第16話 修行中に

「いいか、絶対に今日は暴れるなよ?あの日は走り回って本当に大変だったんだからな!」


「で、でもあれはレオ王子が急に抱きついて匂ってくるから……汗をかいてない時ならいいですけど……」


 あれから数日後、俺たちは気を取り直して魔法の修行を始めることになった。

 宮廷魔術師に頼む、ということも考えたのだがニム王国での一件以降、国内の警備や巡回を強化することとなり、忙しそうにしていた。


 それにどういうわけか、ヴィニアも俺が相手が良いというのだ。

 まあ教えるのは習うよりも身につくとも言うしな、お互いにとってメリットがあると思っている。


「俺も半分は独学だ、だから自己流のやり方を教えていくぞ」


「よろしくお願いします!」


「よし、じゃあ触るぞ」


「はい、いつでも抱きついてきて良いですよ」


「抱きついてるわけじゃねーよ!」


 調子狂うな、ヴィニアってこんなキャラだっけ?

 ゲームで見たのは勇者という仮面を被り、それに相応しい振る舞いをする姿で、本当はこれが素の姿だったりするのかな。


「はぁ……とにかく、魔法を使うには身体の中にある魔力の流れを感じる必要がある。日々の生活の中でも少しずつ魔力は増えていくから、今のヴィニアにもあるはずだ。わかるか?」


「いや、わからないです」


「そりゃそうだろうな、だからまずはそこから始める。もう少し近づくぞ」


「もう少しって、え、ええっ⁉︎」


 俺の胸とヴィニアの背中を沿わせ、できるだけ接触面積を増やす。

 まだ足りないか、なら両の肩から指先までも同じように重ねる。


「少し待っててくれ」


「は、はい……」


 前回と違って借りてきた猫のように大人しくしてくれているのでとてもやりやすい。

 向こうも本気で修行に臨んでいるというわけだ、ならこちらもそれに応えねばならない。

 

 まずはヴィニアに体内の魔力を感じてもらう必要があるわけだが、一人で自覚できるようになるには長い時間がかかる。

 なので今から俺が外部から流れを少しいじることで、違和感という形で認識してもらおうとしているのだ。


 一度意識すればそこからはトントン拍子で進むはず。

 

「手、握るぞ」


 ヴィニアの柔らかい手をギュッと握ると、その中を流れる魔力を感じられるようになった。

 それをこちらから操作してみる。


「どうだ?」


「なんかくすぐったいです……あと……」


「あと?」


「な、なんでもないです」


「そうか、ならまずはこの感覚を覚えてくれ。これがヴィニアの魔力だ」


 一日に一気に詰め込むのも良くないが、早いところ慣れてもらうに越したことはない。

 ついでに魔法を出す時の感覚も覚えてもらおう。


 再びこちらで魔力を操作して、ヴィニアの右手のあたりに集める。


「魔法を放つ前は基本的にこうして手に魔力を集めることになる。今は俺が動かしてるが、これを自分でやって魔法を使うんだ」


「レ、レオ王子……」


「どうした?」


 ヴィニアはゆっくりとこちらを見上げる。

 頬は赤く染まり、目がとろんとしている。

 息はすっかり荒くなっており、触れた部分から伝わる熱と激しい鼓動が──


「ヴィニア⁉︎」


 なんて考えてたらヴィニアが膝から崩れ落ちてしまった。


「す、すみません……」


「急に魔力に変化があったせいか?まあいい、とりあえずそこの木陰で──」


「大変だ!ウォード村に悪魔が潜んでいて暴れ出した!」


「なんだと⁉︎」


 兵士が叫びながら城の中に入っていくところを偶然聞いてしまった。

 ウォード村とは領内にある村の一つ、農耕を営み長閑な暮らしを送る人々が住まう小さな村だ。


 国内に悪魔が潜んでいないかという調査の一環で、今日はウォード村に向かうという話は聞いていたが、ちょうどそこで見つけたのか。

 そして正体がバレた悪魔が吹っ切れて人々に危害を加え出した、というところか。


「悪魔が現れた⁉︎こうしちゃいられない……レオ王子、ボクがいきます!」


「あっ、おい待て!」


 俺の制止も聞かず、ヴィニアは剣を持って駆け出していった。

 一応俺の専属のメイドで上下関係もあるはずなのだが、どうなってるんだ。

 

 なんて言ってる場合じゃないな。

 お世辞にもウチの騎士団は強いとはいえない、悪魔相手に甚大な被害を出す可能性もある。

 そして今のヴィニアもあまり信用できない。


 しかしヴィニアのヤツはしれっと軍馬に乗っているが、どこでそんな技術を身につけ、そしてどこから馬を調達してきたんだ。


「全く、普通に厳罰もんだろ。んでそうなったら俺の責任になるじゃねーか」


 配下が起こした問題の責任を取るのは王の務め、だったはず。

 ここは王子らしく専属メイドのやらかしの責任をとって、王子らしくないけれど戦場に向かうとしよう。


「ウォード村には俺が行く、騎士団長にもそう伝えておいてくれ」


「お待ちくださいレオ王子!危険です、どうか我々に任せて貴方は」


「悪い、頼んだぞ!」


 近くの兵士に要件だけ伝え、急いでヴィニアの後を追う。

 

 必死に呼び止める声が聞こえたが当然従うつもりはない。

 俺も人のことは言ってられないな。


「おい、ヴィニア!」


「レオ王子!どうして⁉︎」


「強化魔法で追いついてきたんだよ」


「そうじゃなくて、危ないですよ!」


「人のこと言ってられないだろ、それに危ないのは村の人たちだ。援軍は期待できない、俺たち二人でなんとかするぞ」


「……はい!」


 大丈夫だ、フォラスを相手にした時と同じことをすれば問題なく倒せる。

 俺たちは一刻も早くウォード村に着くため、さらにスピードを上げて急いだ。

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