第22話 戦争の幕開け

 リュンヌ王国は今までこれを相手によく持ったものだ。

 まあバアルの方は地上に現れたばかりであり、本気で戦っているわけではないのだろうが。


「魔王がここに何の用だ、さっそく侵略にでも来たのか?」


「いや、これはただの余興に過ぎぬ。貴様のような面白い男に会えたのは僥倖だがな」


 そう言いながらバアルの身体は宙に浮く。


「逃げるのか?」


「十分楽しんだ。貴様の相手は我が配下に任せるとしよう」


 パチン、と指を鳴らすとバアルは姿を消した。

 まるで初めから存在していなかったのように、気配も魔力も何一つ残っていない。

 これでは魔力を辿っての探知も不可能、さすがは魔王というべきか。


 しかし向こうがそこまで本気でなくてラッキーだ。

 この場で戦うことになっていたらどうなっていたことか。


「魔王バアル……レオさん、これは」


「詳しい話は後だ。まだ敵はたくさんいるぞ」


 バアルの代わりに現れた大量の低級悪魔が俺たちを取り囲んでいる。

 とはいえコイツらなら大したことはない、魔法で一掃できる。


「秘奥氷結魔法“シガレザード”」


 近くにいるシアンたちを除き、周辺に存在するすべてのものが凍りつく。

 木々も大地も悪魔も何もかもが氷に覆われ、一瞬のうちに白銀の死の世界が創り出された。


「凄い……また強くなったのですか?」


「いや、いつもは他の人を巻き込まないようにって頑張って出力を抑えてるけど、今はちょっとあげたんだ」


「こ、これでも本気じゃないんですか?」


「一応な。それよりバアルが現れたとなるとあの二人も心配だ」


 バアルが引き連れてきた配下となると、物語終盤の敵やボスが向こう側にいる可能性も高い。

 いくら魔法が使えるようになったとはいえ、今のヴィニアではまだ厳しい。

 彼女たちを含め、俺がこの場にいるみんなを守るしかない。


「シアン、一緒に来てくれ」


「はい!治癒は私にお任せください!」


 この状況、下手に逃がそうとするくらいなら俺の側にいてくれた方が安全だ。

 そう思って行動を共にするようお願いしたのだが、やけに気合が入っている。

 聡明なシアンのことだから気がはやって先行する、なんてことはないだろうがどこから敵が来るかわからない、油断は禁物だ。


 いつどこから悪魔が接近しても対応できるよう、周辺には魔力を探知する網を張って最前線へ向かう。




「上級雷撃呪文“ゼルテル”」


 ヴィニアの魔法によって雷が降り注ぐ。

 それにより彼女の前にいた数体の悪魔は堕ちていくが、それらの間からさらに別の悪魔が襲いかかる。


「もう一発!」


「その程度の魔法が私に通用するなどと思わないでいただきたい」


 あまり魔法が効いているように見えない、やはり厄介な悪魔もバアルと一緒に来ていたようだ。


「ヴィニアちゃん、しゃがんで!」


 声の通りにヴィニアがしゃがむと、その頭上をグレモリーの大鎌が通過する。


「あら、結構不意打ちだと思ったのだけど止められるのね」


「グレモリー⁉︎なぜ貴様が人間の味方をしている!」


「話してもわからないわよ。ただ、生涯を共にしても良いと思える人間を見つけた、それだけよ」


「下らぬ……ならば人間と共に死ね!」


「死ぬのは貴方よ、サミジーナ」


 もう一体の悪魔、サミジーナの両手から無数の黒球が放たれるが、グレモリーは大鎌を振るってその全てを容易く弾き落とす。


「グレモリー!」


「心配で来てくれたの?嬉しいわね。でもコイツは私に任せて、それよりヴィニアちゃんをお願い。すごく頑張ってたから」


 グレモリーの目は嘘を言っていなかった。

 悪魔同士お互いのことはよく知り尽くしているはず、その上で任せろと言うのだから勝機はあるのだろう。


「シアン、ヴィニアを治療してくれ。その間は俺が周囲を見ておく」


「すみません、レオ王子。ボクが未熟なばかりに……」


「謝ることはない、むしろ礼を言いたいくらいだ。悪魔と戦ってこんなに死傷者少ないのはヴィニアが頑張ってくれたおかげだ」


 全身が傷だらけなのを見ても、ヴィニアが人々のためにどれだけ勇敢に戦ったのかがよくわかる。

 本当に頼もしい限りだ。

 そしてみんながこれだけやってくれてるのだ、俺だけ何もしないなんてわけにはいかない。


 覚悟を決めよう。


「ですが、ボクは王子にここを任されたというのに」


「十分やってくれたさ、だからここからは俺の番だ。それに──」


 さすがは魔王と共に地上に攻めて来た軍勢というべきか、姿は見えないもののまだあちこちに魔力反応がある。

 コイツらには地上に攻めて来たことを後悔してもらおう。


「俺の大切なメイドに手を出したんだ、コイツらを無事に帰すわけにはいかない」


「レオ王子……」


「てことで、たまにはかっこいい姿を見せておかないとな」


 俺は何としても生き延びるのだ。

 もしも魔王が地上界を征服し、俺たちを皆殺しにしようと言うのなら全力で抵抗するだけだ。


「グレモリー、バアルが地上に現れた。奴らはこれからこの地を支配する気だ」


「奴らが、地上に?」


「俺たちはこれから魔王軍と正面からぶつかることになる。グレモリーにとっては同じ悪魔との殺し合いだ、それでも俺たちと一緒にいるのか?」


「愚問ね、私は貴方の妻となるのよ?何があろうと生涯を添い遂げるわ」


「わかった。なら奴らの宣戦布告に応えるぞ」   


 今日から勇者と魔王の戦争が始まる。

 ならば勇者の代名詞でもあるこれで幕を開けるべきだろう。


「覚悟しろよ、悪魔ども。人類の本気を見せてやる」


 右の手に魔力を集中させ、指を天に掲げる。


「秘奥雷撃呪文“ゼルテドライ”!」


 大地を穿つ無数の雷が、争いの始まりを告げる合図を世界中に轟かせた。

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