第18話 異端の悪魔

「今の……ボクが?」


「そうだ。魔法と剣、その二つを組み合わせた時の威力は足し算ではなく掛け算、何よりも強力な武器になる」


「これがあればどんな悪魔にも勝てる。でも、両方使うなんてそんなこと……」


「そうだな、普通なら無理だ。でもヴィニアならいつか必ずできるようになるはずだ」


「……やっぱり、ボクの目に狂いはなかった」


 ヴィニアは拳を強く握り締め、決意と希望に満ちた瞳で俺を見つめる。


「レオ王子、改めてお願いします。ボクに魔法を教えてください!」


「オッケー、厳しく教えるからそのつもりでな」


「はい!」


 良かった、ヴィニアのやる気に火がついたようだ。

 そこまで焦っているわけではないが、1年後くらいには奥義を習得してもらおうかな。

 そうしたら旅の始まりから最強の勇者が誕生する、世界もすぐに救われるだろう。


「よし、それじゃあそろそろ帰ろうか……って、誰かいる?」


「凄いわね、簡単に悪魔を倒してしまうなんて」


 周辺一帯の住人は一人残らず避難させたはず。

 だが黒いローブに身を包んだ少し背の高い女性が俺たちの前に立っていた。


「アナタは……レオ王子、かしら」


「それ以上はこちらに近づかないでください」


 女性はコツンコツン、と足音を立てて近づいてきたのだが、それを阻むかのようにヴィニアが立ちはだかった。


「あら、近くでお顔を見たいだけなのだけれど」


「我が主人、レオ王子に怪しい者を近づけるわけにはいきません」


「怪しいだなんて傷つくわ」


「でしたらまずは素顔を晒してください」


 言われてフードを脱ぐと、その下からウェーブのかかった真っ赤なロングヘアが露わになる。

 そして見目麗しいその女性は、薄い桜色のリップに指を当てながら妖艶に笑った。


「これで満足かしら」


「なぜ貴女はここにいるのですか。既に村人はレオ王子が避難させたはず、一体何者なのですか」


「旅をしていてこの村に立ち寄ったのよ。そしたら偶然貴女たちが悪魔を倒すところを見てしまった、それだけよ」


「さすがにその嘘は無茶があるだろ」


 かなり隠そうとしているものの隠しきれていない。

 これまでの奴らと比べれば不快感のようなものはほとんど感じないが、それでもこの特有の魔力の雰囲気は悪魔のそれだ。


「奴らの仲間……いや、親玉か。それだけの実力があるのならば」


「違うわ、彼らとは無関係とはいえないけれど、仲間ではないわ。不本意にも一括りにされているだけよ」


「お前は何者だ」


「私は26の軍団を率いる地獄の公爵、第56の悪魔グレモリーよ」


「なっ⁉︎」


 グレモリーが名乗った次の瞬間、ヴィニアは腰の剣に手をかける。

 だがそれとほぼ同時にグレモリーの右手が剣の柄頭を抑え、抜剣できないようにされていた。


「いきなり酷いわね、そんな危ないものは使わないでほしいわ」


「くっ……」


 強いな、今のヴィニアでは到底敵わない相手だ。

 コレは俺がなんとかするしかない、そのはずなのだがどうにもおかしい、グレモリーからはあまり敵意のようなものを感じない。


「ふーん、それにしても貴女、可愛いわね」


 グレモリーはヴィニアに顔を近づけ、マジマジと観察してからそう言った。


「ふ、ふざけるな!」


「ふざけてないわ、本気よ。昔から言うでしょ?恋する乙女は美しいって。目を見ればわかるわ」


「一体何が目的だ!」


「本当にレオ王子に興味があるだけなの。貴方からは言葉にはできない、唯一無二の不思議な何かを感じるのよ」


「奇遇だな、俺もお前からは得体の知れない不気味さを感じるよ」


「なかなかにクールね、そこも素敵だわ。お願いがあるの、私を──」


「マルバスを殺ったのはテメェらか」


 その時だった。

 悪魔が翼の生えた雄牛に跨り、空からこちらを見下ろしていた。


「また新手の悪魔か!」


「俺は33の軍団を率いる総裁、第48の悪魔、ハーゲンティ!」


 こいつからはマルバスやフォラスと同じ、悪魔特有の粘っこい殺気を嫌というほど感じる。

 これでこそ悪魔だ、むしろ安心感すら感じてしまう。

 殺しに来ているのならば、こちらもそれに対抗すればいいだけなのだから。


「ヴィニア、さっきのもっかいやるぞ!」


「わかりました!」


「いいえ、その必要はないわ。はぁ、せっかく大事な話をしていたのに、これだから空気の読めない男は嫌いなのよ」


「テメェ、グレモリー!こんなところで何してやがる!」


「貴方に話す義理はないわ。それやり早くここを立ち去りなさい、でなければ身の安全は保証できないわ」


「相変わらず気にくわねぇ野郎だ。テメェもここで人間と一緒に死ぬか⁉︎」


「やれるものならやってみなさい」


 そのやりとりを前にして俺は呆然としていた。

 どういうことだ、なぜ悪魔同士で険悪な雰囲気になっているのだ。

 そんな困惑をよそに彼らは動き出した。


「ああ、望み通りやってやるよ。死ねェッ!」


 巨大な雄牛に跨ったまま、真っ直ぐにこちらに突っ込んでくる。

 あの身体に押し潰されれば即昇天間違いなし、俺たちは身構えるのだが。


「彼我の実力差を測ることもできない……愚鈍という他ないわね」


 何もない空間から巨大な大鎌が現れ、グレモリーはそれを握り締めると、天に向けて大きく振るう。

 ただそれだけだった。

 その一振りで雄牛とハーゲンティはあえなく両断され、絶命した。


「悪魔同士で、殺し合い……⁉︎」


「コイツのせいで説明が面倒になったわね。しょうがない、あまり性に合わないのだけれど、単刀直入に言うわ」


 グレモリーは両手に鎌を握ったまま、美しい所作でこちらに振り返り、血の雨を背景にこう言った。


「レオ王子。私を貴方の妻にしてくれないかしら」

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