純粋でも純水でもない涙

『……オマエは確か、ゴウタの兄か。いいかげん、お兄ちゃんに恵まれた境遇を返したらどうだ?』


 リキッポもとい箱根ダンが、ついさっき乱入したばかりの化物を煽る。


 ダンはゴウタを通じて鎌倉ネリのことをおおよそ知っていた。


 顔こそあまりよく知らないが、ほぼ盲目の兄と違って健常な肉体と精神を持って生まれたことやゴウタから親の愛を奪ったことは、きちんと知っていた。


『うっ……えっ……』


『ネリちゃん、お兄さんの件で悪いのはキミじゃない。悪いのは障害の有無で子供の扱いに差を付けたあなたの両親と、被害妄想が激しいあなたのお兄さん!』


 突然の悪口でタジタジになるエレキを、シュポガールが励ます。


『いや、ゴウタは何も悪くない。だって、彼は自ら望んでこの世界に生れたわけじゃない……俺の友達を、悪く言うな!』

ジョバジョバジョバジョバ……!


 リキッポが友達を侮辱されたことに対し、大げさに涙を流しながらキレる。


『こんなクソ世界に生れてしまったことが……すべての不幸の始まりなんだよっ!休憩所ラブホテル大解体!』


 自分たちのような不幸な人々を生み出した親たちへの憎悪を力に変え、リキッポは涙を上空に集めてラブホテルのような塊へと変える。


『か弱き者の叫びを……聞けえええええええ!聞いてよオオオ!なんで!なんで!夢を叶える力すらない状態で、俺たちは生まれてきてしまったんだあああ!!』


 バリッ!ドゴドドゴドゴドゴ!


 そして、ラブホテルに無数の亀裂が入って砕け、無数の亀裂がシュポガールたちめがけて勢いよく落ちてくる。


『こっち、こっち……おいで、おいで』

 バチバチバチ……


 エレキはとっさの判断で、国立研究所の中でも建物に近い入口エリアから建物がほぼない運動場エリアへと電流をまといつつ移動する。


 リキッポの攻撃位置を少しでも建物からずらし、建物への被害を抑えるためである。


『ちょっと急用!』

ヴァン!


 一方、シュポガールは何を思ったのか急に裏世界へと去る。


『……ん?』


 謎の離脱に疑問を抱くリキッポ。


 しかし、バトルにおいて細かい疑問は不要とすぐに割りきり、リキッポは次の技のために涙腺を全力で動かし始める。


『飲まれろ!人粕ヒトカス社会コミュニティ大決壊だいけっかい!』


 運動場エリア唯一の建物である機材倉庫の上に立ったリキッポの目から、これまでとは比にならない量の涙が一気に放出される。


 しかし、エレキはまっすぐとリキッポを見つめ、先んじて技名を言い放つ。


『エレクトリック・サンデー!』


 次の瞬間、エレキの全身からすさまじい量の電流が放出される。


 粗削りゆえの、すさまじい範囲の放電。


 シュポガールがついさっき離脱したのは、これに巻き込まれないためであった。


 電流は、不純物が混じっている水の中なら流れることができる。


 涙は、純粋な水ではなかった。


 リキッポの涙に、電流が走った。


 バチッ!バチッ!バチッ!バチッ!

『なっ!なんだこのチカチカした電流は?!』


 彼女の放電には、ちょっとした工夫がなされていた。


 リキッポの無敵の力を消耗させるため、0.1秒間隔で電流を止めたり流したりを繰り返していたのだ。


 涙を通して何度も攻撃が行われたと判断したリキッポの『無敵の力』によって、リキッポは急速な勢いで体力を消耗していく。


『ハア……ハア……これはさすがに、まずい!』


 初めて変身後に疲労を感じることになったリキッポは、撤退を決意した。


 その時であった。


『我が主!我が主!向こうが緊急事態です!撤退用の戦闘機も近くに来ました!逃げましょう!我らの都市が―――』


ワイヤーがテレパシー越しで撤退を進めるとともに、オーリンで起きた緊急事態を伝える。


『……マジか。今いく!』


 リキッポは先ほどまでの好戦的な態度がウソだったかのように、全力でワイヤーに指定された場所へと逃走を図り始める。


『にげないで……にげないで……!』

 

 バシュン!バシュン!


 後ろからエレキに何度も電撃と思わしき攻撃を放たれても、もう気にする余裕すらなかった。


『待て!箱根ダン!まだ話は終わってないよ!』


 さっき急用でいなくなったはずのシュポガールも、どこからともなく表れて、なぜか赤っぽくなった電柱を投げつけてくる。


『グッ!』


『助けに、来たヨ!』


 そこに、変身したボン・ジンドーことモブ29が加勢する。


『なんか姿が違うな……そうか、完全な眷属になったんだな!おめでとう!』


 モブ29は、先ほどまで続いていたヘイアンと双璧をなす高性能AI『タイラ』との戦いで大幅に成長していた。


『バリア、展開すル!』


 彼の身体は怒りに燃え滾るように真っ赤になり、皿のような形状をしたバリアまで出せるようになっていた。


『よし!これで無駄に消耗しなくて済む!ありがとう、アンガー!』


『いい名前だネ。気に入ったヨ!』


 ダンが即席でつけた名前を、ジンドーことアンガーはすぐに気に入った。


『まったく!まさか妹までバケモンになるとはねぇ!クソ展開だぁ!」

 

 続いて、スラッシュも彼らと合流する。


『でも、殺害はさすがにお預けだなぁ。……今回の事態、今までにないピンチだぜぇ』


 バシュバシュバシュ!

『皆の者、戦闘機はこっちだ!』


 すでにオーリンの大型戦闘機が着陸した場所にて、ワイヤーが糸を上空に伸ばして合流の合図を送る。


 彼らは全速力で着陸地点を目指し、1分足らずで到着した。


『よし、乗るヨ!』


『待って、サイコはどこいった』


『アイツは……多分死んだ。俺の気配感知に引っ掛からないし、ワイヤーのテレパシーも届かないそうだ』


『……わかった。乗ろう』


 こうして、ポッポマンとその仲間たち4人(うち1人は口の中だが)はすでに眷属化していたオーリン軍人が操縦する大型戦闘機に乗り込んだ。


 間髪入れず、戦闘機は空へと飛び立ち、彼らは瑞穂を去っていった。

  





■□■□■□■






 そのころ、オーリンにある都市建設予定地では―――


『おい、ディスコ!ディスコ!しっかりしろ!』


 猛吹雪の中、冷たくなろうとしているディスコの身体を、バケモノに変身した綾瀬ノリオことアベンジがゆさぶる。


『おのれ……頭部猥褻とうぶわいせつ野郎!なんでこんなことするんですか!あと、せめて名前くらいは名乗りましょう!』


 アベンジが見つめる吹雪の空の先には、ポッポマンたちとは異なる出自を持つバケモノが冷気を発しつつ空に浮かんでいた。


 彼の全身は青と黒の縞模様になっており、頭部が人間の男性の局所を模したような形をしており、それ以外は人間をソックリであった。




[ヘイ、ユー。拙者の名はダコン……]


 そのバケモノの名はダコン。


[世界を救う者、ダコンだ]


 世界を救う決意に燃える、生まれながらのバケモノである。


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