第2部

サイコ編

新たなる日常

『ピピピピピピピ……』


 3月28日、私の日常は目覚まし時計の音から始まる。


「……夢か」


 私は、高校時代の夢から醒め、現実へと引き戻される。


 ガチャ


「……起きたんだね。おはよう」


 私の部屋の扉が開き、幼馴染の箱根ダンが私に微笑みかける。


 ここは、オーリン国の中にあるダンが治める街、ポッポズワールドの中心にある巨大構造物、ポッポベースの一室。


 数日前、私はダンの要求を飲み、彼の妻としてこの街へとやってきた。




『おはよう、我が主とその妻。今日は私が腕をふるって目玉焼きを作りました。ぜひとも食べていただきたいです』


 ダンが二番目に信用している側近のトンコさんが、ポッポベースの共有キッチンで目玉焼きを作る。


「トンコさん、ありがとうございます」


『いえいえ、私にできることはこれくらいなので』


 トンコさんは殺人鬼だとは思えないくらいにとてもいい人である。


「ダン、リンさん、おはよ」


 続いて、ダンが3番目に信用している側近のテンスケさんがキッチンと地続きになっているダイニングの扉を開ける。


『テンスケ、いつもよりも早いですね。眠気のほうは大丈夫なのでしょうか』


「いい匂いがしたから、頑張って起きてみたよ」


 テンスケさんが、殺人鬼だとは思えないような可愛げのある発言と表情をする。


 やがて彼らは、ダイニングにいくつかあるテーブルの上で、それぞれの食事を食べる。

 

「……やっぱり、誰にも存在を否定されずに食べる朝食は美味しいな」


 ダンがいままでの所業を忘れるレベルで穏やかな顔をしながら、ゆっくりゆっくりと目玉焼きを口に入れる。


「人間だった頃は、せっかちな叔母に『ちゃっちゃと食え、ノロマのクズ』って罵倒されながらだったからなぁ……いい朝だよほんと」


 箱根ダンの叔母こと箱根救恵すくえは、箱根ダンによってすでに命を奪われている。


 各種証言から、思いやりと配慮に欠けた人物だったことがわかっており、ネット上では死してなお誹謗中傷の対象になっている。


「ほんとうに……いい朝だね」


 私は、下手に彼を刺激しないよう無難な感想を述べる。






 箱根ダンは、昔から感情的になると手が付けられなくなるところがあった。


 しかし、感情的にさえならなければ、穏やかな人でもあった。


『ポッポマンとその眷属は、精神が安定すると極端に弱体化する』


 それが、AIとカウンセラーたちで話し合った末に見出した、ポッポマン達を止めるカギであった。


 いま、世界はポッポマンたちとかりそめの不干渉条約を結びつつある。

  

 ダンを始めとした眷属の皆さんも、日に日に表情や口調が穏やかになっており、作戦の経過は順調であろう。


 まあ、1人だけなぜか日に日に顔色が悪くなっている方がいるのが心配ではあるのだけど。


 とにかく、私の使命はここでポッポマンの思い通りに動き、彼を大幅に弱体化させることに変わりはない。


 私はここ数日食べきれなかった朝食をきちんと完食し


『ごちそうさまでした!』


 元気よく食材に感謝を述べた。

 




■□■□■□■





「おいしい……美味しいよ……久しぶりの瑞穂の空気はおしいよ……!」


 3月28日の午前中、将庫しょうご県の山奥に、第四将軍こと脇田ヤクマルはいた。


 彼は鉄道将軍会議の翌日、一気に膨れ上がったポッポマンへの恐怖によって皮肉にも完全な眷属になってしまった。


 皮肉にも、目覚めた能力は『同族ワープ』という彼の逃亡したい心理と逃亡できない絶望をそのまま反映したかのようなものであった。


 『同族ワープ』とは、簡単に言うと条件付きの空間転移能力であり、出来ることは大きく分けて2つある。


 1つは、ポッポマンやその眷属のすぐ近くに自分がワープすること。


 そしてもう1つは、ポッポマンやその眷属を自分の近くにワープさせることであった。


 ダンはその能力を強く気に入り、彼に『ファミリア』という皮肉極まりない鉄道名まで貰うことになった。


 転移対象外の存在も転移対象者が持ったりすることで転移させることが可能であるため、丸山リンの両親の拉致にも関わることになったのであった。

 

 そんな彼は今、将庫県にあるポッポマン大好き倶楽部員の基地を訪れている。


 例の拉致事件以降も、まだ瑞穂には眷属化した大好き倶楽部の部員が残っており、いつか来るかもしれない指示を待っている。


「そういえば第四将軍様、最近、首都近郊の山奥でサイコと思わしきバケモノが目撃されたそうですよ」


「……死んだんじゃ……ないんスか?」


 ヤクマルの見解には、確固たるエビデンスがある。


 国立研究所襲撃時に行方不明になって以降、ゴウタの超感覚もトンコのテレパシーも、サイコこと松田セイサクの存在を捉えられていない。

 

 能力の発現と共にポッポマンの全眷属の存在を知覚できるようになったヤクマルですら、その存在を確認できていない。


 普通に考えて、死んだとしか思えない状態である。


「持っている能力の影響で、ポッポマン側からは認知できない状態になっているとかは……ありえないか」


(……そうか!そういう可能性もあるのか!)


 部員の一言は、ヤクマルに大きな気付きを与えた。


 自分が逃亡願望でワープ能力に目覚めたように、松田セイサクもポッポマンから逃げたいという決意でそういう力に目覚めたのかもしれない。

 

 そして、その能力が他者にもかけられる仕様なら、それを使って自分も自由の身になれるかもしれない。


 ヤクマルの中に、ひとつの希望が芽生えた。


「……わかりました。サイコの件はポッポマン勢力の危機になりかねないので、俺が第四将軍の名のもとに、きちんと調査する」


(セイサクと接触して、自由になれる手がかりを探すぞ!)


 こうして、日に日に顔色が悪くなっている眷属こと脇田ヤクマルは自由になるべく、ダンが気付かないところで、独自行動を始めつつあった。

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