第5話 リュンヌ城へ

「ここまでくれば一安心ですね。では、ここで失礼します」


「よろしいのですか?」


「ええ、私がいては怪しまれるでしょうし、王子だけの方が話も進みやすいでしょう」


「そうですか、本当に助かりました」


「お役に立てて光栄です、それでは」


 見返りも何も求めることなく去っていくヴィニウス。

 普通王子や王女を助けたのだから褒美の一つくらい期待しそうなものだが、本当に善意と正義心だけで動いているのだろう。


 つくづく勇者はすごいな、と思う


「ん……」


「良かった、目覚められましたか」


「ここは……って、えっ⁉︎」


 目を覚ましたシアンは突然顔を真っ赤に染め、両手で覆い隠してしまった。

 

「その、私なんてことを!」


「いかがなさいましたか?もしやどこか具合が悪いのですか?」


「そうではなく……えっと、この格好は……」


 今の俺はシアンをお姫様抱っこしている。

 気を失っているのだからこうして運ぶしかなかった、まあ実際シアンはお姫様だしな。

 

「ご無礼を承知で城までお運びいたしました」


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません!重かったでしょうに!」


「そんなことはありません。むしろ……いえ、なんでもありません」


 ここまで抱えて来たが思いとは少しも思わなかった、むしろ軽すぎて不安になるくらいだ。

 ただ女性に対して体重のことを話すのはタブーだし、相手が王女様となると尚更だ。


「言い淀むなんて、やっぱり重かったのでは⁉︎ダメです、もうお嫁に行けません!」


「王女様、誤解を招く発言はおやめください!下ろしますよ!」

 

 こんなところ誰かに見られては誤解を招く、というか俺の首が飛ぶ。

 

「あ……」


 変な声を出すのもやめてくれ、心臓に悪い。

 内心ヒヤヒヤしながらも深呼吸して落ち着きを取り戻す。


「さあ、早く城に戻りましょう」


「そ、そうですね。皆が心配しているでしょうし……」


「王女様!」


 なんて思っていたらちょうど大軍が城下町の門を抜けてこちらに向かって来ている。

 恐らく王女が襲撃されたと聞いてすぐさま救出のための討伐隊を結成したのだろう。


「王女様、ご無事でしたか⁉︎」


「はい、私はなんともありません」


「それに貴方は……ジョット王国のレオ王子では⁉︎」


「ええ、まあ……」


「失礼しました!とんだご無礼を、申し訳ありません!」


「いやいや、いいって!」


 討伐隊のリーダーは大慌てで馬から降りて跪こうとする。

 仕方ないとはわかっているけどやっぱり慣れない、王子様も案外楽ではない。


「しかし、何故レオ王子がここに?」


「レオ王子が一人勇敢にオークに立ち向かい、私を救い出してくださったのです。彼は命の恩人です」


「なんと、そうでしたか。さあ王女様、お父上が大変心配なさっております、こちらへ。レオ王子もお越しください」


「いや、俺は……」


「一緒に来てくれませんか?」


 無事に送り届けたしこのまま帰ろう、なんて思っていたのだが、シアンは俺の手をギュッと握りしめ、潤んだ瞳で上目遣いでそう尋ねてくる。

 多分無意識の行動なのだろうが、俺はそれを直視できず顔を逸らす。


「命の恩人である貴方をこのまま帰したくないのです、どうかお礼をさせてください」


 断っては彼らの顔に泥を塗る行為になってしまうだろう。

 仕方ない、ここは好意に甘えるとするか。


「わかりました。それでは少し失礼いたします」


 俺がそう答えると、シアンは花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。


「はい、ではこちらへ!」


 そして明らかに上機嫌になりながら俺の手を引いていく。

 やばい、胃が痛くなって来た。

 隣国の王子が王城にお邪魔するだなんてとんでもないことだぞ、ここで俺がやらかせば外交問題に発展してしまう。


 落ち着け、これまで教わった礼儀と仕草を思い出すんだ。


 ウキウキのシアンの横で、俺は滝のような汗を浮かべていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「レオ王子!我が娘を救っていただきなんと申したら良いか!」


「頭をお上げください、ロン王!」


 謁見の間では俺にとっての地獄絵図が繰り広げられていた。

 シアンの父親、現リュンヌ王国国王であるロン・ソメイユは俺に向かって土下座をしかねない勢いで感謝の意を示そうとしている。


 こんなつもりじゃなかったのに。

 とりあえずシアンを助けて、ハイさよならで国に帰る予定がどうしてこうなった。


「娘の命に変えられるものなどない、一体どのようにしてお礼をすれば良いのか」


「本当にそんなつもりはなかったんです、何も望んではおりません!」


「しかしそれでは我の気は……」


「王様、ジョット王国よりレオ王子の迎えが参ったようです」


 ナイスタイミング!

 誰だか知らないが本当にありがたい。


「では私はこの辺りで失礼いたします」


「待ってくれ、まだ我らは何もできておらぬ!」


「私は見返りを求めたわけではありません。近年は魔物の動きが活発になり、大国を中心に治安の悪化が嘆かれております。そのような時代だからこそ、隣国同士手を取り合って民のためにより良い国にしていきたい、ただそれだけなのです」


 あ、今の俺ものすごくそれっぽいこと言った気がする。

 どんなもんよ、これが王子歴15年の高貴な発言だ。


「レオ王子……」


「ふむ、其方のような王子がおられるとは、今後ジョット王国の繁栄は約束されたようなものだな。我が国も早いところ後継の不安をなんとかせねば……」


「ご心配なく。もうあと3年もすればその不安は消えるでしょう」


「まぁ……」


「なんと」


 なにせ救世の勇者様が現れるのだからな。

 長きに渡る旅の末に魔王を討伐した後、ヴィニウスとシアンはめでたく結ばれ、この国は勇者を国王に据えることとなる。

 そうなれば安泰も安泰だ、いずれは世界一の大国となることが約束されている。


 むしろウチの方が不安まみれだ。

 歴史通り進めばあっさり滅亡してリュンヌに併合されるわけだしな。

 万が一その未来を逃れたとして生きるために瞑想と修行ばかりの俺にいい相手がいるわけもなく。

 

 そういやこの国では18から成人で結婚できるんだっけ?

 俺は巷では『欲が一つもない人間もどき』なんて噂されているらしいし、ああ見えて父も母も内心不安がっているのだろう。

 一般人なら孫の顔は諦めてくれ、とバッサリ言えるのだが王家となるとそうはいかない。


 まあその辺は3年後を乗り越えてから考えよう。


「レオ王子、それって……」


「全く、実に頼もしいな。これからもよろしく頼むぞ、レオ王子」


 ん?どういう文脈からそんな流れになったのだ。

 あれか、ともに手を取り合うって話か、それならお互い歩み寄っていきたい。


「是非、これからも末長くよろしくお願いいたします」


 我ながら100点満点ではないだろうか。

 失礼がないどころか隣国と友好的な関係を築けた、これ以上の結果はないだろう。


「では失礼いたします。また会う日を心よりお待ちしております」


「私も、その時が来るのを待ち望んでおります」


「まあそう遠くない近いうちに会えるであろう。さあ、娘の恩人のお帰りだ!」


 そんな派手なのはいらないのに、なんて言う前に城の人たちに盛大に見送られながら、迎えの騎士団長と共に自国に戻る。


 平穏な昼下がりに突如として訪れた危機は、どうにか無事に幕を下ろしたのであった。

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