誰もいない病室と動き出す隣国


 3月4日の19時すぎ、ポッポ一味でもひと足先に病院にたどり着いたリキッドは、衝撃の光景を見てしまった。


 なんと、院内に誰もいなくなっているのだ。


 リキッドは院内を隅々まで探したが、どこにも人影はなかった。


 自力で移動が困難な重病人がいるはずの病室ですら、医療機器ごと消え去っていた。


『マジでみんないなくなっているねぇ……まるで俺たち以外のバケモノにさらわれたみたいに……!』


 後から来たスラッシュも、もぬけの殻と化した病院を見て、苛立ちを隠せない。


『ンギイイイイイ……イッ……えっ?』

『これぞまさしくもぬけの殻』


 その直後に来たポッポマンとワイヤーも、想定外の自体に困惑する。


『モブ1かモブ2が消し去る系の能力に目覚めて先に消し去ったという線は』


『それはないですね。モブ2もモブ1も、つい10分ほど前に近くで略奪しているのを見かけましたが、不完全なままでした』


 リキッドの出した仮説をワイヤーが否定する。


『じゃあ一体何が起こったんだい……?みんな避難してしまったのか?でも、この規模の病院でここまで迅速な避難は……ん!なんか空からくるぞ!』


『マジっすかスラッシュ先輩!ちょっと外出て確認します!』


 いつの間にか合流していたモブ2が病院の外に出る。


 直後、再び建物に入り、声を大きくして見たものを報告する。


『報告します!「東オーリン国はあなたと話したいです」という横断幕が垂れ下がっている武装ヘリコプターが何機か向かって来ています!』






■□■□■□■






 瑞穂国、厚山市が属する四州や福奥県などが属する九国など複数の島から成り立っている島国である。


 その西側には、オーリンという1つの大きな島とそこを領土とする2つの国があった。


 1つは島の東部を領土にしている東オーリン。


 この国は瑞穂に類似した主義や仕組みのもと国を動かしており、経済水準も貧富の差こそあれど瑞穂とほぼ同格である。


 もう1つは島の西部を領土にしている西オーリン。


 この国は時代錯誤極まりない絶対王政で動いており、国の資本がほとんど軍事に行ってしまうせいで一般市民が常に飢えている地獄のような国であった。


 西オーリンは国を維持するために常に東オーリンを軍事力で脅しており、そのせいで東オーリンには徴兵制が根強く存在している。


 そして、いつしか東オーリンの人々は未来に希望を持てなくなっており、出生率が国の存続に関わるレベルで激減。


 仮に西オーリンと戦争するにしても、地理の都合で西オーリンが勝つ可能性が圧倒的に高いこともあり、東オーリンに未来はなかった。


 ポッポマンが現れるまでは。




「首相……あんなバケモノと交渉なんて無茶です!」


 3月4日の午前中、東オーリンの首相官邸にて秘書が自らの主の計画に異議を唱える。


「恐れるに足らないよ。相手は超常的な力を持つとはいえ精神性は一般人だ……宇宙人よりかは話は通じるさ」


 東オーリンの首相であるオウ・ヒンヘンは秘書をなだめるように語り掛ける。


「しかし……だからといって人間を数百人殺す殺人鬼ですよ!絶対イカレてますよ!」


「秘書クン、戦争で空襲を行うパイロットはそれ以上に人を殺すんだよ。彼らはイカレているかい?」


 ヒンヘンはロジカルに秘書の意見に反論していく。


「……それに、アイツが仮に悪魔だとしても、ワタシはわが国の未来のためなら、悪魔に魂を売るね!」

 

 ヒンヘンが確固たる決意で秘書を見つめる。


「わかりました……でも、どうやってあのバケモノとファーストコンタクトを取るんですか?」


「少々手荒だが、ワタシにいい案がある。ちょっと今から緊急会議開くから各大臣に伝えといて」


「ハイ!わかりました!」


「できるだけ即座に頼む。この交渉が成功すれば、我が国の未来と栄光は保証されたも同然だからな」


 その後、ヒンヘン主導の元行われた内閣会議の結果、彼らはポッポマンと接触することを決意した。


 一部大臣は反対したものの「もうこれしか東オーリンの未来を切り開く方法はない」というヒンヘンの意見を聞いた後は、しぶしぶ従うしかなかった。


 そして、ポッポマンたちが海をボートで渡った頃、横断幕がついたヘリコプターが東オーリンの地から飛び立った。


 その数時間前には、『今後5年は瑞穂の輸入品にかける関税を30%減らす』という条件で瑞穂国がポッポマンとの交渉に口を挟まないという制約も結んだ。



 

 東オーリンの存亡をかけた話し合いが、厚木県病院の敷地にて始まろうとしていた。

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