第3話 その王子、最強につき

「それでは参ります」


「ああ、全速力で向かってくれ」


 歩兵隊、騎馬隊、魔術師隊で結成されたオーク討伐隊が隣国との領境に向かって出発した。

 俺のためにわざわざ馬車を用意させてしまったのは申し訳ないな、その分働かねば。


 まあ活躍する自信はそれなりにある、奴らの弱点は十分把握しているからだ。

 オークは火炎魔法に弱い、理由はシンプルで、主人公パーティが初期に使える魔法が火炎魔法だけだからだ。


 ちなみに俺は基本的な属性魔法は一通り使える。

 原作のレオはさほど強くはなかったが、0歳から修行した甲斐あってそれなりの実力にはなったと思う。


 しかし道中は暇だな。

 よし、とりあえず瞑想しておこう。

 こういう緊張する時にこそ、精神を研ぎ澄ませることで落ち着きを取り戻すと共に、魔力を高められるのだ。


 15年も行えば慣れたもので、馬車に揺られながらでも瞑想くらい簡単にできる。

 しかししばらくして揺れが激しくなった、森の中の街道を通り始めたのだろう。


 そろそろ遭遇してもおかしくないかな、なんて思っていたら急に馬車が動きを止めた。


「どうした?何があった」


 どうしたのかと外を見ると、正面から向かってくる騎馬小隊と鉢合わせたらしい。

 馬の様子を見るにかなり飛ばしているようだが何かあったのだろうか。


「レオ王子!なぜ貴方が」


「今は良い。それよりどうしたのだ」


「我らは偵察隊です、群生地の規模と位置を確認したため報告に戻る最中でした」


「群生地の?奴らはリュンヌへ侵攻を開始したのではなかったのか?」


「いえ、現在はこの街道を進んで右に曲がったところで陣取って食事をしております。数は20〜30です」


 どういうことだ、先ほどの兵士と話が噛み合わない。


 どちらかが嘘をついている?

 いや、そんなはずはない、メリットがどこにもない。


 リュンヌへの侵攻は間違った報告?

 オークの群れなんて目立つものを見間違えるとは考えにくい、その線も薄いだろう。

 一瞬だけ隣国に攻め入って帰って来た、何で不可解な行動を取るとも考えにくい。


 何かがおかしい、何かを見落としているような……


「はっ、まさか⁉︎」


 そもそも父は偵察隊に対して群れの規模と生息地を報告するように命じた、だがあの兵士が伝えたのは『リュンヌへ侵攻する群れの発見報告』だった。

 それに対して目の前の彼らは規模と生息地を把握している、つまりこちらが父の命によって結成された偵察部隊。

 

 ではリュンヌへの侵攻を報告に来たのは何だったのか。

 一度目の群生地の発見報告とはまた別の報告だったのだ、つまり──


「オークの群れは二つ存在している!」


 我が国の領内に陣取っているオークとリュンヌに侵攻しているオークが別々に存在しているのだ。

 これはマズイ、この討伐隊では領内にいるオークを相手するので精一杯だ。


 リュンヌ側まで戦力を回す余裕はない。

 仕方ないがまずは自国の平定を最優先にして──


「王子、誰かきます!」


「あの格好は……リュンヌの兵か!」


 街道の奥から現れたのは、全身泥まみれになったリュンヌ王国の兵士であった。


「その格好、何があったのですか」


「貴方はレオ王子……急ぎディビド王にお伝えください。王女様が領内の視察を終えられた帰り際、オークに襲われました。現在護衛隊が交戦しておりますが、このままでは敗北は時間の問題。どうか援軍をお願いしたいのです……」


「なっ⁉︎」


 王女様、つまりシアンがオークに襲われているだと?

 しかも領内の視察となれば大した兵はつけていないはず、その状態でオークの群れに襲われたらひとたまりもない。


 マズイぞ、こんなところでシアンが死ぬようなことになればこの世界は終わりだ。

 魔王討伐の大事なメンバーが欠け、勇者が敗北するかもしれない。

 そうなれば当然俺も死ぬ、これまで真っ当に生きるための努力も全て水泡に帰す。


 ここは決断の時だ。


「偵察隊はこの勇敢な者を城へ、治療を受けさせるのだ」


「はっ!」


「討伐隊はこのまま前進、領内のオークの群れを殲滅せよ」


「承知しました。それでは早速」


「いや、俺は別行動だ。王女を助けに向かう」


「何をおっしゃるのですか⁉︎王子一人で行かせることなどできるはずがありませぬ!」


「もはや猶予はない!よいか、これは命令だ。各自命を守ることを最優先に、己の責務を全うせよ!」


 こうなったらやるしかない。

 絶対にシアンを死なせるわけにはいかないのだ。


「そちらはまかせたぞ!」


「王子、お待ちください!」


 討伐隊の隊長の制止を振り切り、全速力で隣国へと向かう。

 移動速度強化の魔法を自身に何重にも付与した今、誰も俺に追いつくことはできない。

 あっという間に国境を超えてさらに進むと、前方から戦闘音が聞こえて来た。


 心臓がうるさい、頭の奥深くにまで鼓動が響く。

 左手で胸を押さえ、大きく息を吐きながら右手に精神を集中させる。

 

「やるしかないんだ……」


 自分自身にそう言い聞かせて、一番近くにいるオークの顔面に火球を飛ばす。


「ゴルォォォォッ!!」


 顔を焼かれたオークが悲鳴をあげ、近くにいた数体が俺の存在に気づいた。

 だが今はそれらを相手している場合ではない、その群れの先にシアンがいるのを見つけたからだ。

 まずは彼女の保護が最優先だ。


「シアン王女!」


「貴方は……レオ王子⁉︎」


 お互いに隣国の王家の子、ということもあって最低限の面識はある。

 向こうも俺が誰かはすぐにわかったらしい。


「良かった、間に合ったようですね」


「どうして貴方がこんなところへ……」


「貴女を助けに馳せ参じたのです。私の後ろへお下がりください、危険ですので」


 シアンを背にしてオークの群れと相対する。

 数はざっと20といったところか、普段の護衛ではとても相手にできるものではない。

 既にほとんど壊滅状態だ、ギリギリのタイミングだったらしい。


 ただ、言葉は悪いがやりやすくなった。

 仲間のことを考えず戦えるからな。

 持てる力を全力で放つだけでいい。


「灰燼と化せ」


 15年間の弛まぬ修行によって得た魔力を両の腕に込め、奴らの弱点である火炎魔法を放つ。


「そんな……これは、秘奥火炎呪文“フランダール”⁉︎」


 俺の手を離れた炎の波は一瞬にしてオークを飲み込み、塵一つ残さないほどに焼き尽くしていく。

 恐怖すら覚えるその光景を前にして、シアンは呆然としていた。

 そして張本人である俺もまた唖然とすることしかできなかった。


 確かに全部倒す勢いでやったとはいえ、ここまでの火力になるとは思っていなかったのだ。

 己の手によって作り出された地獄のような光景を目の当たりにしながら、再び俺は思うのであった。


 もしかして、修行やりすぎた?

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