第9話 フォラス王子

「それで魔法の訓練を始めてみたんですけどなかなか上手くいかなくて……」


「一朝一夕で身につくものじゃないからな、少しずつ積み重ねていくことが大事だと思うぞ」


「そうですね。改めてレオさんがどれほど凄いのかを認識しました」


「俺なんてまだまだだよ」


 突然の縁談から三日後、俺たちは毎晩こうして魔水晶を通して話をしている。

 話といっても政治に関わるものは一つもなく、その日何があったとか、どんな食事が好きか、趣味はなんなのかといった、他愛もない会話ばかりである。


 縁談については一旦保留ということで落ち着きはしたものの、その日あったことを共有し合いたい、お互いのことをもっと深く知りたいというシアンの希望により、毎晩少しずつ会話する機会を設ける運びとなったのだ。


 こうしていると前世での友人が彼女と夜電話して眠い、なんてよく言っていたことを思い出す。

 ついぞ俺が体験することのなかった青春とはこういうものだったのだろうか。


「あっ、もうこんな時間……レオさんと話していると時間があっという間に過ぎてしまいます」


「そろそろ寝ようか、今日も楽しかったよ」


「私もです、名残惜しいですがまた明日」


「ああ、また明日」


 しかしいくら両国王が容認しているとはいえ、なかなか凄いことだよな。

 着実に外堀が埋められているのを感じる。


「にしても、フォラスはどうしたもんかな」


 シアン、ひいてはリュンヌ王国との親交を深めているのは決して悪いことではないと思う。

 今の状態ならばヴィニウスに倒されることも自国民に処刑されることもないと断言できる。


 だが悪魔の存在もこの世界に生きる上で無視できない大きな問題だ。


 奴らはゲームでも強力な存在として描写されている。

 俺が強くなっているとはいえ、そう簡単に勝てる相手ではない、と思う。

 そもそもヴィニウスに倒される原因も、レオが悪魔に魂を売り渡して契約したことにある。


 なのでフォラスは要注意だ。


「俺とシアンの関係を嗅ぎつけて、変に目をつけられなきゃいいんだけどな……」


 そんな不安を抱えながら眠ったのだが──




「王様、ニム王国より文がどどきました」


 翌日、執務室でいつものように王となるための勉強をしていると、そんな報せが届いた。

 

「ニム王国から?」


「なんでも彼の国のフォラス王子がレオ様に興味を持っているらしく、ぜひお会いしてみたいと」


 どうやら事態は良くない方に動き出しているようだった。


「フォラス王子が?レオよ、何か心当たりはあるか?」


「いえ。ですが、先日のオークの一件が知れ渡ったのかもしれません」


 本当は心当たりしかないのだが、フォラスが悪魔だとかシアンの命を狙って縁談を持ちかけているだとか、そんなこと父には説明のしようがない。

 とりあえず適当な理由をつけてはぐらかしておく。


「ふむ、どうやら其方は既に他国の王家より認められているようだな、父として鼻が高いぞ」


 確かに認められているかもしれない、計画の障害として。

 正直なところ会いたくはないのだが、ここで断れば外交問題に発展する可能性が高い。

 さすがに向こうも今は王子として潜入しているのだ、いきなりこっちの命を狙うような暴挙には出ないだろう。


 ここは一旦向こうの要求に応え、何も知らないふりをしつつ穏便に済ませるのが吉だ。


「私も光栄に思います、是非ともフォラス王子と良き時間を過ごせたらと考えております。と、お伝え願えますか」


「承知いたしました」


 やはりこの人生はハードモードだ。

 そう思いながらも覚悟を決め、その時が来るのを待った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 そして迎えた当日、正装に身を包んだ俺は純白の手袋をはめながら深く息を吐く。

 すると部屋のドアが三度ノックされた。


「レオ王子、フォラス王子のお越しです」


「初めまして、レオ王子。私がフォラス・ニムです、本日はこのような場を設けていただき誠にありがとうございます」


 ずっと前から王家として生きてきたかのような慣れた様子で挨拶をするフォラス。

 最初から知っていなければその正体が悪魔であると見抜くことは不可能であっただろう。


「初めまして、フォラス王子。こちらこそ、この度は私に興味を持っていただけたとのことで、恐悦至極に存じます」


 だけど俺にはわかる、こう見えてコイツは敵意剥き出しだ。

 よほど魔法に熟達したものでなければわからないだろうが、こちらを伺うかのようにごく微量の魔力を漂わせてきている。


 お互いに顔を上げて目を合わせる、その瞬間ほんのわずかにだがフォラスの口の端が上がった気がした。


「それでは私は失礼します」


 フォラスをここまで案内してきた使用人が部屋を後にする。

 さあ、ここからが本番だ。


 無言の探り合い、牽制はとうに始まっている。

 ならいっそのこと、まどろっこしいのは抜きにして正面から切り込んでやる。

 

「堅苦しい挨拶はここまでにして、単刀直入に伺います。本日私の元に来られたのは、隣国のシアン王女に関してでしょうか」


「どうやら事情は全て理解されているようですね。それでは早速要件を、どうかシアン王女から身を引いていただけないでしょうか」


 自分の身の安全だけを考えるのならば、ここであっさりと引いてしまいたい。

 だが向こうの王の前で将来を誓ったことになっている手前、簡単に引き下がってしまえば俺への信頼は地に堕ちる。


 最悪国交にも影響を及ぼすことを考えると無しだ。


「申し訳ありませんが、それはできません」


「なるほど、貴方も彼女を欲しているというわけですね?」


 この肌にべっとりとまとわりつくような魔力の気配は人間のそれとは違う、今までに感じたことのないものだ。

 これが悪魔特有の魔力というわけか、非常に不快だ。


 それにこの言い回しも気に入らない。


「欲している、という言葉には同意しかねます」

 

「おっと失礼。『愛している』といった方が適切でしょうか」


「ええ、そうですね。私は彼女を愛しています」

 

 最悪の事態に備えてこの部屋には防音魔法を張っている、外に俺たちの声が聞こえることはない。

 今はとにかくボロを出すことなくこの場をやり過ごすことを優先する。


「そうですか。それではここは正々堂々と決闘で勝負をつけませんか?」


「決闘⁉︎」


 突然の提案に思わず素で返してしまった。


「これからの時代、より魔物の動きが活発になるかもしれない。王といえど愛する者を守れるくらいの強さは必要、そう思いませんか?」


 よく言ったものだ、その激動の事態を招くのは他でもないお前たちだというのに。


「しかし私たちが戦うのは難しい。なので、どちらがより多くの魔物を倒せるかを競うのです」


 面倒な提案をしてきたものだ。

 悪魔の誘いにそう簡単に乗っていいものなのだろうか。

 何か裏があるのではないかと疑うのは当然のことである。


「では私からも提案を。我々は王家の人間、互いの身に何かあってはいけないのでしっかりとしたルールの範囲内で行いたいのですが」


「そのルールとやらをお聞かせ願えますか?」


「討伐対象の魔物はあらかじめ捕獲したものを使用し、決闘のエリアも区切ります。外部からの侵入がないよう厳重に警備を配置、我らにも万が一の事態に備えて多数の監視をつけた上で、エリア内に解き放たれた魔物をどちらがより多く倒せるかで勝敗を決するのです」


 完全に自由なフィールドでやれば、悪魔であるコイツが自由に動けてしまう。

 それを避けるために常に人の監視の目に置かれた状態に持っていく。

 王族である以上万が一にも重大な事故を避けるため、と理由づけもしっかりしている、これは断れないはずだ。


 そして俺の予想ではコイツはこれを受け入れる。


「わかりました、そのようにいたしましょう」


 恐らくコイツは俺のことを大したことないと見下している、先ほどから放たれる魔力にもあえて反応していないからだ。

 微弱な魔力には気づかない程度の実力、ならば変な手を使わずとも王家の者として俺に勝てる、そう踏んで俺の提案を受け入れたのだ。

 

 完璧だ、これならどっちに転がってもいい。

 これはあくまでどちらが身を引くかの勝負、勝ったところでシアンとの婚約が決まるわけではない。


 つまり俺が勝てば現状維持。

 負けてもシアンがフォラスに靡くこともない、シアンが一方的にフォラスから言い寄られてるだけのゲーム本来の状態に戻るだけ、しかもフォラスから俺への警戒は緩まるはず。


 実質既に勝ったようなものである。


「それでは決闘は一週間後といたしましょう。それでよろしいですか?レオ王子」


「ええ、構いません」


「ではその日を心待ちにしております」


 こうして俺とフォラスによる決闘が予定されたのである。

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