第20話 実地調査と転移陣

 ――さて、翌日。


 城の兵士たちに案内してもらって、第1王子が襲撃された現場の実地調査をすることとなった。


「……あの、婚約者様。本当にこんなことをお願いして宜しいのでしょうか……?」

「いいって言ってるから来たのよ。あと私の名前は婚約者じゃないから」


 本当に王子の婚約者にこんな事故調査のようなことをさせていいのかと恐る恐る尋ねてくる兵士に、すっぱりきっぱりと答えてやる。


「え〜と、じゃあなんとお呼びすれば……」

「ニアでもクレイドルでも好きに呼んでいいわよ。そんなことより、行くわよジミー」

「へ? あの、僕の名前はジミーじゃ……」

 

 調査中の右腕としてエリクがつけてくれた兵士は、ジョルジュだかジェイミーだかと名乗っていたが、地味で平凡な容姿が逆に特徴的で覚えやすかったためにジミーと命名することにした。


 そんな、ジミーが私のすてきな命名にケチをつけるのを無視してスタスタと歩き、私のために用意された馬に飛び乗ると、馬丁の差し出してくれた手綱を握る。


 ………………。

 馬……、あんまり得意じゃないんだよね……。


 乗れることは乗れる。

 一応、この世界での常識として人並みに。

 ただ、転移魔術や浮遊魔術に慣れてしまった身としてはね。

 痛いんだ……。お尻が……。馬だと……。とほほ……。


 とはいえ仕方ない。

 転移魔術は行き先の座標がわからないと使えないし、使えたところで今はまだ誰が敵か味方かもわからない状態で手の内を曝け出すのも得策ではない。


 ここはひとまず、無難に馬で移動することにして、ぱからっぱからっと目的地へと向かったのだった。




 ◇




「ここです、ニア様」


 そう言って、現地入りした私にジミーが呼びかけてくる。


 ――どうやら、ジミーの中では私の呼び名は名前に様づけで確定したらしい。

 だからどうだという話だけど……。


 そんなジミーが先導して案内してくれた場所には、壊れかけの馬車が道の脇によけられており、それ以外は特に争いがあったような跡はきれいさっぱり片付けられていた。


「……随分こざっぱりと綺麗にされているわね」

「仕方ないですよ。ここは大街道ほどは通行量の多い道ではありませんけど、それでも往来はありますし、死体や血糊をそのままにしておくわけにもいきませんから」

 

 これでも、壊れた馬車を片付けずにそのままにしておいてもらえるよう交渉したのだとジミーが言う。


「あとは、壊れた武器や防具などの残留物もあちらの箱にまとめてあります」


 ふむふむ。

 一応、ナマモノ(言い方良くないね!)以外は片付けずに現場に残しておいてはくれているらしい。

 ありがたいねと思いながらガチャリと箱を開けて、中に残っているものなどをゴソゴソと検分する。


「あー……」

「なにかありましたか?」


 目当てのものを見つけて声を上げると、ジミーがめざとく聞きつけて近寄ってくる。

 私が箱の中から見つけた目当てのもの。それは――。


「魔法陣……?」


 大きな厚めの紙に書かれた魔法陣――、転移陣だ。


「使われた形跡はない。つまり――、第1王子殿下は転移で退避させられた可能性は低いってことね」


 転移術を使うには、大まかに分けて2つの方法がある。

 

 ひとつは、私が前に王都に転移する時に使ったみたいに、指先から生み出した魔力を空間に固定させて転移陣を敷く方法。

 だけどこれは高等技術なので、おそらく現代の魔術師で使える人間はほぼいない。


 もうひとつは、物理的に転移陣を描く――つまり、無詠唱の魔道具と同じ要領で、転移陣を床などに掘り込んでおいて魔力を流す方法。

 これだと比較的簡単で、最初に敷いた陣さえ間違っていなければ、その後よっぽどのことがない限りミスが発生するリスクも少ない。

 その代わり転移先が固定され、都度、転移先を変更できないのがデメリットだ。


 そして今、私が箱から取り出し、地面に広げた――厚紙に書かれた転移陣。


 これは、後者の技術を応用したもので、魔力を伝導させる特殊なインクで転移陣を描いておいて、術を発動させる時には先ほどと同様インクに触れて魔術を流し起動させる。

 

 一見、持ち運びできるし、便利そうに見えるこの紙式転移陣だが。

 一応、魔力を伝導できるインクと言っても普通の魔道具よりも伝導率の悪いこのインクでは、並の術者の魔力では術の発動に足りる魔力を供給することができず。

 高位術者を必要とすることと、また伝導率が悪いことから多少発動までに時間がかかるというのが難点である。


 コスパが悪い、あと紙だから耐久性も低い、ついでにいうと一度術を発動させるとインクが負荷に耐えきれずに消えてしまうため、使い切りというデメリットもあった。


 結論!

 何が言いたいかというと、私最強って話ね!

 え? 違う?


 まあそれはさておき。

 その一通りの説明をジミーにしてやると「なるほど……。つまり、この紙に書かれた魔法陣が消えていないということが、殿下が転移で逃された可能性が低いという証拠になるというわけですね」と私の推察に納得を示した。


「そう。しかも見て。この陣、中に血糊が飛んでるでしょ。こうなるともうダメね。血糊がインクの邪魔をしちゃうから、そもそも発動できなくなっちゃうのよ」

「はぁ〜……。便利そうに見えて、なかなかなものなんですね……」


 ちなみに、この紙の転移陣は、転移先の座標だけあらかじめ空欄にしておいて、最後に追記してから転移先を定めるという方法ができる。


 それ故に、第1王子付きの魔術師たちが、咄嗟に王宮以外に転移させたのではないかという推察もあったのだが、結局、転移で退避させた説は現実的にないみたいだった。

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