第39話 カタリナ防衛戦線③

「そうか、やはりお前も」


「ちょっと待ってよ、戦うつもりはないって言うたやん」


 敵意がないことを示すかのように、アスモデウスは両手を上げてヒラヒラとさせる。

 しかしここは人間と悪魔が激しく鎬を削る戦場の真っ只中、意味もなくこんなところにいるわけがない。


「それじゃあ何が目的だ」


「目的なんてないよ。あ、今できたけど」


 何を考えているのか読めないにこやかな笑みを浮かべつつ、こちらとの距離を詰めてくる。


「ウチと一緒に来てくれへん?」


「断る」


「ええ、即答なんて寂しいわ」


「戦う気がないなら俺は行く、やらなきゃいけないことがあるんだ」


「連れへんこと言わんといてや。ウチ、人間に惹かれるなんて初めてのことやのに」


「そうか、じゃあな」


 不気味な相手だが気にしている場合ではない。

 王の爵位を持っているということはそう簡単に倒すことは不可能、なら今は無視してヴィニアの元へ向かう。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「なかなか粘りますね、既に疲労は限界のはずですが」


「ボクは負けるわけにはいかない!」


 ヴィニアは中空を自由自在に舞いながら襲いかかる悪魔と戦っていた。

 だが連戦に次ぐ連戦の疲労がだいぶ来ているのだろう、ヴィニアの動きや反応はかなり鈍くなっている。

 ギリギリのところでどうにか間に合ったようだ。


「ヴィニア!」


「レオ王子⁉︎」


 ヴィニアの周囲には悪魔の亡骸が三つ、魔力の残渣を見るにどれもかなりの強敵。

 一人でこれだけの悪魔を倒すのは簡単ではない、それはボロボロに傷ついたその姿からも容易に想像できる。


「本当によく頑張ってくれた、ありがとう」 


「いえ、ボクなんて大したことはないです。それよりレオ王子はどうしてここに?」


「グレモリーに頼まれたんだ。ヴィニアを助けて欲しいってな」


「援軍ですか。ではこちらも」


 コウモリのような黒翼を広げた悪魔が指を鳴らすと、宙に浮かび上がった無数の魔法陣から次々と悪魔が現れる。


「気をつけてください、奴は第33の悪魔・ガープ。瞬間移動のような不思議な術を使います」


「わかった。不思議な術、か」


 その瞬間移動とやらも実際に見てみないことにはわからない。

 まずは牽制も兼ねて簡単な火炎呪文、中級火炎呪文“フラム”を放つ。


 人間の頭部ほどの大きさの火球は真っ直ぐガープに向かっていき、それが触れる直前のことであった。

 ガープの姿は俺のすぐ目の前にあった。


「なっ⁉︎」


 ヴィニアと共に慌てて背後に飛び退きつつ、障壁魔法で追撃を防ぐ。

 確かに何が起きたのかわからなかった、まさに瞬間移動、気がつけば距離を詰められている。


「魔力反応が少しも感じられなかった、なるほど、これは奴の特殊能力か」


 魔法を使う際には必ず魔力を消費する、なのでその反応を感じ取ることができる。

 だが今のガープにはそれがなかった、つまり瞬間移動は魔法によるものではない。

 アンドラスの『魔法屈折』やサブナックの『城壁建造』と同じ、悪魔特有の能力だ。


 これは厄介だぞ。

 能力の発動は感知できない、つまり奴がいつ瞬間移動したのか察知することは不可能。

 

「反射だけで対応するしかないってことか」


 とにかくやるしかない、まずは周囲の悪魔を掃討する。

 秘奥雷撃呪文で一気に──


「させませんよ」


 魔法の発動前にガープが距離を詰めてきた。

 ガープだけではない、周囲の悪魔も壁のように押し寄せてくる。


「レオ王子はボクが守ります!」


 接近してきたガープにヴィニアが凄まじい反応を見せ、剣で抑え込んでくれる。

 さらに近くにいる悪魔を二、三体切り伏せた。

 その隙に背後に飛んで距離を稼ぎ、奴らに向けて魔法を撃つ。


「秘奥雷撃呪文“ゼルテドライ”!」


 ヴィニアには当てないように雷の収束させ、砲撃のようにして悪魔たちに放つ。

 壁に風穴を開けるが如く直線上の悪魔は一体残さず倒したが、その他大勢は再び瞬間移動によって距離を詰めてくる。

 放射状に広がった悪魔たちを見ているとため息をつきそうになってしまった。


「圧倒的数の差は覆すことができません。それに私の能力の前には貴方たちは無力です」


「例えどんなに敵が多くても、ボクたちは負けない!」


 ヴィニアは剣に雷を纏い、それを斬撃と共に飛ばす。

 まだ奥義の段階には達していないが、魔法剣を確実に習得しつつある。

 悪魔たちの攻撃を並外れた反射速度で躱しながら反撃する様を見ても、これまで血の滲むような努力をどれだけ重ね、魔法剣を習熟してきたのかがよくわかる。


「レオ王子、何があってもボクは貴方を傷つけさせはしません」


「頼もしいな、じゃあ俺も!」


 ヴィニア一人に任せてはいられない。

 避けきれないであろう攻撃は障壁魔法でカバーしつつ、暴風呪文で背後に控えている悪魔たちを薙ぎ払う。


 ガープは俺たちに勝ち目がないなどと口にしていたが、そんなことはない。

 むしろもう勝機が見えた。


「しぶといですね、そろそろ諦めたらどうですか?」


「悪いがそういうわけにはいかない。お前の能力の秘密も見破ったわけだしな」


「本当ですか⁉︎」


「面白いことを言いますね。あの僅かな攻防で私の能力を破る術を見つけたと言うのですか?」


 瞬間移動、恐ろしく強い能力だ。

 しかもここまでの戦いを見るに、自分だけでなく仲間にも効果が及ぶらしい。

 これだけの軍団が瞬間移動しながら攻めてきたらひとたまりもないだろう。

 だが引っかかる点が二つある。


 一つは背後を取ったりはしない点だ。

 瞬間移動ができて仲間も移動させられるなら、全員で取り囲んだ状態を作れば良い。

 そこから一斉に魔法を放てば俺たちを倒せるはずなのに、何故かその手は使ってこない。


 もう一つはヴィニアの反応。

 ここに来た時点ではかなり動きや反応が鈍く、疲労とダメージが限界に達しているように見えた。

 だが一緒に戦っている今はそんな様子は微塵も感じさせない、むしろ目を見張るほどの闘いぶりを見せている。


 これらの情報から一つの仮説が導き出される。


「ガープ、お前は瞬間移動をしているのではなく、俺たちを狂わせている、そうだろ?」

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