第30話 第一次大魔侵攻⑤
「レオ王子、大丈夫ですか⁉︎」
「問題ない、こんなの軽傷だ。それにアイツの腕も一個吹き飛ばした、ダメージなら向こうのほうが大きいはずだ」
「治療は帰ってからあの王女様に任せましょう。レオ王子は少し休んでて、あとは私たちがやるわ!」
グレモリーとヴィニアが突撃し、激しい攻防が繰り広げられる。
プルソンも大きな負傷の影響か先ほどよりもこちらが優勢だ、だがあと一歩詰め切れてはいない。
やはり必要なのはあの巨像ごとプルソンを倒せる一撃か。
いつも以上に魔力を込めれば或いは──
「……ねぇ、なんでアタシを庇ったの?」
その時だった。
最も近くで俺とプルソンの攻防を目の当たりにしていたユニは、震えた声でそう言った。
「なんでって言われても」
「あの時、アタシを放っておいたらアイツを倒せたでしょ?それなのにどうして」
「そんなの、ユニに死なれたくないからに決まってるだろ」
「初対面のアタシのために、自分を犠牲にしたっていうの⁉︎」
「初対面がどうとか関係ない、それに俺がしたかったからそうしただけだ」
「……アナタは強いのね、アタシなんかよりもずっと」
ユニはその場で俯きながらポロポロと涙をこぼし始めた。
「情けないわよね。天才と持て囃されて、足を引っ張るなとか偉そうなこと言って……いざ戦場に出たら恐怖で何もできなくて、アタシの方が足引っ張ってばかり……アタシがいなきゃ、アナタはとっくにアイツを倒せてるのに」
自信家のユニがこれほどまでに落ち込んでいるところはゲームでも見たことがない。
俺は間違っていたのかもしれない、ここはゲームの世界ではあるけれど、一人一人は生きている人間だ。
みんなにはみんなの人生がある、それを無理に戦いの運命に巻き込む権利なんて俺にはない。
「ユニが気にすることじゃない。それに大丈夫だ、ユニのことは絶対に俺が守る」
誰かに任せる、そんな考えは捨てるべきだ。
今の俺は魔王軍と対峙する一人の人間で、悪魔たちをも上回る魔法を扱える存在。
他の誰でもない、俺がやらなきゃいけないんだ。
勇者パーティの一人、魔法使いレオ・サモン・ジョットとして魔王軍を倒すべきなのだ。
「どうして、アナタは戦えるのよ……」
理由なんて色々ある。
本当は戦うつもりなんて少しもなかった、王子として魔王軍にも勇者にも関わらず、静かに生きていくつもりだった。
だけどシアンの身に危険が迫って、フォラスに命を狙われて、気がつけば悪魔や魔物と戦うようになっていた。
そしてヴィニアと出会い、思い知らされた。
脅威に立ち向かい、人々を導く勇者という存在を。
多分彼女と出会って俺も変わってしまった、それを成せるだけの力があるならやらなきゃいけない、みんなを守らなきゃいけない、そう思うようになった。
だから俺は今ここにいる、プルソンと戦っている。
だけどもし一つだけ、これだけ傷ついてでも戦い、ユニを守る理由を選ぶとするならば──
「婚約者を命をかけてでも守りたいって思うのは当然のことだろ?」
「……っ⁉︎」
ここはゲームの世界なのだ、ちょっとくらいそれっぽいセリフでカッコつけてもいいだろう。
「なにそれ、バカじゃないの」
ユニは俺から目を逸らしたまま小さくそう呟いた。
それからしばらく視線を彷徨わせたあと、服の裾を握りしめながら、今度は俺の目をまっすぐに見つめてこう言った。
「死んだら承知しないから……絶対、勝って無事に帰って来なさいよね」
「わかったよ、任せろ」
色々と覚悟を決めたからだろうか、不思議と晴々とした気分だった。
俺は勇者の仲間として、ユニの代わりにバアルを倒す。
魔術の天才と呼ばれる彼女の代わりがどこまで務まるかはわからないが、やれるだけやってみせる。
「コレなら……アイツを倒せるはずだ」
俺はプルソンに向けてまっすぐに右腕を伸ばす。
そして手に込めた魔力を解き放つと、巨像を取り囲むように12個の火球が浮かび上がった。
「これ、アタシの……⁉︎」
これこそが、一撃でプルソンを倒せる魔法。
魔術の天才、ユニ・アクエスが編み出した秘奥呪文をも上回る究極の魔法。
12のフランダールを同時発動することによって放たれる荒技。
「二人とも離れろ!」
俺の声に応じてヴィニアとグレモリーがプルソンから距離を取る。
次の瞬間、12個の大火球は中央に集まり、激しい爆発を引き起こした。
「“エンドオブトゥエルヴ”……なんでアナタがそれを」
「これでも俺も国内では魔法の天才って呼ばれててな、ユニ程ではないにしても自信はあるんだ」
立ち上る黒煙の中から、ボロボロになったプルソンから現れる。
「見事だ、人間……名はなんと言う」
「俺はレオ・サモン・ジョット。覚えておけ、お前たち魔王軍を倒す男の名だ」
「レオよ……其方と戦えたこと、誇りに思う、ぞ」
そう言ったかと思うと、プルソンは立ったまま絶命した。
人間を侮ることなく、むしろ敬意を表し、最後まで王としての誇りを保ったままだった。
本当にかつてない強敵だった、勝ててホッとしている。
「あれ……」
突然膝の力が抜けてしまい、その場に倒れそうになる。
が、その前にユニが支えてくれた。
「大丈夫?」
「ありがとう、助かったよ」
「……ごめんなさい、失礼なことを言って。それに本当にありがとう、アナタがいなければアタシは死んでた」
「気にしないでいい、むしろお礼を言いたいのは俺の方だ。ユニのおかげでアイツを倒せた」
ユニがいてくれたからこそ、この魔法の存在を思い出すことができた。
ユニが編み出した魔法があれば、バアルにも勝てるはずだ。
「意味わかんない……まあでも、お礼は受け取っておくわ」
そう言ってユニは笑った。
これまで何度も見せてきた自信に満ちたそれや、どこか勝ち誇ったようなものではない、年相応の無邪気な笑みであった。
「……可愛いな」
「は、はぁっ⁉︎」
「イテッ!」
無意識のうちに思ったことを口にしてしまったのだが、どうやらそれがユニの耳に届いていたらしく、彼女は慌てて俺から距離を取る。
そのせいで立てない俺は倒れてしまった。
「な、なな、何言うのよ!」
「ゴメン、気づいたら口にしてて……」
「急に変なことを言わないでよ!」
「変じゃないだろ、本当にそう思っただけで」
「もういいから!」
ユニは顔を真っ赤にしながら大声で俺の言葉を遮ると、自分の左胸に手を当てながら深呼吸している。
「意味わかんない……なによ、これ」
「大丈夫か?もしかしてさっきのプルソンの魔法が当たったりとか」
「違うから、今は話しかけないで!アタシの方も見ないで!」
「理不尽な……」
「そんなわけない。アタシが誰かを……なんてこと、絶対にあり得ない!」
明らかに様子がおかしいのだが、声をかけようにもかけられない。
どうしたものかと思っているとヴィニアとグレモリーが帰って来た。
「レオ王子、大丈夫ですか⁉︎」
「さっきの魔法、凄かったわね……って、その子はどうしたの?」
「それがよくわからなくて」
「ふぅん」
グレモリーはどこか怪しい笑みを浮かべながらユニの元に向かう。
そしてしばらく何か話していたかと思うと、耳元で小さく囁く。
「ち、違うわよ!アタシが興味あるのは魔法だけだから!」
「そんな顔を真っ赤にして、図星なのね。うぶで可愛いわ」
「だから違うって言ってるでしょ!アイツのことなんて別に、別に……!」
「でも婚約者になるんでしょう?」
グレモリーがそう言った途端、ユニは顔を真っ赤にしたままフリーズしてしまった。
さっきまで一体何を話していたのだろうか。
「やっぱりレオ王子と一緒にいると楽しいわね、貴方を選んで正解だったわ」
「それよりも酷い怪我です、早く国に戻らないと!」
「なんでさっきから、心臓がこんなにうるさいのよ……!」
さっきまで緊迫していた戦いが続いていたとは思えないほど、三者三様の反応を見せる。
それを見ていると気が抜けてしまい、思わず笑ってしまった。
そんな俺たちを、雲の切れ目から差し込む太陽が照らし出していた。
こうして少ない被害は出したものの、デゾンガーン帝国は魔王軍の撃退に成功。
第一次大魔侵攻は人類側の勝利によって終結したのであった。
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