バケモノだって疲れるときはある
『こちら鈴鹿ハナ、現場に到着しました!』
3月4日午前8時、ボーンロイド隊の疲労を無視するかのように、新しいポッポマンの眷属が現れた。
『近隣住民が次々と食べられている』という通報を受け、鈴鹿率いるボーンロイド部隊が現場に駆け付けた。
『ああ……なんかもう、どうでもいいやー』
やる気なさげに呟く眷属は、これまでのバケモノに比べて肌色が白に限りなく近く、体格も病的なまでに痩せていた。
スラッシュやワイヤーのような特殊な身体器官もなく、特殊な能力もポッポマン譲りの無敵の力以外には何もなかった。
そして何より、今までの眷属2体と違って胸部に穴が開いており、心臓と思わしき部位が露出していた。
彼は負の感情や執着が薄かったことで、ポッポマンから与えられた細胞に上手く適合できず、不完全な眷属になってしまったのだ。
『今、投降すれば命の保証はしてやる。どうだ?』
鈴鹿ハナは、四木村漆が彼女のために作った専用ボーンロイド『ベルフラワー』のスピーカー越しに投降を呼びかける。
『……オレ、政府のこと全く信用してないんだよね。だから、断る』
『そうか……それは残念だ』
そう言いつつ、鈴鹿は部下であるAI達に一斉射撃を命じ、ベルフラワーも射撃モードに移行させた。
ドドドドドドドドドドドドド!
『おらっ、おっら!』
バンッ!、バンッ!バンッ!
ボーンロイド達の猛攻に負けず、名もなき眷属はAIが操作する一般ボーンロイドに殴りかかる。
しかし、ただでさえポッポマンよりも身体スペックが劣る眷属である上に、不完全でもあったため、1撃で壊すことはかなわなかった。
結局、名もなきバケモノが数発殴っても、一般ボーンロイドには機能停止以上の損壊は与えられなかった。
『なんか違うんだよな……』
無敵の力で連射攻撃を無効化する中、明らかに自分の力が少ないことにバケモノは気付いた。
『……ま、いっかぁ』
しかし、彼は箱根ダンや鎌倉ゴウタ、座間トンコとは違って劣等感をそんなに抱かない性格だったため、気にすることはなかった。
無名のバケモノこと
生来より感情が鈍く、強い感動も激しい憎悪も感じたことがなかった。
しかし、それゆえに人を害することに対し、何も思わなかった。
安全性を確保した上で、ためらいなくライバルに悪口を吐きまくり、競争に勝利していった。
高校受験も、大学受験も、就職活動も、そうやって薄情に人間を押しのけていった。
バケモノになることを承諾したのも、ポッポマンに取り入ることで自分が有利になりたかったからである。
なお、ポッポマンもとい箱根ダンは以外にも他人を罪悪感なく蹴落とす人間は大嫌いなため、彼の細胞と相性が悪いのは必然だろう。
『……いでっ、いででっ』
一斉攻撃開始から数分後、バケモノにとっても鈴鹿にとっても想定外な事態が起き始めた。
バケモノがかがんでボーンロイドを殴っていたところ、急に彼の身体に攻撃が当たるようになったのだ。
『……何が起きたのかはしらんが、攻める!』
これを好機とみた鈴鹿は、ベルフラワーよる遠距離攻撃をやめさせ、近接武器であるビームナイフを持って突撃し始めた。
『……疲れてるんだよ……さっさとくたばれぇ!』
負けじと、連射攻撃で擦り傷が複数個所に出来たバケモノもベルフラワーめがけて殴りかかる。
バンッ!
『硬いっ!』
ベルフラワーには、1台20万円前後で作られる一般ボーンロイドと違い、異国の科学者が発明した特殊金属マテリウムが使われている。
そのため、不完全な眷属の攻撃程度ではへこむことすらないのだ。
ブィン!ブィーーン!
『あがっ、ああっ!』
肩にビームナイフの斬撃を受け、バケモノは体液を少し流しつつ苦しむ。
『ぜえ……ぜえ……』
彼は不完全な眷属ゆえ、ポッポマンや通常の眷属に比べて体力がかなり少なかった。
そして、無敵の力は疲労が溜まると精度が落ちてしまう。
攻撃が急に当たるようになってしまった原因は、あまりにも生物学的でありきたりなものであった。
『さあ、降伏しろ。でなければ更に斬るぞ』
鈴鹿が降伏を促す。
なお、ポッポマンやその眷属たちは昨日の緊急国会で超法規的措置で殺害してもOKになっている。
『……もう、そういうのどうでもいいかからさ。サッサと斬っちゃって。俺は数人ほど喰い殺した凶暴なバケモノなんだからさ』
薄井情雅は、無敵だと思っていた自分が追い詰められたことで、命や処遇に関してはどうでも良くなっていた。
『……本当にいいのか?死とか怖くないのか?』
『なんかさ、バケモノになったら無条件で何もかも手に入ると思ってなってみたけど、無敵じゃないし変な声が聞こえるしで……もう、いいかなって』
『……じゃあ、やるぞ』
『あ、待って。やっぱオレが終わらせるわ』
ブチュウンッ!
薄井情雅は、胸部の穴に手を突っ込み、自らの心臓を思い切り潰した。
そして、生命活動を停止させた。
遺体は、人間にはもどらずバケモノの姿のままであった。
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