第18話 王宮図書館と新しい侍女
「うおおおおおお……! ひゃぁあああああ……!」
およそ、淑女があげるべきではない、私の出した大声が図書館内に響きわたる。
――ここは、王宮図書館の中でも特に禁書扱いとなった禁持ち出しの書籍ばかりが納められた区域。
王宮図書館自体の出入りはそんなに厳しく取り締まられはしないのだが、禁書区域に関しては施錠し保管されているので、関係者の許可がないとおいそれとは立ち入りができないのだ。
あっ……、これ、昔師匠が書いた超良書なのに、絶版になってた魔導書……。
ああ! これ! 古代語と古代宗教と魔術の関係について論じられてるんだけど、際どすぎて即御禁制扱いで発行停止になったやつ!
あ……、あれも……!
「気に入ってもらえたみたいでよかった」
背後から、エリクの半ば呆れたような苦笑した声が聞こえた。
「気にいるなんてもんじゃないー! 今回の出来事でいうなら、ここに入れたのが一番の収穫だったかもしれない!」
「そうか」
くっ、と。
苦笑する声と共に短く答えてきたエリクの声でふと我に返る。
ぱっ、と体をエリクに向けなおし、気まずさを振り払うようにこほんと軽く咳払いをする。
「……ごめん。つい調子に乗って浮かれた。今、それどころじゃなかったのに」
兄の失踪に心痛を募らせている相手の前で不適切な行動だったと反省した。
ので、反省した思いを素直に目の前の男に伝えた。
「いいさ、気持ちはわかるからな」
そう言って、笑顔を崩さずに私の頭をぽんと叩くエリク。
「とりあえず、これで図書館の場所はわかっただろ。次からは鍵を渡しておくから、来たい時に来て調べるといい」
とこちらに背中を向けて出口に向かうエリクの後ろ姿を見ながら、できすぎ男すぎないかと我が目を疑った。
「ず……、ずるくない!?」
かっこよすぎでしょーに!
と内心でツッコミを入れる私に「? なにがだ?」とケロリと答えるエリクに言葉を無くした私は、その後おとなしくエリクの後について行き、当面の間住まわせてもらうための部屋まで案内してもらったのであった。
――そうして、部屋まで案内してもらう道すがら。
「とりあえず、今回の襲撃事件に関する報告資料を見せてもらってー。どういう段取りで行方を追うか考えるからあー」
「報告書については既に、ニアに写しを渡せるよう手を回してもらっている」
「仕事はっや……」
これからの段取りを頭で組み立てながら口にしていると、前を歩くエリクが補足をするように言葉を付け加えてくる。
え、私報告書欲しいとか、これまで口に出したことなかったんだけど。
段取り良すぎでは?
「え、と、あと地図と……」
「それも用意してある。あとは、実際に襲撃現場に行って状況を見てきた者から話を聴取できるよう、呼び出しがあった時にはいつでも応じてもらえるよう手も回してある。兄の部屋への立ち入りや、身の回りのものから痕跡を辿る必要があるなら、それは別途手配しなければいけないからニアに確認しようと思っていたが」
「…………」
え?
完璧か?
……なんか、この人のお兄ちゃんや周りの人間が、エリクを推す片鱗が見えた気がした。
「……とりあえず、報告書と実際の現場の状況を聞いてからかな。今の段階だとまだどう進めていくかも決められないし」
「わかった」
エリクのお兄さんの身の回りの品の要不要について私が簡潔に答えると、エリクも同様に短く返事を返してくる。
「そんなことを言っている間に部屋に着いたな。ここがしばらくニアに滞在してもらう部屋だ」
そう言って、エリクがドアが開かれていた部屋に近づくと、中ではメイド姿の侍女たちがずらりと並んで待ち構えていた。
「「お待ちしておりました。第二王子殿下、婚約者様」」
整えておいた部屋に問題がないか、検分をお願いいたします、と一斉に横に並び立ったメイドたちにずらりと頭を下げられる。
お、おお……。
久しぶりに、こんな大勢に一同に頭を下げられる場面に遭遇して少し動揺してしまった私だったが、「ニア、問題ないか一応見てくれるか」とエリクに問われたので、マジックバッグから杖を取り出し、周囲探知の呪文を唱えながら「とん」と杖を床についた。
「……うん、大丈夫。特に問題ないわ」
おそらくは、彼女たちの言う『問題』とは違う意味での確認ではあるが。
特に命の危険に晒されるような隠し武器やしかけがないことを確認して、エリクにそう伝えた。
シーツやカーテンの柄がどうだろうが、ベッドメイクにシワが寄っていようが、暖かく安全な部屋で過ごせるのならば別になんでもいいのだ。
「そうか。……と言うことなので、もう下がって構わないようだ」
前半は私に、後半は侍女たちに向かってエリクが告げる。
「畏まりました。では、私たちはこれで下がらせていただきますが、婚約者様付きの侍女をひとり残してゆきますので、なにかあればお申し付けください」
「ああ」
ご苦労だった、と言うエリクの労いを受けながら、侍女たちがしずしずと部屋から退室していった。
そこに、一人残った侍女が、今後の私の世話係ということになるのだろう。
エリクに目線で問いかけると肯定するように小さく頷いたので、まあじゃあ身分が上のものから声をかけると言うのがおそらくほとんどどの国でも変わらないしきたりであろうし、と思って、私から侍女に声をかけた。
「頭を上げて。名前を聞いても構わないかしら?」
「エリスと申します」
「そう、エリス。私はニアよ。これからよろしくお願いするわね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
うん。
うわついた感じもなく、どちらかというと淡々と仕事をこなしそうなクールな印象の新しい侍女は、割と嫌いではなかった。
――むしろ、前世でもいろいろと私の世話を焼いてくれていたあの子に似ている気がして、なんだか懐かしい思いが蘇った。
「エリス。ついてくれたばかりなのに申し訳ないのだけど、少し二人でお話をする時間をもらいたいの。私が呼ぶまで席を外してはもらえないかしら?」
「畏まりました」
そうして、エリスが部屋を去ったあと、エリクと二人になったところで、改めてこれからのことについて話し合うことになったのだった。
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