第7話 縁談

「それでは、お食事の用意が出来次第お呼びしますので、それまではお二人でお過ごしください」


 シアンは馬車で長時間移動してきたばかり、すぐに食事が始まるわけではない。

 会食の場を用意するまでの間、俺たちは二人きりで庭園で過ごすこととなっている。


 キリキリと胃が痛むのだが、今言うしかない。

 とにかく俺が将来を誓ったという誤解を解かないことには何も始まらないのだから。


「あの、シアン王女……」


「今は二人きりです。なので、私のことはシアンと……そう呼んでいただけないでしょうか。」


「……わかりました、シアンさん。では今は私のことも王子と呼ばなくて構いません。それより先日のことなのですが」


「呼び捨てで構いません。それと敬語も無しでお願いします、そうしていただきたいのです」


 色々と突っ込みたくなるが、一旦飲み込んで話を進める。


「……じゃあ、シアン」


「はい!」


 俺が名前を呼んだだけで嬉しそうに返事をする。

 ゲームでは使命や魔王軍との戦闘に追われてばかりであり、こうした年相応の姿はなかなか見れないので新鮮である。

 もっと清楚でお淑やかなイメージが強かったが、こんなに無邪気に笑えるのかと思わず目を奪われてしまう。


「あ、えっと……」


「先日のことですよね?改めて誠にありがとうございます、レオさんのおかげで私は今もこうしてここにいられます。あの姿はまるで御伽噺に出てくる伝説の勇者様のようでした」


「俺は勇者なんで大それたものじゃない、あの場にいた人たちさえも救えなくて……」


 確かにシアンを救い出すことはできた。

 だが視察に向かうシアンに付き添っていた警護の兵士は、皆オークにやられてしまった。

 

「せめて俺が回復魔法を使えたら、全員救えたはずなのに」


 この世界には魔法の適性、いわゆる相性のようなものがある。

 適性がある魔法ならば修行すればいつかは使えるようになるし、努力次第で練度をいくらでも高めることができる。

 だが適性のない魔法は天地がひっくり返っても使えるようにはならない。


 努力によって1を10000にすることはできても、0を1にすることは絶対にできないのだ。


 俺は大抵の適性はあったようだが、治癒魔法や解毒魔法、修復魔法といった“回復魔法”に大別される魔法は一切適性がなかった。

 ちなみに本物の勇者は攻撃、補助、回復、全てに適性があるオールラウンダーである。

 間違ってもこの世界における俺は勇者ではない、その勇者に倒される冴えない悪役なのだ。


「ですが、レオさんが私を助けてくださったことに変わりはありません」


 シアンは両の手のひらで俺の手を包み込むように握りしめると、真っ直ぐな眼差しを向けていった。


「少なくとも貴方は、私にとっての勇者なのです誰がなんと言おうとそれだけは譲れません」


「シアン……」


「それに、貴方にできないことは私がやります。お互いに支え合い、共に歩んでいく、それが夫婦というものですから」


「夫婦……?そうだ!」


 あの日の凄惨な光景を思い出して感傷に浸りかけていたが、そんな場合ではなかった。

 まずはこの縁談をどうにかしなければ。


「俺はよくわかってないんだけど……あの、将来を誓ったりしたっけ?」


「何を言うのですか、私はしっかり覚えています。我が国の後継は心配いらない、そう言ってくださったのは他でもないレオさんではありませんか」


「それは確かに言ったけど」


「案ずることはない、自分が後継となるのだから。あの場で堂々と宣言する姿、今でも鮮明に覚えております」


「……え?」


 この時俺はようやく理解した。

 お互いの認識に大きな齟齬があったことを。

 確かにあの会話の流れで『心配いらない』なんていえば勘違いされるかもしれない、しかも3年後といえば俺が成人となり結婚ができるようになる歳。

 

 勇者のこととかこの国の行く末を何も知らない人が聞けば、『結婚できる年齢になったらシアンを妻にして国を任せろ』ととられてもおかしくない。

 完全に俺のミスだ、あの発言のせいで俺が将来を誓ったことになってしまったんだ。


 まだだ、諦めるにはまだ早い。

 そもそもシアンの気持ちが大事なのだ。


「シアン、俺たちは王家の人間だ。だけど、その前に一人の人間でもある」


「急にどうされたのですか?」


「俺は思うんだ。例え王家であっても政略結婚なんてものはあってはならない、自由に恋愛をすべきだと。己の望むものと結ばれるべきだと」


「まあ……」


 シアンは口元を両手で抑えながら驚きを露わにする。

 そりゃそうだ、王族にとって結婚は大きな外交の材料の一つ。

 今まで多くの国が政略結婚によって成り立ってきた、それに真っ向から歯向かうような発言をしたのだから。


「俺だけじゃない。シアンにも、シアンの望む人と結ばれて欲しいと思う。国の後継や存続、色々な不安はあるかもしれない、だけど自分の気持ちから目を逸らしては欲しくないんだ」


「レオさん……!ありがとうございます!」


 何故だろう、シアンは突然俺の胸に飛び込んできた。


「レオさんがそんなにも私のことを考えていてくれたなんて……」


「ま、まあな。俺も、できれば愛する人と結ばれたいからさ」


 これは本心だ、まず彼女が欲しい。

 前世もいなかったからな、二つの人生続けて一度も付き合ったことがないってのはさすがに寂しすぎる。


「レオさんは知っていたのですね。私に別の縁談が持ちかけられていることを」


「へっ?」


 別の縁談、だと?

 やがてヴィニウスと結ばれるシアンにそんなものあるはずが……いや、待て。

 シアンが序盤から加入するメインヒロインなのですっかり忘れていたが、確かシアンにはゲーム開始時点においては婚約者がいる設定のはず。


「他に縁談があるのですか?」


 もしも俺の予想が正しければ、この先すごく面倒なことが待ち受けているだろう。


「はい、ニム王国の王子から……」


 ニム王国の王子、フォラス・ニム。

 

 本来のシアンの婚約者であり、この世界、『レメゲトンファンタジア』における最初のボスである。

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