嫁入り

「出水さん、鈴鹿さん、灰原さん、雲鳥さん……いままでありがとうございました。私が向こうに行っても、元気でいてくださいね」


 3月25日午後4時の国立研究所、丸山リンがボーンロイド複数台もといそれらを操るボーンロイド隊員たちに別れを告げる。


 彼らは今まで、丸山リンの輸送や護衛等を手伝っていたので彼女と面識があったのだ。


「四木村さんたち、ヘイアンさん、タイラさん、あの時はありがとうございました……きちんと、作戦通り務めを果たします」


『こちらこそ……すまない。我々大人が不甲斐ないばかりに……望まぬ結婚という悲劇をなかば強制させてしまった』


『……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい』


 ボーンロイド越しに、四木村夫妻が謝罪を述べる。


「いえ、これは彼のSOSに応えられなかった私への罰なんです。だから、罪悪感に苦しまないでください」


『かしこまりました……今後は罪悪感に囚われぬよう気を付けつつ、あなたが作ってくださった例のブツの研究を進めてまいります……どうか、お元気で』


「そしてネリちゃん……私がいなくても、悲しい顔をしないでね。死んじゃうわけじゃないんだから、同じ空の下に……私たちはいるんだから」


「リンちゃん……リンちゃん……ぐすっ、ぐっ……」


 鎌倉ネリの目からは、悲しみを帯びた涙が次々と出てくる。


「どうしても寂しい時はさ……キミの身体のなかに私の細胞があることを思い出してね。私は……いつもキミのそばにいるよ」


「うぐっ……うっ……わかった……がんばるからね……」


『……そろそろ、輸送用ヘリに乗りましょう。日没までに間に合わなくなります……本当は、別れたくないですが』


 タイラが、ヘリへの登場を不本意ながら促す。


「じゃあ、みんな……またね」


 リンを乗せたヘリの扉が閉まり、ヘリは空へと飛び立った。




『なんで……こんなことになってしまったんだ……!どうして、どうしてあんなバケモノが産まれてしまったんだ!』


 ヘリの離陸後、灰原オサムは思わず、ポッポマンの理不尽さに対し怒りを漏らす。


『……ポッポマンもとい箱根ダンの人格形成には、人間社会が持つマイノリティへの不寛容さが大きく関わっていると思われます』


 ヘイアンが、冷静に原因を分析する。


『捜査の結果……箱根ダンには生まれつき、対人関係や社会性活を苦手とする「ASDSA」という発達障害があったことがわかりました』


 出水タロウが、箱根ダンの持病を明かす。


『え……なにそれ、初耳なんだけど』


『……下手に開示してしまえば、同じ障害を持つ者が迫害されかねないので、今まで秘匿していたのです……ですが、あなた達には言うべきでしたね』


 それから、出水タロウは箱根ダンについての話を続けた。


 彼は、両親死亡前までは障害への対処を療育センターと呼ばれる施設にて行っており、ある程度適切な治療を受けていたこと。


 両親死亡後、プライドの強い叔父夫婦によって障害を持っていることとその治療行為を否定され、障害の症状が悪化していったこと。


 そして、箱根ダンが持つ特定の人間への執着や社会性の乏しさはこの障害の症状である可能性がとても高いこと。


 それらすべてを、淡々と話し続けた。


『先天的ハンデが理解されず、本人の人格形成に悪影響を及ぼすという事例は……よくあることだ。俺もかつては……そうだったから』


 四木村啓助も、生まれつきどんなに練習しても字が上手く書けない書字障害ディスグラフィアという発達障害を抱えていた。


 彼もまた、子供時代に幼馴染以外の人々にハンディキャップを理解してもらえなかった結果、精神を病んでいき安楽死しようとした過去があるのだ。


『正直……彼の悪行はそれで許せる範疇はんちゅうをとっくに超えているが……社会が発達障害に寛容だったならば、未来は違っていたのかもな』


 啓助がボーンロイド越しに見挙げた空には、もうリンが乗っているヘリの姿はなかった。


  


■□■□■□■




 午後5時のポッポズワールドに、ヘリが降り立つ。


 ヘリの扉が開き、リンがオーリンの地に足を踏み入れる。


「来てくれたんだね……ずっと、ずっと待っていたよ」


「……お父さんとお母さんは、無事なんだよね」


 全くかみ合っていない会話が、幼馴染同士の間で交わされる。


 あたりにはポッポマン由来のどす黒い霧のようなケムリが充満し、妖しく艶めかしい雰囲気が漂う。


「大丈夫だぜぇ。ほれ、そのヘリにこの二人を乗せてくれ」


「リン……」

「リンちゃん……」


 口は塞がれてないものの、身体を縄でグルグル巻きにされたリンの両親がゴウタによって引っ張り出され、ヘリへと乗せられていく。


 ヘリは両親を乗せた後、即座に飛び立つ。




「さあ、晴れて恋人同士になったんだ。手を……つないでくれないか。新居に案内する」


 ダンが、少し恥ずかしながらも手をつなぐことを要求する。


「……わかった」


 リンはダンの手を余計な力を込めないよう握る。


 2人は、ポッポベースに向かって歩き始める。


 道中には、黒い霧に紛れ、ランタンを持った眷属たちがこの嫁入りを祝うかのように道筋を照らす。


「ついに……僕の人生が、始まるんだ」


 ふと、ダンがそんな独り言をつぶやく。


 ダンは、幸せに満ちていた。



 



 






 半年後、ダンは想い人から裏切られ、最終的に命を落とすことになる。

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