ったあの日、シアンを救うためにオークを倒したあの時。

 俺は全力で魔法を放ったつもりだった、でも実際はそうではなかった。

 初めてのモンスターとの戦い、一歩間違えれば死ぬかもしれないという状況で、普段通りの力が出せるはずもない。


 自分がイメージするそれの半分にも遠く及ばない程度の威力だった。

 

 しかし、シアンはそれを見て『今の呪文は秘奥火炎呪文“フランダール”だ』と言った。

 俺の失敗した魔法が、ゲームにおいて秘奥と呼ばれるほどの魔法、選ばれし者が旅の終盤になってようやく身につけるそれに匹敵すると言われたのだ。


 あれからいくつもの経験を重ね、今なら戦場でもある程度の平常心を保てるようになった、本来の実力も発揮できる。

 だが俺が本気で魔法を放ったらどうなってしまうのか。

 そんな未知への恐怖から、俺は無意識のうちに魔力をセーブするようになってしまった。


 半分の力も出さないように、ゲームに出てくる魔法の範疇を超えないように。


「怖かったんだ、全力を出すのが」


「そうだったの……ふふっ、さすがは真の悪魔の王、私の夫となる人ね」


「でももう怖くない。みんなを失う、それ以上に怖いものはないから……」


 全力を出したら仲間のみんなにも危害が及ぶのではないか、そんな恐怖がずっと付き纏っていた。

 だが、今はそれ以上に恐ろしい脅威が迫ってきている。

 自分でもよくわかる、知らず知らずのうちに己にかけていたリミッターが外れていくのが。


「みんなを守るためだったら、いくらでも全力が出せる」


「あれで全力には遠く及ばない、だと?やはり次元が違いすぎる、我らではとても……」


「悲観することはないわ、バアル。今の私たちには偉大なる王がついているもの、私たちも戦えるはずよ」


「なんや、みんな随分やる気やなぁ。でもその前に、もう一回だけ聞かせてな」


「なんだ」


「もしウチらの味方になったら地獄か地上、世界の半分はあげるで。どう?ウチらと一緒に来てくれへん?」


 返答など決まりきっている。

 だから俺は魔力を両の腕に込めながら答えた。


「断る」


「やんな、じゃあ力づくで手に入れるしかないわ、レオくん以外のみんなは皆殺しにしてな!」


 俺とアスモデウス、互いに放った魔法がぶつかり、巨大な爆発を引き起こす。

 この世界の命運を賭けた争い、魔王軍すらも遥かに凌ぐ脅威である七大悪魔との戦争が幕を開けたのである。

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