第15話 王子とメイド

「わかりました。とにかく今日からメイドとしてお仕えさせていただきます、どうかよろしくお願いします!」


「わかった、よろしく。あんまり気負わなくていいよ、俺も堅苦しいのは苦手だし。むりに『私』っていう必要もないから」


「き、気づいてたんですね」


 父と母が許可を出した以上、今更俺から何か言うことはできない。

 とりあえずしばらくはウチのメイド、俺の側近として過ごしてもらおう。


 しかし今までは特に考えたことはなかったが、女の子と意識してメイド姿をよく見ると、ヴィニアって普通に可愛いな。

 大きな赤い瞳が特徴的な中性的で整った顔立ちに、肩に届かないくらいの長さのウルフカットがよく似合っている。


 というかなんで今まで男だと思い込んでいたのか、となるくらいには魅力的で……ってよくない。

 ダメだ、最近の俺は気が緩んでいるのか欲が顔を見せつつある、ここは瞑想して心を落ち着けなければ。


「レオ王子、今から就寝なさるのですか?」


「いや、暇だから瞑想するだけだ」


「王家の務めを果たしながら空いた時間には瞑想?なるほど、強さを得るためには少しの無駄な時間も惜しむというわけですね」


 なんか一人で勝手に納得しているが、まあ気にしないでおこう。


「ところで私は何をすればよろしいのでしょうか」


「何をって言われてもな」


 もちろん城にはメイドや使用人が大勢働いてはいるが、基本的に自分でできることは自分でやるようにしていた。

 前世でそうしていたから全て人にやってもらうVIP待遇に慣れないのもあるし、あまりこき使いすぎて悪印象を抱かれたくない、というのも理由にあった。


 よく『お召し物を変えましょうか』とか言われたが、抵抗があったしな。

 やってもらっていたことといえば、掃除・洗濯・料理くらいのものか。

 

 なので専属のメイドがつくのは初めての経験なのだが、全くと言っていいほどしてもらいたいような仕事がない。

 願うことといえば強くなってもらうこと、いずれ世界を救ってもらうことくらいだ。

 あと欲を言っていいのなら俺を死の運命から守ってくれ。


「好きにしてていいぞ。強くなるために修行の旅をしてたんだろ?なら庭の適当な場所で修行とかしたらどうだ」


「わ、わかりました」


 普通にメイドとして働いてもらって、3年後にはレベル1だけど家事レベルは100になってました、とかシャレにならないからな。

 とにかく強くなってもらわなければ。


 けど勇者の修行って気になるな、少し様子を見に行ってみるか。


 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ジョット城の庭園の端、できるだけ人目のつかない場所で剣を振るうヴィニアを見つけた。

 生憎俺は魔法しか使えず武術全般はからっきしなので、その動きを見たところでどれくらいすごいのかはわからない。


 というか地味だな、ずっと素振りしているだけだ。

 瞑想ばかりの俺が言えたことではないのかもしれないが。


「修行っていつもそうして剣を振るってばかりなのか?」


「レ、レオ王子⁉︎」


「ごめん、あんなこと言っといて暇だから見にきたんだ」


「構いませんが、見ていても面白いものではないですよ?」


「いいよ、俺が見てたいだけだし。邪魔だったらいなくなるけど」


「そんなことありません、ご自由にご覧ください!」


 そう言ってヴィニアは凛々しい表情で黙々と剣を振り始めた。

 数年前に悪魔に故郷を滅ぼされ、唯一の生き残りであるヴィニア。

 今は復讐を果たすために、そして自分のような思いをする人が現れないように。


 その一心で強くなろうとしている、孤独な戦いに身を投じている。

 

 優しくて強くて他者を想う心を持っていて、自分が生き残ることだけ考えている俺とは大違いだ。

 まさしく世界の希望、人々を照らし出す光、こんなに近くにいると眩しすぎる存在だ。

 

「あの、先ほどからじっと見つめていますが、何かおかしなところはありますか?」


 そんなことを思いながらヴィニアを眺めていたら、さすがに視線が気になったのかそう言われてしまった。


「もしアドバイスなどございましたら遠慮なく仰ってください!」


「剣のことは何もわからないから無理だな、魔法なら教えられるんだけど」


「魔法ですか……ボクは真逆で魔法は使えないんです」


「えっ?」


 そんなことあるものか、勇者はゲームにおける万能キャラ、剣も魔法も何でもこなせるはずだ。

 だが確かにこれまで戦う様子を見る限り、ヴィニアが魔法を扱うところは見たことがない。

 魔法と剣を組み合わせた強力な攻撃が勇者の強さを支えているというのに。


「冗談……じゃないよな」


「はい、ボクは今まで剣の修行しかしてきてません。魔法の扱い方はよくわからないんです」


 魔法は独学で身につけるのは少々難しい、俺も生まれた時から瞑想はしていたが、魔法の練習は宮廷魔術師に教えてもらいながら始めた。

 俺のように普通は誰かに教えてもらうとこから始めるものだが、ヴィニアは孤独だからその機会がなかったのだ。


 通りでまだ弱いわけだ、納得がいった。

 逆にいえば魔法を教えればヴィニアは一気に強くなる、なら俺がここでヴィニアの才能を目覚めさせてしまえば、魔王も軽く倒せるようになるのではないか?


「魔法を使ってみるつもりはないか?わかる範囲でなら教えられるぞ」


「そ、そんなこと!レオ王子のお手を煩わせるわけにはいきません!」


「俺のことはいいよ。練習してみたいかどうか、ヴィニアの気持ちを教えてくれ」


「でしたら、やってみたいです。ボクは強くなりたい、そのためならどんな苦しいことにも耐えてみせます」


 その言葉が嘘ではないことはよく知っている、多くの苦難を乗り越えて魔王討伐を果たすところを見届けたのだからな。

 いや、たとえそれを知らずともこのまっすぐな瞳を見ればそれで十分か。


「それじゃあやるか。よし、さっそく簡単な魔法でも使ってみようぜ」


「そんな簡単にできるようになるんですか……って、ちょっと待ってください!」


 背後からヴィニアに近寄っただけなのだが、なぜか顔を真っ赤しながら後ずさる。


「どうしたんだ?さすがに今日は疲れたか?」


「そうじゃないですけど、何をするんですか⁉︎」


「人に教えたことないから言語化しにくいんだよな、だからこうやって教える」


 背中から両手を回し、ヴィニアの右手首あたりを軽く握る。


「ダ、ダメです!レオさんに汗がついてしまいます」


「別に気にしないけどな、頑張った証拠だろ?」


「耳元で話さないでください……それに、そんな顔が近いと匂いが……恥ずかしいです……」


「ん?別に臭くないぞ、むしろ──」


「キャーッ!嗅がないでください!!」


「暴れるな、今から教え……って、力強すぎ!」


 結局ヴィニアが暴れたせいで魔法を教えることはできなかった。

 しかも大騒ぎしたせいで人が集まり、王子が専属のメイドに迫っていると勘違いする人が続出してしまい、父と母は『複数の女性に愛を注ぐなんて王としての貫禄が身についた』なんて感涙する事態にまで発展。


 必死に城中で誤解を解きに回るという散々な目に遭ってしまったのであった。

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