第13話 勇者は女の子
そんなことがあり得るのか?
確かに勇者は男にしかなれないなんて決まりはない、結婚だって女の子同士ですることもあるだろう。
だからといって、ヴィニウスが女だなんて夢にも思わなかった。
しかし目の前で起きていることを信じるしかない。
いつもの爽やかで余裕げな雰囲気はすっかりと鳴りをひそめ、顔を真っ赤にしたヴィニウス。
隠すように身をよじる彼女の両腕の隙間からは、確かに女の子特有の膨らみと男が必要としない下着が──
「い、いつまで見てるんですか⁉︎」
「そうですよレオさん、早く離れて後ろを向いてください!」
シアンに引き離され、俺は急いで目を背ける。
この辺りでようやく気づいた、俺はとんでもないことをしてしまったのだろうか。
戦闘で傷ついた女の子を無理やり脱がせただなんて、襲おうとしていたと勘違いされても仕方ない。
前世なら間違いなく厳罰、それどころかより治安の悪いこの世界なら殺されても文句は言えないぞ。
「ごめん、悪気はなかったんだ!怪我の様子を確認しようとして……その、男の子だとばかり思っていたから」
「レオさん、失礼ですよ!」
「いいんです。ボクも今日まで男として振る舞ってきたんですから……」
少々時間が経って落ち着きを取り戻したのか、コホンと咳払いしてからヴィニウスが答えた。
「わざとそうしていたのか?」
「はい。ヴィニウスというのも偽りの名前、本当はヴィニアといいます」
「ではヴィニアさん、今から治療するのでじっとしていてください。レオさんは見たらダメですからね!」
厳しく釘を刺されてしまった。
なんというか、ヴィニウス……じゃなくてヴィニアよりもシアンの方が俺に対して怒っている気がするのだが、気のせいだろうか。
ともかくこれ以上俺の印象を悪くするわけにはいかないので、絶対に後ろは見ないでおこう。
「はい、これでいかがでしょうか」
「ありがとうございます、完全に痛みはなくなりました」
「良かった……」
「そろそろそっちを向いてもいいか?」
「もう少々お待ちください」
背中からゴソゴソと衣擦れの音が聞こえる。
ということは今頃ヴィニアが……なんて考えるな、さっきの光景も頭から捨て去れ。
欲は己を殺す、打ち勝つのだ。
俺はこれまで幾千と積み重ねてきた瞑想を行い、必死に変な想像に抗う。
「もう大丈夫です」
「わかった、振り向くぞ?」
ヴィニアの許可を得て振り返る。
当たり前ではあるが、ヴィニアはちゃんと服を着ていた。
「本当に悪かった。知らなかったでは済まされないことをしてしまった」
「き、気にしないでください。わからないようにしていたボクにも責任はあるので……」
そう言いながらもヴィニアはモジモジとしており、明らかに気にしている様子はある。
まさかこんなことになるなんて、これから一体どうしたらいいんだ。
もしこれで印象が最悪になっていたら、3年後に俺は間違いなく殺される。
「私も本当に驚きました。てっきりレオさんが女性に手を出そうとしたのかと」
「違う、本当に違うんだ。ただ怪我の具合を確認したかっただけで──」
「わかってます。それよりレオ王子、一つお聞きしてもいいですか?」
「なにが?」
「先ほどの魔法、一体どのようにして身につけたんですか?」
さっきというとあれか、オークとリザードマンに落とした雷のことか。
「どうって言われても、普通に雷撃魔法を使っただけだけど……」
「普通に……?それだけで秘奥雷撃呪文“ゼルテドライ”を?」
「あ、あれって“ゼルテドライ”だったんだ」
このゲームには攻撃魔法が火炎・氷結・雷撃・大地・暴風の五属性あり、それぞれの属性ごとに五段階の魔法が存在する。
ゼルテドライというのは雷撃魔法の中で最も威力の高い魔法だ。
とはいえここではゲームと違ってステータスやパラメータ、コマンドなんてものは見えない。
なので自分の魔法がどれに当たるかもわからないし、どれを使うなんて意識もしていない。
全部感覚、なんとなくである。
「レオさんは本当に凄い方なんです」
「貴女は……シアン王女、ですよね。お初にお目にかかります、ヴィニアと申します」
「どうして私の名前を?」
「実は以前一度お二人にお会いしているんです、恐らく覚えてはいないと思いますが」
そういえば初めてヴィニアと会った時、シアンは意識を失っていたんだった。
なのでこうして顔を合わせるのはこれが初めてになるのか。
「しかしまたこうして一緒にいらっしゃるなんて……お二人は特別な関係なのですか?」
なんて難しい質問なんだ。
確かに他国の王子と王女が共にいるところに二度も遭遇すれば、その関係が普通ではないことは容易にわかるだろう。
だがよりによってヴィニアに勘違いされるのは一番まずい。
本来彼女がシアンと結婚するのだ、今回もそうなるように目指す……のでいいはずだ。
「そうですね、まだ正式な婚約者というわけではありませんが、私はレオさんをお慕いしております」
こんな直球で答えられたら否定できない、ここは無難な答えでやり切らなければ。
「そうだな、少なくとも懇意にさせてもらっていることに違いはない」
「そうなんですか、てっきりご婚約されてるとばかり…………今の反応、レオ王子の方はまだ……」
ヴィニアはブツブツと何やら呟きながら考え事をしたかと思うと、「よし!」と手を叩いて勢いよく顔を上げる、そこにはまだ僅かに赤みが残っていた。
そして純粋無垢な、それでいて僅かに潤んだ瞳で俺を見つめながら、こう言ったのだ。
「レオ王子、無礼を承知でお願いします。ボクを雇ってください……そして、貴方のそばにいさせてください!」
「……え?」
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