第41話 カタリナ防衛戦線⑤
王都中心街では今なお激しい戦闘が繰り広げられていた。
街中に火の手が上がり建物が倒壊しているのは、アリンとベリアルの戦闘の余波によるものだろう。
さすがは最強の女騎士、地獄の王を相手に一歩も引かず互角の戦いを続けている。
それよりも心配なのは──
「君は僕に勝てない、初めからわかりきっていたことだろう?」
「そう、まだ勝負はついていないけれど……?」
「強がったところで状況は変わらないよ」
片膝をつき、上空のヴィネを見上げるグレモリー。
身体の至る所には血が滲んでおり、見ていて非常に痛ましい。
「グレモリー、大丈夫か⁉︎」
「レオ王子……向こうは片付いたのね」
「そんなこと気にしている場合か!」
周りを見る限り他に怪我を負った人は居なさそうだ。
ユニも悪魔の大群との戦いに集中できており、シアンによる治療も確実に進んでいる。
ジオ・ガルシも無事だ、自国の軍とともに今は戦局を見つめている。
相手が格上だとわかっていながら、みんなのために自分を犠牲にしてでも足止めを続けてくれていたのだ。
「本当にごめん、遅くなった」
「気にしないで、ヴィニアちゃんを助けられてよかったわ。それに、ごめんよりも言って欲しいことがあるわ」
「そうだな。ありがとう、グレモリーが来てくれて本当に助かった」
「少しは貴方の妻になるものとしての責務を果たせたかしら」
「ああ、十分すぎるくらいにな」
「ふふっ、その言葉が聞けただけで満足だわ」
「あとは任せてくれ、アイツは俺が倒す。夫になるものとして、大切な人を傷つけられて黙っているわけにはいかないからな」
グレモリーは目を丸くしてしばらく俺を見つめたあと、ふいっと顔を逸らしてしまった。
「急にそんなことを言うのはずるいわ」
「少し待っててくれ」
グレモリーをその場に寝かせ、ヴィネの元へ向かう。
「アタシも手伝おうか?」
するとユニがそう提案してきた、どうやら他の悪魔は全て倒し終えたらしい。
「いや、大丈夫だ、俺一人でやる。ユニはグレモリーを見ていてくれ」
「わかったわ。アナタの本気ってやつも見せてもらうわよ」
「任せろ」
「また帰ってきたのかい?君が来たところで何も変わらないというのに」
「本当にそう思うか?」
向こうが襲ってきたから、戦いを挑まれたから。
今まではそんな受け身な理由で戦うことが多かった、だが今は初めて本気で敵を倒したいと感じている。
大切な仲間を、グレモリーを傷つけたヴィネを許しておくわけにはいかない。
「覚悟しろ、お前だけは絶対にここで倒す」
「ふん、何度やっても結果は同じさ!」
ヴィネは空を暗雲で覆い尽くして姿を隠してしまう。
また先ほどのように一方的にこちらを視認し、攻撃してくるつもりなのだろう。
だがそう何度も同じ手を喰らうつもりはない。
ガープとの戦いで既にヒントは得ている、姿が見えないなら全部まとめて吹き飛ばせばいい。
秘奥呪文でも火力不足、だが天才が編み出した魔法ならそれも可能だ。
「ユニ、また魔法を借りるぞ。“スノーホワイト”」
まずはこの魔法で雲をまとめて凍らせる、さらにすかさずそこにもう一撃。
“セブンスボルト”
放たれた七つの雷が凍てついた雲を貫き、粉々に砕き割る。
「なかなかの荒技を使うじゃないか、だが!」
ヴィネは慌てることなく魔力の蛇を放ってきた。
これが奴の得意とする最大火力の魔法なのだろう、ならば正面突破あるのみ。
「そっちが蛇ならこっちは竜だ」
確かに地獄の王の魔法は凄まじい威力を誇るかもしれない。
だがこちらにはそんな悪魔を上回る才能を持つ天才魔術師がいるのだ、どちらの魔法がより強力かなど考えるまでもない。
「アタシが必死に編み出した魔法をこんな簡単に使うなんて、ホント嫌になるわね……まあいいわ、それでこそアタシの夫に相応しいもの、さっさと決めなさい!」
「任せろ。“ビビッドドラゴンブラスター”」
俺の手を離れた五色の竜は蛇を飲み込み、ヴィネに向かって空を駆けていく。
「バカな、僕の魔法が威力の減衰すらできないだと⁉︎」
「これで終わりだ、ヴィネ」
竜がヴィネを飲み込んで決着がつくかに思われたその時であった。
「やはり貴様が我が目的の最大の障壁となるか」
「お前は……バアル!」
悪魔達を率いる魔王軍の長、魔王バアルが俺たちの前に立ちはだかった。
「魔王が直々に出てくるなんてどういうつもりだ」
「貴様に受けた被害は無視出来ぬものなのでな。我直々に障壁を排除しにきた」
これは本格的にマズいことになってきた。
魔王と戦う時は万全に状態で挑みたかったのだが……
しかしこうなったら泣き言は言ってられない、やるしかない。
「その前に、まずは我らが裏切り者を排除せねばならぬな」
「私は初めから貴方たちについたつもりはないわ」
「くだらぬ」
バアルは右手をグレモリーに向けると、そこから魔力の塊を連続して放出する。
「ユニちゃん、下がって!」
グレモリーは傷ついた身体を無理やり動かし、バアルの攻撃を大鎌で迎撃する。
だが一発一発が凄まじい威力だ、わずか四発目にしてグレモリーの大鎌は砕け散った。
「死ね」
「やらせるかよ!」
なおもバアルの攻撃は続くが、グレモリーのおかげで間に合った。
こちらからも秘奥火炎呪文“フランダール”をぶつけて攻撃を相殺する。
「邪魔をするか」
「グレモリーは裏切り者なんかじゃない、最初から俺たちの大切な仲間だ」
「ほう、人間が悪魔を『仲間』と表すか」
「悪魔も人間も関係ない、みんな俺の仲間で守るべき大切な存在だ」
「面白い、人間とはよくわからぬものだ」
「別に大したことじゃない。ただ、俺はみんなの王様ってだけの話だ。俺は王としてみんなを守るためにお前を討つ!!」
その時だった、突然指輪が眩い光を放ち出したのだ。
「なっ、なんだ⁉︎」
王の証として父から受け継いだ指輪、不思議な力を持つ秘宝だなんて言われていた代物。
今までなんの変哲もない指輪だと思っていたので信じていなかったが、言い伝えは本当だったのかもしれない。
「その光……その指輪……まさか⁉︎」
バアルはこれが何かわかっているらしく、酷く動揺している。
なんだ、一体何が起きているんだ。
「やはり、私の目に狂いはなかったのね」
「グレモリー、何か知っているのか?」
「ええ、その指輪は王の証」
「それは知ってる……父から王になるからと渡されて、それでつけていたけれど」
「違うわ、ジョット王国の王じゃない。王の中の王、悪魔達を統べる真の王の証左となるものよ」
「は?」
悪魔を統べる王の証だって?
グレモリーが何を言っているのかわからない。
「かつてこの世界には悪魔を従えていた人間の王がいたわ。その王がつけていた指輪がそれ、私たちに力を与え、私たちを従えるためのもの」
「この指輪が、悪魔に力を?」
「王の血を引くもの達にはその指輪と力を扱うだけの器はなかったようだけれど……レオ王子、貴方にはそれだけの才覚があった。そして今、貴方が王としての覚悟を決めたことにより、それが覚醒したのよ」
「王としての覚悟……」
それが何を表すのかはまだよくわからない。
でも確かにヴィニア、グレモリー、ユニと俺を慕ってくれる仲間が増えていくたびに、責任を感じるようにはなった。
俺が勇者の仲間として魔王と戦わなければ、俺がみんなを守らなければ、自然とそう思えるようになった。
形だけのお飾りの王、象徴としての存在。
自分なんてその程度だと思っていたのだが、もしかしたらいつの間にか──
「ま、そんなの今はどうでもいいか」
ごちゃごちゃ考えるのは後でいい。
今確かなのは一つ、俺には悪魔の王としての力が宿ったということだけ。
「グレモリー」
「ええ、任せて。レオ王子のおかげで力が湧き上がってくるわ」
グレモリーの全身から溢れんばかりの魔力が迸る。
それはヴィネやベリアルのそれを上回っている、或いはバアルに匹敵するかもしれない。
「よし。いくぞグレモリー、俺たちでアイツを倒す」
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