第4話 勇者との出会い

「シアン王女、お怪我は?」


「いえ、大丈夫です……」


「そうですか、本当に良かった……」


 俺はホッと胸を撫で下ろす。

 本当に危ないところだった、あと数分遅れていたらシアンはオークに殺されていたかも知らない。

 そうなったらこの世界の運命はバッドエンドまっしぐらだ、そうならなくて本当に良かった。


「立てますか?」


「その……お恥ずかしい話ですが、腰が抜けてしまって……」


「無理もありません。しばし時間が経つのを待ちましょうか」


「すみません。あと、よろしければ手を握っていただけないでしょうか」


「お安いご用です」


 シアンに言われた通りに右手を取る。

 その手はひどく震えていた、先ほどまで死の恐怖に晒されていたのだから当然か。

 よく見ると目元を潤んでいて今にも泣き出しそうだ。


 そうだよな、いくらゲームの主人公だからといって生きている人間なのだ、死への恐怖が無いわけがない。

 ましてやまだ聖女でもなければ勇者一行の一員でもない、大切に育てられて来た一人の王女。

 その一環として自国の視察を行なった帰りに魔物の群れに襲われる、それはいったいどれほど恐ろしいことだったのだろう。


「失礼します」


 気がつけば恐る恐るシアンを抱きしめていた。

 何となくそうした方が良いと思ったからだ。

 シアンも最初はビクッと大きく震えたものの、向こうのほうから俺の胸に顔を埋め、両手を背中に回して来た。

 そして少しして静かに泣き始めた。


 改めて一人であってもここまで来て良かったと思った。

 魔王がどう、とか俺が生きる確率が上がった、とかそんなのは関係ない。

 ただただ純粋に、シアンを守ることができて嬉しく思う。


 彼女が落ち着いたら城まで送り届けて──


「グルァァッ!」


「なっ、まだいたのか⁉︎」


 突然背後からオークの叫び声が聞こえた。

 どうやら一頭だけ群れを逸れていたらしい、そのせいで先ほどの魔法に巻き込まれずに済んだのだ。

 振り向きざまに魔法をくれてやる、と思ったのだがすんでのところで踏みとどまる。

 

 俺とオークの間に一つの影があったからだ。


「大丈夫ですか⁉︎」


「なっ⁉︎」


 顔を合わせるのは初めて、だが俺は彼をよく知っている。

 少年の名はヴィニウス・クライフ、のちに勇者となる男。

 つまりこの世界の主人公である。


「どなたかは知りませんが、ここはボクに任せてください!」


 ヴィニウスは腰の剣を抜くとオークに立ち向かっていく。

 さすがは勇者、あるいは主人公というべきか、少しも臆することなく立ち向かっていくその姿は頼りになる。

 だがゲームの開始、つまりヴィニウスが勇者として旅立つのは3年後の話。


 まだまだ未熟なようで、オーク相手にほぼ互角の戦いを繰り広げている。

 まあ今のヴィニウスはレベル1、下手したらまだそこにすら到達していないと考えれば当然の話か。


 となると逆にあれだけのオークを殲滅した俺はどうなってんだ……


「って、そんな場合じゃないな」


 ここで死なれたり大怪我されたりしたら困る、俺はヴィニウスにバフ魔法を複数かけた。


「なんだ?急に力が……これならいける!」


 ヴィニウスは目を見張るような動きでオークの攻撃を躱すと、懐に潜り込んで一閃。

 それが決め手となり、オークは仰向けに倒れこんだ。


「どうにか倒せたか……」


 ヴィニウスは一息ついてから剣についた血を拭い、こちらに振り返る。


「怪我はないですか?」


「ええ、助かりました。あの……」


「ボクはヴィニウス、訳あって今は修行の旅をしています。その途中で偶然にも魔物の叫び声を聞きつけたので」


「ありがとうございます、なんとお礼を申したら良いか」


「お気になさらないでください。こんな時代なんです、お互いに手をとって助け合っていかなければ」


 さすがは主人公、というべきか。

 爽やかで完璧な返答はあまりにも眩しすぎて思わず目を逸らしそうになってしまう。


「それに、むしろお礼を言うのはボクの方です。先ほどは助けていただきありがとうございました」


 俺の補助魔法にも気づいていたのか。

 まあ勇者なんだから当然か、いずれは世界を救う訳だしな。


「ところであなた方は……」


「申し遅れました。私は隣国のジョット王国の王子、レオ・サモン・ジョットと申します。改めて窮地を救っていただいたこと、心よりお礼申し上げます。そしてこちらは……」


 胸元に視線を落とすと、死の恐怖から解放された安心感からか、シアンは気を失っていた。


「この国の王女、シアン様です」


「王子様に王女様⁉︎」


 俺たちの身分を知ったヴィニウスは平伏しようとしたが、俺は慌ててそれを止める。

 15年王子として過ごして来たが、それでも前世の影響か畏まられるのはむず痒いのだ。

 まして相手がいずれ世界を救う勇者、俺の死の原因を作る人物となると尚更だ。


「失礼ですが、何故そのような方がここに?」


「我が国とこの国にオークの群れが出没したのです。そして視察の帰り際、不幸にも王女が襲われたと知り急いで馳せ参じたのです」


「そうでしたか」


「今頃城の者も不安がっていることでしょう。私はシアン様を城にお連れいたします」


「ではボクもご一緒します。何かあったときはお任せください」


 こうして俺たちはヴィニウスと共にリュンヌ王城へと向かうことになった。

 道中では何度かモンスターと遭遇したが、護衛のヴィニウスが全部倒してくれた。

 

 そして歩き始めて1時間、俺たちは無事にリュンヌ城下町に辿り着いたのであった。

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