第42話 王の覚醒

「命令、承ったわ。ただ、その必要があるのかは疑問だけれど」


 グレモリーはバアル達を見上げて不敵に笑う。

 先ほどまで底知れぬプレッシャーを放っていたベリアルやヴィネは、今は顔面蒼白となり戦意を喪失していた。


「ようやく気づいたのね、真の悪魔の王の存在に」


 バアルだけはワナワナと震えていた。

 自身に対抗する存在が現れたことにより、プライドを傷つけられて怒りに震えているのだろうか。

 なんであろうと構わない、ここで奴を倒して戦争を終わらせる。


 身構える俺の元にバアルは真正面から向かってきて──


「これまでの非礼、心よりお詫び申し上げます。我らが主人よ」


「は?」


 降下の勢いそのままにバアルは俺の前に跪いた。

 ついでベリアルやヴィネもその背後に続く。


「ど、どういうことだ?」


「貴殿が我らが王たる者とは知らずに数々の無礼、決して許されぬことであるとは理解しております!ですがそれを承知の上、恥を忍んでお願いします。どうか我らを救ってはいただけないでしょうか!」


 状況が全く理解できない。

 先ほどまであれだけ攻撃を仕掛けてきていた悪魔たちが、今は俺に頭を下げて『助けてくれ』と懇願している。

 しかも様子を見るに命乞いをしている、というわけではなさそうだ。


「私から説明するわ、レオ王子」


 困惑する俺を見て僅かに笑みを浮かべながら、グレモリーがここに至るまでの経緯を話してくれた。



 


 

 かつて地上と地獄が血で血を洗うような熾烈な争いを繰り広げていた時代。

 グレモリーやバアルはかつて一人の人間の王に力を貸し、争いの絶えなかった地上と地獄を平定し、その二つが二度と交わることのないように分断した。

 そして人間の王は地上にてジョット王国を、彼に従った72の悪魔たちは地獄にて各々の軍団と爵位を持ち、それぞれの地の平和を守り続けていた。


 ごく稀に地獄と地上が繋がり、魔物が地上に溢れ出すことはあったものの、人間たちの手にかかれば大した問題ではなかった。

 地上と地獄は互いに隔離されたまま、各々の平和が恒久的に続くと思われていた。


「だけど地獄に現れてしまった。私たちに72の悪魔を遥かに上回る力を持ち、暴力と恐怖によって全てを支配せんとする恐るべき存在が」


 その悪魔たちは圧倒的な力によって、地獄のパワーバランスを瞬く間に塗り替えてしまった。

 72の悪魔によって保たれていた平和は崩壊、今日までに余りにも多すぎる命が失われていった。


「彼らは地獄はおろか地上すらも我がものにしようとしている。そして私たちは余りにも無力で、逃げることしかできなかった」


「だから、地上に悪魔が現れたのか?」


「幸か不幸か、奴らの強大すぎる力によって再び二つの世界は繋がってしまった。だから私たちは、各々の目的をもって地上へと移った」


 一部の悪魔は殺される前の僅かな命を好き勝手に生きようと、地上で意味もなく暴れていた。

多くの悪魔は魔王バアルを筆頭に魔王軍を結成し、地上界に侵略、人間たちを従えて恐るべき悪魔との戦力にしようとした。

 中には争いから離れて人間界に混じり、各々の趣味に興じているものもいるという。


 そしてグレモリーは奴らに対抗するための手段として、真の悪魔の王、つまり俺を探していたというわけだ。

 

 これこそが悪魔は一枚岩ではない、という言葉の真の意味だったのだ。


「かつて偉大なる王と袂を分かって以降、彼を継ぐ者が現れることはありませんでした。故に我らは真の悪魔の王の存在は諦め、我らだけで戦うことを決めました」


「そのために、俺たちの命を奪ったのか?」


「そんなつもりはなかった、生きるために仕方がなかった、などと言い訳をするつもりはありません。ただ、余りにも時が流れ、人間は我ら悪魔を恐怖の対象として認識していた。話し合い、手を取り合うことはできなかった、故に最も愚かで最も単純な手段を選んだのです」


 バアルたちにとって俺はイレギュラーな存在だったわけだ。

 いるとは思っていなかった、悪魔の王としての素質を持つ者。

 初めから俺の存在を知っていれば、共に戦う道を選び、人類に危害を加えるようなこともなかったのかも知れない。


「ただ、どんな事情があってもお前たちがたくさんの人を傷つけ、殺したのは変えられない事実だ」


「承知しております、責任ならば如何様にも取るおつもりです。お望みならば今ここで命を断ちます。ですが、それでもどうか、残された我らの同胞を救うために力を貸してほしいのです。頼れるのは貴殿しかいないのです!」


 頭を地面に擦り付けて懇願するバアル。

 彼もまた王として、民のためにプライドも命も投げ捨てて俺に縋っているのはわかる。

 それでもそう簡単に折り合いがつくものではない、奴らがこれまでしてきたことを考えると、はいそうですかと手を取り合うことなんてできない。


 じゃあ俺はどうすればいい?

 

 許せないからとコイツらの命を奪ったところで何も変わらない、失われた命が返ってくるわけではない。

 それにもしもコイツらの言う通り、王の爵位を持つバアルたちですら比にならないほどの恐るべき悪魔が人類をも滅ぼそうとしているのならば──


「はぁ、ホンマにつまらんわぁ。アンタが来んかったらウチの狙い通りになったはずやのに」


「お、お前は⁉︎」


「そんな、まさかもう⁉︎」


 その姿を視界に捉えたバアルやグレモリーを始めに、悪魔たちは一様に驚愕を露わにする。

 その様子を見て俺はなぜか理解してしまった。


 あの時感じた不気味さの正体とは。


「グレモリー、まさかアイツが……」


「はい、彼女は72の悪魔の裏切り者にして、この世界を滅ぼさんとする七大悪魔が一つ。我らが最大の敵、色欲の大罪魔・アスモデウス……!」

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