ダコンの制裁

 今から5年前、アレスカ政府は火星からやってきた知性生命体と接触することになった。


 彼らは地球の技術力では作れないであろう高性能な生物兵器『ダコン』をアレスカ政府に渡す代わりに、とある密約を交わした。


『これからは、どんなに人類がピンチになったとしても我々火星人とは関わらない』


 もともと、地球外生命体には深入りしないつもりだった政府はそれを了承。


「……今思えば、その密約はポッポマンの面倒事に巻き込まれないためのものだったのかもなぁ」


 すでに役目を終えたタマゴの殻を見つつ、そうつぶやくアレスカ大統領。


 オーリンの現地時間は、14時になろうとしていた。




■□■□■□■




『死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない……!』


 涙で出来た家の端っこで、小田原ガクオことモブ1は震えて怯え続ける。

 

 彼は見てしまった。


 ダコンが放つ冷気によって次々と倒れていく不完全な眷属たちを。


 彼は見てしまった。


 抵抗しようとしたディスコが冷気を放つ虫に囲まれて一気に冷たくなってしまったところを。


 彼は恐れてしまった。


 自分が死ぬということに対して。


『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない』


 ドゴオオオオン!


 彼の恐怖が限界に達しようとしたとき、墜落のような轟音が外で鳴り響いた。


『ああっああっヤダ!ヤダァ!』


 カッ!


 そこでモブ1の負の感情は一種の臨界点を超え、彼の身体がサナギで覆われ始めた。


 彼は達してしまったのだ。


 完全な眷属になりうる負の感情の基準値へと。


 そして今、ポッポマンたちも目的地に達することになった。




『俺の街……メチャクチャにしやがって!ぶっ壊してやる!』


 エンジンの結露で墜落した戦闘機から脱出したポッポマンが見たのは、吹雪に襲われている都市予定地と、冷たくなって倒れている眷属たちであった。


[拙者の名はダコン。拙者も、そなたの邪悪な野望を壊したいと思っている]


 けだるげな口調で、ダコンが先ほどアベンジに言われた指摘を守って律儀に自己紹介をする。


『自分の欲しいもの手に入れようとする過程が邪悪だと?!このバケモノめ!オマエは人間のこと何にも分かってないな!』


[人間社会では、誰かに危害を加える手段は『邪悪』とみなされる傾向にあることがわからないオマエの方が、よっぽど人間のこと分かってない]


『あるのかよ……一般常識!』


[拙者は、卵の中に居たときから人間たちにいろんなことを教えてもらった……みんなを傷つけるオマエを、拙者は絶対に許さない!]


『壊せるもんなら壊してみろよ!オリャア!』


 ドッ……ドオオオオオ!


 ポッポマンが墜落した戦闘機の破片を空に浮くダコンへと投げつける。


 しかし、ダコンは身体を無数のハエに変えてそれを避けきり、再び同じ場所に居座る。


[……この程度か。何が無敵の化物なんだ?これなら、拙者の方がよほど無敵のバケモノだと思うんだが]


 そう言いつつ、ダコンが冷気を放つ虫をポッポマンに向けて、身体から放出し始める。


[必殺奥義、絶対霊弩ぜったいれいど……!人間はこういうの、好きなんだろ?]


 かつてタマゴ越しに見たヒーロー漫画のように、ダコンが技名を言いつつ、実際に技をしかける。


 シンシンシンシン……!


 ポッポマンの周囲にたかった虫が、冷たそうな羽音を立ててすさまじいほどの冷気を放つ。


『さむ……い……なんで……むてきなのに……』


 あまりの寒さと連戦の疲れで、ポッポマンの意識が遠ざかり始める。


 [ハハハハハ……どうやら、高温とは違って、低温には耐性がないようだな。みじめだぞ、箱根ダン]


『ぐ、そ……ころす……ぜったい、に……ころっ』


 ドサッ


 殺意に満ちた言葉とは裏腹に、ポッポマンの意識は途切れた。



■□■□■□■



『ねえ、しっかりして……しっかりして……!』


 箱根ダンの精神世界に、雪が吹き荒れる。


 こちらでも気を失い倒れるダンを、ポガステアが全力で揺らす。


『ぽがす、てあ。たのむ……力を、かして……』 


 心の中ですら瀕死になろうとしていたダンが、ポガステアの助力を求める。


『……』


 ポガステアは迷った。


 彼はダンの心越しに、ポッポマンがやらかした悪行の数々を見てきた。


 今ここで力を貸さなければ、ポッポマンは力尽きて人々は安心するだろう。


 しかし、今ここに横たわっているのは自分にとってたった2人しかいない親友である。

 

 簡単には見捨てられるような相手ではない。


『……まよわないでよ。ぼくたち……親友じゃないか』


 ダンが言い放ったその一言をきっかけにポガステアは思い出した。




 かつて受けた受難と、友情と、別れの記憶を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る